「では、まずはお名前を教えてください!」
司会に促され、俺は一歩前に足を踏み出す。
「はい!エントリーNo.1、二年の楠木翠です!皆さん、本日は来てくれてありがとうございます!精一杯パフォーマンスしますので、応援よろしくお願いします!」
大きく手を振ってお辞儀をすると、みんなが温かい拍手をくれる。
前の列の人たちは、うちわやペンライトまで持ってきてくれたみたいだ。
「では、続いて……」
俺が一歩下がると、入れ替わるように鈴斗が前に出る。
くぅ……やっぱりこいつ、めちゃくちゃかっこいいよ!
「はい、エントリーNo.2、同じく二年の神星鈴斗です。本日は、ここまで足を運んでくださりありがとうございます。数年ぶりに復活した歴史ある大会に、こうして出場させていただけること、本当に嬉しく思います。本日はよろしくお願いします!」
鈴斗が丁寧な挨拶を終えると、観客席からたくさんの声援が飛んでくる。
さすが鈴斗、でも、俺だって負けてないもんね。
「それでは、パフォーマンスタイムに移ります!まずは楠木翠くん!よろしくお願いします!」
司会の合図で、裏方の人たちがステージにマイクを持ってきてくれる。
パフォーマンス内容を知らない観客たちのワクワクしたような表情を見て、俺の心もるんるんと踊る。
「はーい!楠木翠です!まずは簡単に自己紹介から!
身長175cm、血液型はO型、
双子のお兄ちゃんやってます!
スポーツは得意だけど、勉強はめっちゃ苦手……
チャームポイントは生まれつきの明るい茶髪です!
そして、実は!誕生日は本日、十月五日!
バースデーボーイです!みんな祝って〜!」
そこまで言うと、舞台袖から裏方の人が荷台を押して、何やら大きな箱を運んでくる。
なんだこれは、俺も聞いてないぞ⁉︎
困惑していると、司会がマイクを持って口を開く。
「え〜実はですね、ファンクラブの方で事前にアンケートを取りまして、こちら、高級お菓子詰め合わせBOXをプレゼントとしてご用意させていただきました!」
「え、マジで⁉︎」
「ちなみに、こちらの企画は神星くんが立案者でございます」
「えぇ⁉︎そうなの⁉︎」
端の方で静かに控えていた鈴斗に駆け寄ると、はいはい落ち着いて、と肩をぽんぽんと叩かれた。
「お誕生日おめでとう、翠」
「鈴斗……!みんな……!」
風の便りで聞いたファンクラブって実在したんだ……という衝撃はさておき、今は、みんなに感謝の気持ちを伝えたい。
「素敵なプレゼントまで、本当にありがとう!ここにいる皆さん、そして、これまで俺と関わってくれた全ての人へ、感謝を込めて歌を届けます!」
俺がパフォーマンスタイムに選んだのは「歌」。
実は、スポーツの他にもう一つ得意なこと、それがカラオケ。
そんなに頻繁に行くわけじゃないけど、行ったときはいつも高得点を取るから、家族や友達に驚かれる。
でも、今やってるのは採点対決じゃないからね。
一番大事なのは、今ここにある胸の温かさを、この歌に乗せてみんなと共有して、いつか今日のことを思い出したとき、少しでも笑顔になれるような……そんな時間を作ること!
「それでは、聴いてください!」
〜♪
ねぇ、
父さん、母さん。詩音、玲音。
俺の家族になってくれてありがとう。
家が安心できる場所であり続けるっていうのはさ、奇跡みたいなことだと思うんだ。
大袈裟じゃなく、本当にね。
これからもいっぱい頼るから、みんなもいっぱい俺を頼って!
幼馴染の原田。
小さなときから俺とたくさん話してくれてありがとう。
ちょっと耳が痛いこともお前が言ってくれるから、俺はここまで来れたんだよ。
ツンデレだけど、俺のこと大好きだって知ってるからな!
彼女と末永くお幸せに!
俺のことを応援してくれるみんな。
たくさん好きって気持ちを届けてくれてありがとう。
俺は自分が恋をして、初めて身をもって知った。
ありのまま想いを伝えることは、すごく勇気のいることだって。
だから俺は、想いを伝えてくれる一人一人を、本当に本当に尊敬してるよ。
ありがとう。
そして、最後に―――
「鈴斗!」
「!」
間奏で手を振ったら、きらりと光る笑顔で手を振り返してくれる君へ。
俺はこれまで、色んな愛に出会って生きてきたよ。
だけど、鈴斗に抱いたそれは、間違いなく生まれて初めての感情だった。
これまでの鈴斗を少しでも知っていきたくて、
今の鈴斗を一瞬でも見逃したくなくて、
これからの鈴斗の色んな表情を、独り占めしたい。
ねぇ、鈴斗。
俺、鈴斗に恋してる。
この恋が……最初で最後の恋だったらいいな。
「……ありがとうございました!」
たくさんの愛を込めたラブソングを歌い終わる頃には、すっかり息があがってた。
「翠、良かったよ」
自分のパフォーマンスに向けて準備を始める鈴斗に、優しく頭を撫でられた。
「へへ、ありがと!鈴斗は何を……ってピアノ⁉︎お前、ピアノまで弾けんのかよ……」
「俺だって、翠があんなに歌上手いなんて知らなかった」
鈴斗はそう言って椅子に腰掛けて、はらりと楽譜を広げた。
そこに記してあった曲名を見て、俺はあまりに驚いて、開いた口が塞がらなかった。
「え、な、なんで……」
「……ずっと前、帰り道で言ってた。この曲が好きだって。でも、被っちゃったね」
なんだよ、それ。
俺自身も忘れているような些細なことまで覚えてて、大事なパフォーマンスにわざわざ選んだっていうのかよ。
本当に、この男は、どこまでも……
「それでは、続いて、神星鈴斗くん!よろしくお願いします!」
咀嚼しきれないときめきを抱えたまま、ゆらりと待機席に座る。
ステージの端から見る鈴斗の横顔は、よく晴れた日の星空みたいに綺麗だ。
「では、僕も軽く自己紹介を。
神星鈴斗です。身長は185cm、一人っ子です。
誕生日は六月三十日、血液型はA型です」
おい!誕生日過ぎてるじゃん!!
俺、祝えなかったんだけど⁉︎
絶対来年はプレゼント渡すからな⁉︎
「本日は、ピアノで弾き語りをさせていただきます。
パフォーマンスタイムで何をするか悩んでいた頃、偶然好きな人が口ずさんでいた曲が、ずっと頭から離れなくて。
ピアノを習っていたのは中学までなので、少し不安もありましたが、挑戦しようと決めました。
皆さんも、大切な人を想って聞いていただけたら嬉しいです」
鼻歌なんて、多分毎日のように歌ってたけど、鈴斗が特別興味を持つそぶりを見せたことはなかった。
選曲といい、サプライズプレゼントといい、涼しい顔して、頭ん中では俺の喜ぶことたくさん考えてて……ほんとに、お前はどれだけ俺の心を虜にすれば気が済むの。
しんと静まりかえる会場。
ここにいる全員が、鈴斗の奏でる最初の音を聞き逃すまいと、ステージをじっと見つめている。
この曲の、始まりは―――
「……!」
会場に響き渡る、澄み切った歌声。
ピアノの伴奏すらなく、ただ、鈴を転がすような声だけが、鼓膜を優しく振動させる。
すぅ、と大きく息を吸った直後、恋心をそっと撫でるような和音が鳴り響く。
滑らかに鍵盤を滑るのは、泡雪のように白く美しい鈴斗の手。
その指先の華麗な動きに、うっとりと見惚れてしまう。
鈴斗が、語りかけるように歌うから。
思い出話をするように、温かく切なげな声で歌うから。
俺も、これまでのことを思い返してしまう。
『今年のミスターコンで、俺はお前に勝つ!優勝する!本気でいくから、覚悟しとけよ』
『校内一のイケメンならさ……俺のことドキドキさせられんの?』
『どっちがドキドキさせられるか勝負しようぜ?』
宣戦布告をした日、懐かしい。
今思えば、売り言葉に買い言葉っていうか……本当に突拍子もない勝負を仕掛けてしまった。
でも……今となっては、きっかけなんてなんでもいいよ。
『……それ、貸すよ。楠木の方が、家遠いから』
『楠木……俺が寝るまで、ここにいて』
にわか雨に降られた日。
濡れた身体にジャージをかけてくれた。
そのせいで鈴斗は翌日に熱出して……あのとき、初めて本当の鈴斗の心に少し触れられた気がしたな。
『俺のお題は……『可愛い人』です!』
『楠木!俺も一緒に走るよ』
恋という気持ちを自覚した体育祭。
あの日から、俺の目標は鈴斗を惚れさせることになった。
初恋のレンズを通して見る世界は、鮮やかできらきらしていて……
『水族館、一緒に行かない?』
鈴斗への想いは、海のように深く深くへと進んでいって、止まることを知らなかった。
『今日、すごく楽しかった。こんな風に友達と遊んだの……生まれて初めてだよ』
『ライバル兼親友が、今、隣にいるから……もう、寂しくないな』
完璧な優等生というイメージに隠れていた、ありのままの鈴斗の寂しさを、ぎゅっと抱きしめた日。
『何これ、美味すぎるよ、楠木』
手作り料理で、俺の知らない子どもの頃の鈴斗の片鱗を見つけられたと思ったら、
『……ごめん、完全に間違えた……』
突然、崖から突き落とされたような絶望に襲われた日。
あんなに熱く高鳴っていた心も、簡単に凍てついてしまう……そんな、恋の残酷さを知った。
『……楠木が無事で、本当に良かった……』
優しさすらも拒みたいと思っていたはずなのに、ピンチのときに呼びたくなるのは、やっぱり鈴斗の名前だった。
『俺の気持ち……ミスターコンが終わったら、全部伝えさせて』
ねぇ、鈴斗。
このお祭りが終わったら、俺たちどうなっていくのかな。
どんな未来のページも……一緒に描けたらいいな……
♪―――
最後の音が鳴り止むと、鈴斗は静かに立ち上がり、美しいお辞儀をする。
この会場で一番大きな拍手を送りたくて、手のひらをヒリヒリさせながら叩いていたら、鈴斗がこっちを見てふはっと笑った。
「鈴斗!良かったよ!」
「ふふ、うん、ありがと」
ステージの真ん中へ駆け足で向かい、両手を前に出してハイタッチ。
急上昇するボルテージはそのままに、プログラムは投票前のサポートプレゼンタイムに突入する。
「お二人とも、素晴らしいパフォーマンスをありがとうございました!さて、それでは投票の前に!各出場者のサポーターによる、推せ推せ♡プレゼンタイムです!
今回はなんと、史上初!出場者同士が互いにサポーターを務めるとのことです!」
「そんなコーナー名だったんだ……」
「翠、よろしくね?」
「お前こそ、しっかり頼むぜ?」
好戦的な熱い視線を交えると、鈴斗は俺の肩を抱いて、渡されたマイクの電源をオンにする。
「楠木翠くんのサポーター、神星鈴斗です。
実は、僕が彼と初めて話したのは、つい半年前。
たった半年で……僕の心は、すっかり翠に奪われました」
いや、うん、ここまでストレートに言われると恥ずかしすぎるな。
「小学生みたいに無邪気な笑顔を見せたかと思えば、長男らしく僕の看病をしてくれたり……こうやって、」
「っ⁉︎」
むぎゅ、とほっぺを片手で掴まれて、ひよこみたいなピヨピヨ顔を晒される。
「顔を真っ赤にして可愛らしく照れたり」
「っ……」
お前……
全校生徒の前でなんてメロい微笑み見せてるんだよ……!
「色彩豊かな表情は、誰もが惹かれる魅力に溢れてる。
僕もその魅力にやられた一人です。
翠のことなら、四六時中眺めていても飽きないと思う」
「す、鈴斗、もういいよぉ……」
俺の身が灼熱して持たないから、小声でそう言ったのに、鈴斗は「あと少しだけ」と、ウインクで油を注ぎやがった。
「そして、何より……翠はいつだって、
ありのままを見せてくれるし、ありのままを見てくれる。
だから、そばにいる人が……心の底から安心できる」
「鈴斗……」
「……僕は、何かに躓きそうになるたびに、怖くなって逃げたり、上から色を重ねて塗って、自分を隠して生きてきた……そんな僕の原形を、翠はいつも、まっすぐに透き通るような瞳で見てくれていた」
「っ……!」
透き通るような瞳を持っているのは、お前の方だろ鈴斗。
今だってそうやって見つめられると、胸の真ん中にある恋心の輪郭を、くっきりと捉えられているような気分になる。
「外見も内面も、最高にかっこいい楠木翠に、清き一票をよろしくお願いします!」
ぐっと体を引き寄せられて、頭まで撫でようとしてくるから、慌ててマイクを奪い取った。
「っ、はい!次!俺の番ね!」
忙しないなぁ、という小言を無視して、俺は口を開く。
「ってことで!鈴斗のサポーターの楠木翠です!
俺がまず皆さんに伝えたいのは……
神星鈴斗は、全然完璧な人間じゃありません!」
「……!」
「皆さんの反応、よ〜く分かります。
だって、成績優秀、運動神経抜群、顔良しスタイル良し、性格も良し!
完璧と言えば鈴斗、鈴斗と言えば完璧!
つい、そう言いたくなるよ」
完璧とか天才とかいう言葉は、分かりやすく人を神格化できるラベルなんだ。
簡単に使えちゃうから、いつの間にか本人も知らないところで広がってる。
「でも……俺が知ってる鈴斗はね。
想像以上に泥臭く努力してるし、後悔や孤独も抱えてる。
それに意外と寂しがり屋で、弱気なこと言う日だってある。
つまり、鈴斗は……結構、普通の人間なんだ」
「翠……」
「それでもやっぱり、鈴斗が一際輝いて見えるのはさ……
いつだって鈴斗が、真摯に生きてきたからだと思うんだ。
楽しいことも苦しいことも、たくさん考えて悩んでて……目の前のものに、真正面からしっかり向き合う鈴斗のことが……俺は、大好きです!」
「っ、翠⁉︎」
動揺してる鈴斗の顔、いいね、最高だよ!
「みんな!銀河一かっこいい神星鈴斗に、ぜひ投票をお願いします!」
「っ、はぁ〜……銀河一って、バカっぽい……」
俺の肩に寄りかかり、ごにょごにょ言いながら頬を赤く染める鈴斗に、ウインクのお返しをしてやった。
「俺はバカだからいいの!」
「……もう……」
俺が射たハートの矢は、見事、ど真ん中に命中したみたいだ。
そのまま、一生抜けなくていいからね。
「それでは、まもなく!投票を開始します!」
司会の指示で、スクリーンに大きくQRコードが映る。
ミスターコンも、すっかりデジタルの時代だねぇ。
「では今から、一分間の投票タイム、スタートです!」
観客が一斉にスマホを操作する。
みんなは俺たちの歌や言葉を聴いて、何を思い、誰を思い浮かべただろうか。
明日から、どんなことを考えて生きていくだろうか。
どうか、そこにあるのが……温かい幸せでありますように。
「まもなく投票締め切りです!」
ああ、ついに、終わるのか。
俺たちの、長いようで短かった勝負が―――。
司会に促され、俺は一歩前に足を踏み出す。
「はい!エントリーNo.1、二年の楠木翠です!皆さん、本日は来てくれてありがとうございます!精一杯パフォーマンスしますので、応援よろしくお願いします!」
大きく手を振ってお辞儀をすると、みんなが温かい拍手をくれる。
前の列の人たちは、うちわやペンライトまで持ってきてくれたみたいだ。
「では、続いて……」
俺が一歩下がると、入れ替わるように鈴斗が前に出る。
くぅ……やっぱりこいつ、めちゃくちゃかっこいいよ!
「はい、エントリーNo.2、同じく二年の神星鈴斗です。本日は、ここまで足を運んでくださりありがとうございます。数年ぶりに復活した歴史ある大会に、こうして出場させていただけること、本当に嬉しく思います。本日はよろしくお願いします!」
鈴斗が丁寧な挨拶を終えると、観客席からたくさんの声援が飛んでくる。
さすが鈴斗、でも、俺だって負けてないもんね。
「それでは、パフォーマンスタイムに移ります!まずは楠木翠くん!よろしくお願いします!」
司会の合図で、裏方の人たちがステージにマイクを持ってきてくれる。
パフォーマンス内容を知らない観客たちのワクワクしたような表情を見て、俺の心もるんるんと踊る。
「はーい!楠木翠です!まずは簡単に自己紹介から!
身長175cm、血液型はO型、
双子のお兄ちゃんやってます!
スポーツは得意だけど、勉強はめっちゃ苦手……
チャームポイントは生まれつきの明るい茶髪です!
そして、実は!誕生日は本日、十月五日!
バースデーボーイです!みんな祝って〜!」
そこまで言うと、舞台袖から裏方の人が荷台を押して、何やら大きな箱を運んでくる。
なんだこれは、俺も聞いてないぞ⁉︎
困惑していると、司会がマイクを持って口を開く。
「え〜実はですね、ファンクラブの方で事前にアンケートを取りまして、こちら、高級お菓子詰め合わせBOXをプレゼントとしてご用意させていただきました!」
「え、マジで⁉︎」
「ちなみに、こちらの企画は神星くんが立案者でございます」
「えぇ⁉︎そうなの⁉︎」
端の方で静かに控えていた鈴斗に駆け寄ると、はいはい落ち着いて、と肩をぽんぽんと叩かれた。
「お誕生日おめでとう、翠」
「鈴斗……!みんな……!」
風の便りで聞いたファンクラブって実在したんだ……という衝撃はさておき、今は、みんなに感謝の気持ちを伝えたい。
「素敵なプレゼントまで、本当にありがとう!ここにいる皆さん、そして、これまで俺と関わってくれた全ての人へ、感謝を込めて歌を届けます!」
俺がパフォーマンスタイムに選んだのは「歌」。
実は、スポーツの他にもう一つ得意なこと、それがカラオケ。
そんなに頻繁に行くわけじゃないけど、行ったときはいつも高得点を取るから、家族や友達に驚かれる。
でも、今やってるのは採点対決じゃないからね。
一番大事なのは、今ここにある胸の温かさを、この歌に乗せてみんなと共有して、いつか今日のことを思い出したとき、少しでも笑顔になれるような……そんな時間を作ること!
「それでは、聴いてください!」
〜♪
ねぇ、
父さん、母さん。詩音、玲音。
俺の家族になってくれてありがとう。
家が安心できる場所であり続けるっていうのはさ、奇跡みたいなことだと思うんだ。
大袈裟じゃなく、本当にね。
これからもいっぱい頼るから、みんなもいっぱい俺を頼って!
幼馴染の原田。
小さなときから俺とたくさん話してくれてありがとう。
ちょっと耳が痛いこともお前が言ってくれるから、俺はここまで来れたんだよ。
ツンデレだけど、俺のこと大好きだって知ってるからな!
彼女と末永くお幸せに!
俺のことを応援してくれるみんな。
たくさん好きって気持ちを届けてくれてありがとう。
俺は自分が恋をして、初めて身をもって知った。
ありのまま想いを伝えることは、すごく勇気のいることだって。
だから俺は、想いを伝えてくれる一人一人を、本当に本当に尊敬してるよ。
ありがとう。
そして、最後に―――
「鈴斗!」
「!」
間奏で手を振ったら、きらりと光る笑顔で手を振り返してくれる君へ。
俺はこれまで、色んな愛に出会って生きてきたよ。
だけど、鈴斗に抱いたそれは、間違いなく生まれて初めての感情だった。
これまでの鈴斗を少しでも知っていきたくて、
今の鈴斗を一瞬でも見逃したくなくて、
これからの鈴斗の色んな表情を、独り占めしたい。
ねぇ、鈴斗。
俺、鈴斗に恋してる。
この恋が……最初で最後の恋だったらいいな。
「……ありがとうございました!」
たくさんの愛を込めたラブソングを歌い終わる頃には、すっかり息があがってた。
「翠、良かったよ」
自分のパフォーマンスに向けて準備を始める鈴斗に、優しく頭を撫でられた。
「へへ、ありがと!鈴斗は何を……ってピアノ⁉︎お前、ピアノまで弾けんのかよ……」
「俺だって、翠があんなに歌上手いなんて知らなかった」
鈴斗はそう言って椅子に腰掛けて、はらりと楽譜を広げた。
そこに記してあった曲名を見て、俺はあまりに驚いて、開いた口が塞がらなかった。
「え、な、なんで……」
「……ずっと前、帰り道で言ってた。この曲が好きだって。でも、被っちゃったね」
なんだよ、それ。
俺自身も忘れているような些細なことまで覚えてて、大事なパフォーマンスにわざわざ選んだっていうのかよ。
本当に、この男は、どこまでも……
「それでは、続いて、神星鈴斗くん!よろしくお願いします!」
咀嚼しきれないときめきを抱えたまま、ゆらりと待機席に座る。
ステージの端から見る鈴斗の横顔は、よく晴れた日の星空みたいに綺麗だ。
「では、僕も軽く自己紹介を。
神星鈴斗です。身長は185cm、一人っ子です。
誕生日は六月三十日、血液型はA型です」
おい!誕生日過ぎてるじゃん!!
俺、祝えなかったんだけど⁉︎
絶対来年はプレゼント渡すからな⁉︎
「本日は、ピアノで弾き語りをさせていただきます。
パフォーマンスタイムで何をするか悩んでいた頃、偶然好きな人が口ずさんでいた曲が、ずっと頭から離れなくて。
ピアノを習っていたのは中学までなので、少し不安もありましたが、挑戦しようと決めました。
皆さんも、大切な人を想って聞いていただけたら嬉しいです」
鼻歌なんて、多分毎日のように歌ってたけど、鈴斗が特別興味を持つそぶりを見せたことはなかった。
選曲といい、サプライズプレゼントといい、涼しい顔して、頭ん中では俺の喜ぶことたくさん考えてて……ほんとに、お前はどれだけ俺の心を虜にすれば気が済むの。
しんと静まりかえる会場。
ここにいる全員が、鈴斗の奏でる最初の音を聞き逃すまいと、ステージをじっと見つめている。
この曲の、始まりは―――
「……!」
会場に響き渡る、澄み切った歌声。
ピアノの伴奏すらなく、ただ、鈴を転がすような声だけが、鼓膜を優しく振動させる。
すぅ、と大きく息を吸った直後、恋心をそっと撫でるような和音が鳴り響く。
滑らかに鍵盤を滑るのは、泡雪のように白く美しい鈴斗の手。
その指先の華麗な動きに、うっとりと見惚れてしまう。
鈴斗が、語りかけるように歌うから。
思い出話をするように、温かく切なげな声で歌うから。
俺も、これまでのことを思い返してしまう。
『今年のミスターコンで、俺はお前に勝つ!優勝する!本気でいくから、覚悟しとけよ』
『校内一のイケメンならさ……俺のことドキドキさせられんの?』
『どっちがドキドキさせられるか勝負しようぜ?』
宣戦布告をした日、懐かしい。
今思えば、売り言葉に買い言葉っていうか……本当に突拍子もない勝負を仕掛けてしまった。
でも……今となっては、きっかけなんてなんでもいいよ。
『……それ、貸すよ。楠木の方が、家遠いから』
『楠木……俺が寝るまで、ここにいて』
にわか雨に降られた日。
濡れた身体にジャージをかけてくれた。
そのせいで鈴斗は翌日に熱出して……あのとき、初めて本当の鈴斗の心に少し触れられた気がしたな。
『俺のお題は……『可愛い人』です!』
『楠木!俺も一緒に走るよ』
恋という気持ちを自覚した体育祭。
あの日から、俺の目標は鈴斗を惚れさせることになった。
初恋のレンズを通して見る世界は、鮮やかできらきらしていて……
『水族館、一緒に行かない?』
鈴斗への想いは、海のように深く深くへと進んでいって、止まることを知らなかった。
『今日、すごく楽しかった。こんな風に友達と遊んだの……生まれて初めてだよ』
『ライバル兼親友が、今、隣にいるから……もう、寂しくないな』
完璧な優等生というイメージに隠れていた、ありのままの鈴斗の寂しさを、ぎゅっと抱きしめた日。
『何これ、美味すぎるよ、楠木』
手作り料理で、俺の知らない子どもの頃の鈴斗の片鱗を見つけられたと思ったら、
『……ごめん、完全に間違えた……』
突然、崖から突き落とされたような絶望に襲われた日。
あんなに熱く高鳴っていた心も、簡単に凍てついてしまう……そんな、恋の残酷さを知った。
『……楠木が無事で、本当に良かった……』
優しさすらも拒みたいと思っていたはずなのに、ピンチのときに呼びたくなるのは、やっぱり鈴斗の名前だった。
『俺の気持ち……ミスターコンが終わったら、全部伝えさせて』
ねぇ、鈴斗。
このお祭りが終わったら、俺たちどうなっていくのかな。
どんな未来のページも……一緒に描けたらいいな……
♪―――
最後の音が鳴り止むと、鈴斗は静かに立ち上がり、美しいお辞儀をする。
この会場で一番大きな拍手を送りたくて、手のひらをヒリヒリさせながら叩いていたら、鈴斗がこっちを見てふはっと笑った。
「鈴斗!良かったよ!」
「ふふ、うん、ありがと」
ステージの真ん中へ駆け足で向かい、両手を前に出してハイタッチ。
急上昇するボルテージはそのままに、プログラムは投票前のサポートプレゼンタイムに突入する。
「お二人とも、素晴らしいパフォーマンスをありがとうございました!さて、それでは投票の前に!各出場者のサポーターによる、推せ推せ♡プレゼンタイムです!
今回はなんと、史上初!出場者同士が互いにサポーターを務めるとのことです!」
「そんなコーナー名だったんだ……」
「翠、よろしくね?」
「お前こそ、しっかり頼むぜ?」
好戦的な熱い視線を交えると、鈴斗は俺の肩を抱いて、渡されたマイクの電源をオンにする。
「楠木翠くんのサポーター、神星鈴斗です。
実は、僕が彼と初めて話したのは、つい半年前。
たった半年で……僕の心は、すっかり翠に奪われました」
いや、うん、ここまでストレートに言われると恥ずかしすぎるな。
「小学生みたいに無邪気な笑顔を見せたかと思えば、長男らしく僕の看病をしてくれたり……こうやって、」
「っ⁉︎」
むぎゅ、とほっぺを片手で掴まれて、ひよこみたいなピヨピヨ顔を晒される。
「顔を真っ赤にして可愛らしく照れたり」
「っ……」
お前……
全校生徒の前でなんてメロい微笑み見せてるんだよ……!
「色彩豊かな表情は、誰もが惹かれる魅力に溢れてる。
僕もその魅力にやられた一人です。
翠のことなら、四六時中眺めていても飽きないと思う」
「す、鈴斗、もういいよぉ……」
俺の身が灼熱して持たないから、小声でそう言ったのに、鈴斗は「あと少しだけ」と、ウインクで油を注ぎやがった。
「そして、何より……翠はいつだって、
ありのままを見せてくれるし、ありのままを見てくれる。
だから、そばにいる人が……心の底から安心できる」
「鈴斗……」
「……僕は、何かに躓きそうになるたびに、怖くなって逃げたり、上から色を重ねて塗って、自分を隠して生きてきた……そんな僕の原形を、翠はいつも、まっすぐに透き通るような瞳で見てくれていた」
「っ……!」
透き通るような瞳を持っているのは、お前の方だろ鈴斗。
今だってそうやって見つめられると、胸の真ん中にある恋心の輪郭を、くっきりと捉えられているような気分になる。
「外見も内面も、最高にかっこいい楠木翠に、清き一票をよろしくお願いします!」
ぐっと体を引き寄せられて、頭まで撫でようとしてくるから、慌ててマイクを奪い取った。
「っ、はい!次!俺の番ね!」
忙しないなぁ、という小言を無視して、俺は口を開く。
「ってことで!鈴斗のサポーターの楠木翠です!
俺がまず皆さんに伝えたいのは……
神星鈴斗は、全然完璧な人間じゃありません!」
「……!」
「皆さんの反応、よ〜く分かります。
だって、成績優秀、運動神経抜群、顔良しスタイル良し、性格も良し!
完璧と言えば鈴斗、鈴斗と言えば完璧!
つい、そう言いたくなるよ」
完璧とか天才とかいう言葉は、分かりやすく人を神格化できるラベルなんだ。
簡単に使えちゃうから、いつの間にか本人も知らないところで広がってる。
「でも……俺が知ってる鈴斗はね。
想像以上に泥臭く努力してるし、後悔や孤独も抱えてる。
それに意外と寂しがり屋で、弱気なこと言う日だってある。
つまり、鈴斗は……結構、普通の人間なんだ」
「翠……」
「それでもやっぱり、鈴斗が一際輝いて見えるのはさ……
いつだって鈴斗が、真摯に生きてきたからだと思うんだ。
楽しいことも苦しいことも、たくさん考えて悩んでて……目の前のものに、真正面からしっかり向き合う鈴斗のことが……俺は、大好きです!」
「っ、翠⁉︎」
動揺してる鈴斗の顔、いいね、最高だよ!
「みんな!銀河一かっこいい神星鈴斗に、ぜひ投票をお願いします!」
「っ、はぁ〜……銀河一って、バカっぽい……」
俺の肩に寄りかかり、ごにょごにょ言いながら頬を赤く染める鈴斗に、ウインクのお返しをしてやった。
「俺はバカだからいいの!」
「……もう……」
俺が射たハートの矢は、見事、ど真ん中に命中したみたいだ。
そのまま、一生抜けなくていいからね。
「それでは、まもなく!投票を開始します!」
司会の指示で、スクリーンに大きくQRコードが映る。
ミスターコンも、すっかりデジタルの時代だねぇ。
「では今から、一分間の投票タイム、スタートです!」
観客が一斉にスマホを操作する。
みんなは俺たちの歌や言葉を聴いて、何を思い、誰を思い浮かべただろうか。
明日から、どんなことを考えて生きていくだろうか。
どうか、そこにあるのが……温かい幸せでありますように。
「まもなく投票締め切りです!」
ああ、ついに、終わるのか。
俺たちの、長いようで短かった勝負が―――。



