「結果を発表します。今年度のミスターコンテスト、栄えある優勝は……」

静寂の中、自分の心臓の音がドラムロールのようだ。
校内一のかっこいい男に選ばれたのは―――



「エントリーNo.2 神星鈴斗!」



俺の空の、一番星だった。



「鈴斗!」

「わっ!」

ステージの上だとか、家族が見てるだとか、そんなことはもう全部どうでも良かった。
心が走り出して止まらなくて、思い切り飛んで抱きついたら、鈴斗はガシッと受け止めてくれた。

「おめでとう、鈴斗」

「翠……うん、ありがとう」

鈴斗の瞳は、少し潤んで煌めいていた。
その瞳自体が、小さな星空みたいだった。





熱気冷めやらぬ会場をあとにして、体育館裏の細い道を通り、教室へ続く非常階段を上る。
元々人通りがほとんどないルートだし、今はみんな体育館に集まってるから尚更ここは静かだ。

「鈴斗……かっこよかったな……」

優勝した鈴斗は赤いガウンを羽織り、大きな花束を渡されていた。
俺も一緒に記念撮影をしたり、インタビューを受けたりしたけど、チャンピオンである鈴斗は、まだステージ裏で新聞部の取材を受けている最中だろう。

「楽しかったな〜……」

階段の踊り場で、爽やかな秋風を胸いっぱいに吸い込んでから、校内へ繋がる扉の取っ手に触れる。
このフロアには、全クラスの控え室や休憩室、備品室などしかないから、きっとゆっくりできるだろう。
そう思って、ドアノブをガチャリと捻ったときだった。

「……!」

パタパタパタ……と、こちらへ急速に近づいてくる足音が聞こえる。
それが誰のものかなんて、一瞬で分かった。

「……鈴斗だ」

「翠!」

全速力で階段を駆け上がってきた鈴斗は、赤いガウンを身につけたまま呼吸を乱していた。
はぁ、はぁ、という荒い息遣いが、じわりとこの胸を熱くさせる。

「……取材はいいの?」

「一旦……切り上げさせてもらった。翠と話したくて」

「へへ、そっか……」

ドアノブから手を離して、なんとなく壁に寄りかかる。
沈黙がむず痒いから、とりあえず俺から話題を振ってみる。

「……改めて、おめでと!さすが鈴斗だな。ま、数票差だったらしいけど?」

ふふんとわざと鼻につくような笑みを見せたのに、鈴斗はすごく真剣な表情のまま、予想外の発言をした。

「……俺は、勝ってない」

「え?勝ったじゃん!どゆこと?」

「俺は……最初から負けてる」

「へ……?」

鈴斗が何を言っているのかさっぱり分からなかった。
俺がバカだからなのか、鈴斗がおかしくなっちゃったからなのか。
頭にクエスチョンマークが大量発生している俺に追い打ちをかけるかのように、鈴斗はさらにこう続けた。

「そもそも、俺はさ……ミスターコンに出るつもり全くなかったんだよね」

「えっ⁉︎」

「人に注目されるの、実はそんなに得意じゃないから」

「じゃ、じゃあ、なんで?」

とても純粋な疑問を投げかけると、鈴斗の表情が急に変化した。
瞳がゆらりと熱を持って、頬がじんわりと赤く染まる。
俺にしか見せない扇状的な甘さに魅せられて、身体がふつふつと熱くなる。

「……なんでだと思う?」

「っ……」

鈴斗の方が背が高いくせに、あえて少し身を屈めて、俺を下から覗くような視線で拘束してくる。
喉の奥まで灼けるようにドキドキしてるから、何も、答えられないよ。

「それはね……好きな子と、近づくためだよ」

「っ!」

鈴斗の手が伸びてきて、熱いほっぺに触れるから、思わずピクリと肩が跳ねた。

「俺ね……一年の頃から、翠のことが好きだったんだ」

「は……ぇ、う、そ……」

「ほんとだよ。ずっと好きだった」

「っ……!」

人生最大級の衝撃的な告白。
俺の脳はもうエラー出まくり……
処理しきれないよ!オーバーヒートだよ!!

「入学してすぐ、他のクラスにすごいモテるイケメンがいるって噂を聞いてね。どんな人なんだろうって、なんとなく気になってて……」

それで、と鈴斗は続ける。

「全校集会で探してみたら、すぐに分かった。だって、めちゃくちゃ綺麗な顔してたから」

「っ、ま、マジか……」

「うん。その日以降、翠のことよく見るようになって……俺、びっくりしたんだ」

「びっくり……?」

去年の俺、なんか変なことしてたっけ⁉︎
大丈夫か⁉︎

「……俺は、中学の頃から、ちやほやされるのが苦手だった。自分はそんなに立派な人間じゃないのにって思うし……好意的な態度の裏に、他の目的が透けて見えることもあって……いつのまにか、他人からの好意を純粋に喜べなくなってた」

「鈴斗……」

「だから、翠を見るたび、驚いた。すっごくモテて、いっぱい期待されて、どれだけキャーキャー言われても、全く表情に翳りがなかったから」

「……!」

「誰かからの好意を純粋に受け取って、さらにそれ以上のものを返せる姿が……すごく、かっこよくて」

信じ難い内容だ。
俺のこと、そんな風に思ってくれていたのか。
去年の俺は、鈴斗をちゃんと見ようとしたことなかったし、ただのモテるライバルとしか思ってなかったのに。

「世界を照らす太陽みたいな翠に……惚れちゃったんだ」

「す、すず……」

「だから、同じクラスになれただけでも奇跡だと思ったのに……突然、翠の方から話しかけてきたからさ」

「うっ……それがあの日かよ……」

俺、自分に惚れてる男に、あんな敵意剥き出しの宣戦布告したのか……。

「ま、話の内容は完全に予想外だったけど……好きな子に近づけるなら、もうなんでも良かったんだ」

「っ……!」

「ご存知の通り、俺って割と臆病なんだけど……翠と距離を縮めるためなら、なんでもできちゃったよ」

ニカっと晴れやかに笑う鈴斗。
キュンと甘酸っぱく膨らむ恋心。
もう、元の形には戻らないよ。

「俺はずっと好きだった。宣戦布告される前からドキドキしてた。だから……とっくに、俺の負けだよ」

「……鈴斗……」

負けたのに、なんて幸せそうな顔してんの。
こんな秘密ずっと隠してたとか、マジで反則だろ。
ああ、もう、なんか……何も考えられないな。
ただただ鈴斗を好きって気持ちだけが頭ん中を支配してる。

「というわけで……翠のお願い、教えて?」

「へ?」

「約束したじゃん、『負けた方は勝った方の言うことを一つ、何でも聞く』って」

「あ……」

そういえば、そんなこと話したっけ。
今の今まで忘れてたけど……
願いは、もう決まってる。
でも……付きあってほしいなんて、俺は言わないよ。

「……じゃあさ」

「うん」

「今の鈴斗の気持ち、聞かせて」

「……そうきたか……」

「あれ?俺のお願い、聞いてくれないの?」

いじわるっぽく顔を近づけたら、鈴斗は照れまくって目を逸らす。

「あれ〜、約束守ってくれないの?」

ニヤニヤしながらほっぺをツンツンつついてみたら、

「っ!」

手首をパシッと掴まれて、こつんと額が合わさった。
一気に鈴斗の空気に呑まれて、身体が痺れて動かない。

「ん?急に大人しくなったね」

「ぅ、ぅるさ……」

「翠」

「っ……」

じりりと視線が交わって、瞳の中で星が瞬いた。

「好きだよ」

「ぁ……」

「大好き……」

「ん、っ、」

柔らかい唇が重なって、意識がくらりと溶かされる。
甘くって、とろけて、混ざっちゃいそうだよ。

「っ、まって、すとっぷ……」

とくとく身体に流れ込んでくる熱、もうキャパオーバーなんだよって、胸元を掴んで訴えた。

「……あ〜、可愛い……」

「す、すずっ……」

鈴斗はへなへなと首元に顔を埋めて、ぎゅうーっと強く抱きしめてくる。

「……鈴斗」

「ん……?」

俺は背中に手を回して、ぎゅうーっと強く抱きしめ返した。

「……俺も、鈴斗のこと、大好き」

「……!」

「ずっと、ずーっと、俺だけ見ててね」

「……もちろん」

文化祭の終了を告げる放送が流れても、俺たちはしばらく身体を離せなかった。
いよいよ扉の向こうの廊下が騒がしくなってきた頃、名残惜しく体温を遠ざけた。

「……翠、今日、一緒に帰ろ」

「……うん!」

半年間の勝負の先で。
俺たちは、晴れて恋人となった―――。







「って雨やないかーい!!」

「わ、ほんとだ、降ってる」

「ったく、俺たちって雨男なの?」

「ふふ、そうかも」

下駄箱で靴に履き替えて、スクールバッグの中をゴソゴソ漁る。

「よし!ちゃんと折り畳み傘ある!」

「ねぇ、それ、何のノート?」

バッグの中を覗き込んだ鈴斗が尋ねてくる。
そこにあったのは……
『神星をドキドキさせる!作戦ノート!』

「うわぁぁ!勝手に見んな!」

「へぇ〜そんなものまで書いてたんだ〜」

「っ……そうだよ!必死だったの!」

「ふふ、嬉しい。可愛い。好き」

胸キュン攻撃三連発をもろに喰らって、もうボロボロ。
フラフラしながら傘を差したら、くい、と服の裾を引かれた。

「ねぇ、俺、傘忘れちゃった」

「……じゃあ、その手に持ってるのはなんだよ」

「……さあ、なんだろうね」

「……なんだよ、もう」

とぼける恋人の腕をぎゅっと引き寄せて、小さな屋根の下へ連れ込んだ。

「ふふ、ありがと、翠。持つよ、貸して」

「ん……じゃあ、それ持つ」

自由になった両手が寂しかったから、恋人が片手で抱えていた花束を代わりに持つことにした。
秋らしいオレンジ色の薔薇たちが、俺たちを祝福してくれているように見えた。