「体育祭、それは、我が高校において最も……いや、ミスターコンの次に盛り上がる行事!」

「へー」

「リレーでグラウンドを駆け抜け、借り人競争で颯爽と可憐な女子の手を引き……そして湧き上がる歓声!」

「ほーん」

「皆の脳裏に焼きついた俺の姿は輝き、閉会式が終わったあとには……たくさんの可憐な女子たちがハチマキを差し出してくるんだ……」

「はえー」

「反応テキトーすぎんだろ!」

「うるさいね。てか今の全部妄想じゃん、(みどり)は去年の体育祭出てないし」

「くっ……」

そうなのである。
隣で昆布おにぎりを食べている原田の言う通り、俺は一年のとき体育祭に出ることができなかった。
理由は単純、この前の神星(かみほし)みたいに熱を出したから。

つまり、今年は高校初の体育祭!
一年分、神星に遅れをとっているが問題なし。
二年分まとめてモテるなんて朝飯前だ。

「ちなみに、去年の体育祭が終わったあと、神星くんのロッカーには溢れんばかりのハチマキとラブレターが入っていたらしいよ。あの体育祭で、神星派が一気に増えたらしいよね」

「原田って俺のこと嫌いだったりする?」

「事実を言っただけさ」

「辛辣……」

原田をジトっと睨んだが、こいつの周りには見えないシールドがあるのか、俺の視線は怖くもなんともないらしい。

「てか、最近、翠と神星くん仲良しじゃん。女子も騒いでたよ、イチャイチャしてる〜って」

I()CYA(チャ)I()CYA(チャ)⁉︎」

「毎日一緒に学校来てるんでしょ?」

「だからぁ、それも勝負の一環な。ミスターコンはもう始まってるんだよ!君にはその意識が欠けてる!」

「僕は出ません」

「幼馴染が出るんだから意識高めろや」

原田にワーワー文句を言っていたら、突然、誰かに肩を叩かれる。
まあ、誰かっていうのは、振り向く前からなんとなく分かるけど。

楠木(くすのき)

ほらね、噂をすれば。

「何?俺と話したくなっちゃった?」

俺がニヤッとしながら言ったジョークをガン無視して、神星は俺の腕を引っ張る。

「リレー選手の集まり、もう始まるぞ」

「あーっ!完全に忘れてた!」

そういえば、昼休みに集会があるって先生言ってたっけ。
確か、選抜リレーの順番を決めるとかなんとか。

「てか神星ってなんで足も速いんだよ。勉強か運動どっちかにしとけよな……」

「まあまあ、俺は補欠だから。楠木になんかあったら任せといてよ」

「なんかあったらって……」

俺の代わりに神星が全速力で走り、汗を煌めかせながら爽やかにゴールする……そんな光景を想像した俺は、もし当日に熱が出ても、リレーだけは出てやる!と心に誓った。







昼休みの集会で話し合った結果、なんと!俺は見事!
学年別選抜リレーのアンカーに選ばれた!
まあ、体力テストで計った五十メートル走の記録を見れば、当然の走順だと言える。

「楠木は、陸上部には入らないの?」

放課後、週に一度の二人きりの帰り道、今まで何度されたか分からない質問を神星にもされた。

「入らないよ。俺は部活よりバイトがしたくて」

「それは……金銭的な理由?」

「それもあるけど、シンプルに楽しいからさ。それに……最近は結構、将来の夢もはっきりしてきたし」

「……美容院でバイトってことは、美容師になりたいってこと?」

「まあね!今は雑用しかできないけど、やっぱり現場を見てるとさ、気持ち高まるんだよな〜」

中学の頃は、将来の夢って言われても、まだあんまりピンとこなくて。
とりあえず受験前にめちゃくちゃ勉強頑張って、ギリギリでこの高校に入った。
ま、だから、神星みたいな成績トップ層とは、天と地ほどの差があるんだけど。

「……すごいな、楠木は」

「はぇ?」

神星の口から出るに一番ふさわしくないと言えそうなセリフが、まさに神星の口から飛び出してきたから、空気の抜けたアホっぽい声が出た。
俺は実際アホだからいいけどさ。

「きゅ、急にどうした?変なもん食ったか?」

「食ってないよ。本当にそう思っただけ。俺はなんとなく中学から流れでバスケ続けてるだけだし、テストの順位が良くても将来の夢なんて決まってない」

「そ、そんなの、これから決めたらいいじゃんか」

「そもそも高校受験だって、ビビって安全圏に逃げたんだ」

「っ……」

珍しく顔を曇らせた神星が、後ろ向きな発言を連発するから、なんだか俺まで調子が狂う。
いつもの神星は、もっと余裕があって、にこやかで、それで……。

……いや、違う、そっか、そうなんだ。
こっちが、本当の神星なんだ。
周りのみんなと同じで、神星だって、将来のことに悩んだり、過去を振り返って悔やんだり、そうやって毎日を生きてる普通の高校生なんだ。

そのとき、なんとなく思った。
周りが尊敬の意を込めて引いた境界線が、神星をそういう〝普通〟から排除して、知らず知らずのうちに苦しめることもあるのかもしれない、と。

「……なぁ、神星」

「?」

「俺はお前よりバカだし背も低いけど、お前の方がすごいとか全然思ってないから。微塵も神格化する気にならないね」

「……!」

神星はビー玉みたいな目を大きく見開いて、ついには足を止めてしまった。

「んだよ、心外!ってか?」

少し屈んで神星の顔を覗き込んでやったら、いきなりふふっと微笑んで、俺の頬に手を伸ばしてくる。

「ううん、嬉しいよ」

「は、はぁ?嬉しいってなんだよ」

ほっぺが熱くなる前に、添えられた手をむぎぃと引き剥がす。

「だって……それって、失望することもないってことでしょ?」

「……!」

「励ましてくれてありがとう、楠木」

せっかく退けた手に再び頬を包まれてしまったので、結局顔が熱いのがバレてしまった。
けれど、神星の泣きそうな笑顔を見てしまったら、もう一度それを引き剥がすことはできなかった。