色んな揉め事が解決してから、約二週間後。
俺たちの高校はついに、年に一度の大きな大きなお祭り――そう!文化祭を迎えた!!

「はーらだっ!おはよ!」

「おはよ。今日は一段と元気だね」

「そりゃあ祭りだからね!テンション上げてかないと!」

勢いよく肩を組むと、原田に「やめて」と腕を退かされた。

こんな原田だけど、二週間前、一連のストーカー事件について打ち明けたときは、本気で俺を心配して、珍しくぎゅーっと抱きしめてきた。
そして「なんですぐに相談しなかったのか」「僕が忙しくてもちゃんと言いなさい」と涙ぐみながら怒ってきた。

ほんと、俺の幼馴染は俺のこと大好きなんだから。
あ、ミスターコンのサポーターは喜んで鈴斗(すずと)に譲ってたけどね。


(みどり)、おはよう」

澄んだその声を聞いて、キュンとして振り向けば、

「鈴斗!おはよ!」

大好きな人の爽やかな笑顔があった。
抱きつきたい衝動をグッと堪えて、クラスTシャツ姿の鈴斗をじっくりと堪能する。

「ねぇ、見過ぎだから」

「いいじゃん、せっかくだから写真撮ろうぜっ」

教室の後ろの方で、カメラを構えてピースする。
「はい、チーズ!」の伸ばし棒あたりで、鈴斗がこてんと頭をくっつけてきたから、思わずスマホをぶん投げるところだった。

「どう?翠の照れ顔撮れた?」

「ったく、心臓止まるかと思った!」

「ふふ、ごめんって」

「てか、そんなに俺の照れ顔の写真が欲しかったのかい?鈴斗くん」

「うん、すごく」

「なっ……!」

せっかくやり返せたと思ったのに、素直に「うん」なんて言われちゃったら、頭の中でときめきパレード始まっちゃうじゃん……!

「おーいそこのお二人さん」

「「原田(くん)!」」

「もしよかったら、お写真撮りましょうか?」

「「原田(くん)……!」」

お言葉に甘えて、しっかり全身が写ったツーショットも撮ってもらった俺たち。
今日は原田の彼女が遊びに来るらしいから、そのときはお礼に俺たちが撮るぜ!と親指を立てておいた。


「翠、行きたいところ決まってる?」

まもなく朝のホームルームが始まるという頃、鈴斗に優しく尋ねられる。
仲直りしてすぐ、文化祭は一緒に回ろうって約束したんだよね。

「うん!何個か特に行きたいやつチェックしといた」

パンフレットを広げて、ほら見て!とアピールすると、鈴斗はクスッと頬を染めて笑う。
あ、好き。大好き。

「翠の行きたいところ、全部行こうね」

「へへ、ありがとっ」

ニカっと笑ってみせたら、鈴斗の笑顔もさらに色づいた。
胸がきゅうっと愛おしさで締めつけられて、鈴斗にもこの幸せな痛みを感じてほしくて……。
思い切り甘えてみたくなったけど、ちょうど教室に担任が入ってきたので慌てて席に着いた。

担任が話してる最中、鈴斗と目が合ったとき、試しにウインクしてみたら……分かりやすく動揺して顔を隠したから、俺の気分はなかなか良かった。







文化祭、開幕!
早速、鈴斗と隣のクラスのお化け屋敷にレッツゴー!
……したかったけど、俺たちは最初にシフトが入ってる。

俺らのクラスは色んなミニゲームを用意してて……まあ、いわゆる縁日ってやつだけど、最初の枠は事前抽選の整理券が配布されているらしい。
俺と鈴斗は「とにかく!最初だけいて!あとはデートしていいから!」とだけ言われており、抽選に関することは全て原田と男子数名が担当してくれた……感謝。


「では、整理券番号1から10の方〜!お待たせいたしました、入場を開始します!」

教室の外から聞こえてくる案内係の声を聞いて、鈴斗と思わず目を見合わせた。

「……番号とかあんのな」

「……ほんとに最初の枠だけで良かったのかな」

扉が開いた瞬間、勢いよく……!ではなく、きちんと節度を守って、手作りグッズを持った女子たちが入場してきた。

え⁉︎何あれ……鈴斗と俺のペアぬいぐるみ?
完成度すごすぎだろ……あれ普通に俺が欲しいんだけど……。

そんであの缶バッジは何⁉︎
俺と鈴斗がアニメキャラみたいになってんだけど⁉︎
上手すぎる絵を描いたのはどなた⁉︎
俺にその絵を送ってくれ!

「あ、あの!写真撮ってもいいですか?」

グッズの数々に感動しながら射的コーナーで接客してたら、遊び終わった女の子たちによる撮影タイムが始まる。
ふふん、待ってましたよお嬢さん方。
どんな表情もどんなポーズもお任せください!
この楠木翠がご要望にお応えしましょう……

「どんな感じがいい?」

「あのー……」

「ん?どうしたの?なんでも遠慮なく!」

「鈴斗くんも一緒に、二人の写真撮りたくて……」

ほーん、なるほど。
やはり、俺たちをペアで推してる子が多いのか。

「おっけー!鈴斗!それ終わったらちょっと来てよ」

営業スマイルで輪投げを見守っていた鈴斗は、まもなくこちらへやってきた。

「どうしたの?」

「俺たちの写真撮りたいんだってさ。ほら、ピースして」

ニコニコ笑顔をカメラに向けると、シャッター音の嵐が巻き起こる。
でも、女の子たちはまだどこか満足してない気がする……。

「大丈夫?他に撮りたいポーズとかあった?」

「あ、えっと……もしできたら、いつもみたいな感じで……」

え?いつもみたいな感じ?
どういう感じだ、それは。

「え〜っと、具体的には、」

「いつもの感じね」

「っ⁉︎」

俺の言葉に被せて何をするかと思えば、後ろから肩に手を回して、ぎゅっと抱きついてきたではないか……!

「ちょ、すず、」

「何?いつもしてるでしょ」

あわあわと照れまくる俺と、ふふっと余裕の笑みを見せる鈴斗。
そして、非常に満足気にそれを写真に収める女の子たち……。

「二人ともありがとうございます〜!♡」

「あ、あは、喜んでもらえて良かった〜……」

「またね、来てくれてありがとう」

あ〜顔が熱い!この部屋もなんか暑い!
だいたいさ、いつもハグなんかしてねぇだろ!
……いや、してる?あれ?
……まあ、どっちでもいいや。
お客さんが喜んでくれるのが、今の一番の幸せだもん。




その後も次から次へと写真撮影の対応をしていたら、あっという間にシフトの時間は過ぎた。
やっと控え室に入れたときはホッとして、鈴斗の背中にぐでーんと寄りかかって抱きついちゃった。
……あ、俺たち、マジでいつもハグしてるわ、とそのとき実感した。

鈴斗と控え室でちょっと休憩したら、今度こそお目当ての出し物へと出発!
まずは、一番気になってたお化け屋敷。
同じ二年生が作ってるらしいし、文化祭の予算も考えたら、そこまでの怖さは期待できな―――

「ギャアアァァ!!」

「翠、早く行こう、こういうのは足を止めたら、」

「ヒィッ!」

「っ……翠の声が一番ビビる……」

「なぁんで俺が悪いみたいになってんだよぉ!って、なんかヌルヌルした!ねぇヌルヌルした!!」

「……進もう、翠……」

前言撤回、文化祭クオリティでもめちゃくちゃ怖かった。
俺は急に驚かされるのが苦手、鈴斗は全体の雰囲気とか暗いのが苦手で……タイプが違うビビリだったのは新たな発見だったな。



お化け屋敷の後は、お腹がペコペコになっていたから、屋台エリアへまっしぐら。
焼きそばと、唐揚げと、たこ焼きと……あとはクレープと、タピオカジュースも……

「翠、食べきれなくなるよ」

「ハッ!!どれも美味しそうだからつい……」

「ふふ、可愛い」

俺が無計画に買った食べ物たちを、両手いっぱいに持ってくれた鈴斗が、眉を下げて困ったように笑う。
愛おしさの混ざる呆れたような顔を見たら、もっともっと困らせたくなってしまう。

「……クレープ食べていい?」

「もちろん。はいどうぞ」

席に着いてストロベリーチョコクレープを受け取り、わざとホイップクリームを口の端につけて、チラリと鈴斗に視線を送る。

「……今そんな可愛いことされたら、生殺しなんだけど」 

口元を覆った鈴斗のもう片方の手が伸びてくる。
その指先がクリームに触れる前に、ペロリと舌でそれを取って、遅かったな、という風に口角を上げてみると、鈴斗はそれはそれは悔しそうに唇を噛み締める……はずだった。

「まだ取りきれてないよ」

「え」

実際はまだクリームが残っていたらしく、鈴斗の人差し指が優しく触れて、

「っ!」

「……甘いね」

ちろ、と覗いた舌が、先ほどまで俺の口元についていた白を絡め取った。
仕草も、声も、目つきも、どんなスイーツよりずっと甘いお前が、「甘いね」だってさ。自己紹介かよバカ。

鈴斗の色気にあてられてポヤッとしていると、突然、服の裾をグイグイと引かれる。

「「兄ちゃん」」

「!おー!二人とも来てくれたのか!」

後ろに立っていたのは、小さな可愛い弟たち。
母さんは屋台の列に並びながら手を振ってくれる。

「鈴斗くん、いつも兄ちゃんがお世話になってます」

「鈴斗くん、今度うちに遊びに来て」

「っ⁉︎」

俺が母さんに手を振り返したわずかな隙に、弟たちがいつの間にか鈴斗に抱きついているではないか。

「っ、おいおい、二人とも、」

「遊びに行っていいの?」

「「うん!」」

「やったね、ありがとう。楽しみだね、お兄ちゃん?」

「っ……!」

こいつ……絶対楽しんでやがる……。

「あーあーそうだね!楽しみで楽しみで夜しか眠れねぇわ」

「兄ちゃん顔赤いね」

「照れてるね」

「もーーーほら!母さんのとこ戻りなさい!」

冷やかしてくる弟たちを母さんの元へ帰し、顔の熱さを鎮めるために、冷たいタピオカジュースをゴクゴクと飲んだ。
タピオカが口に溜まってリスみたいになった。
鈴斗には「もちもちがもちもちを食べてる」と笑いながら言われた。







午後からは、謎解き迷路やオリジナルドラマ上映館、さらには映えるフォトスポット展示など、時間の許す限り様々な出し物を鈴斗と回った。
フォトスポットでは、彼女とデート中の原田と遭遇したので、約束通りカメラマンを担当させてもらった。
そんで、俺たちもまた撮ってもらっちゃった。


そんな感じで楽しく過ごした文化祭も、いよいよフィナーレを迎える時間。
俺と鈴斗は、体育館のステージ裏でスタンバイしていた。

「翠、こっち向いて」

「ん?」

言われた通りに鈴斗の方を向くと、ほんの少しだけ乱れていた前髪の束を、櫛で丁寧に整えてくれる。

「よし、できた」

「ありがと!鈴斗もまつ毛ついてる」

「ん」

目の下についた長いツヤツヤまつ毛を取ろうとしたら、鈴斗は少し屈んで目を閉じた。
なんだよもう。
そんなに身長差ないから屈まなくても取れるし。
目も閉じなくていいのに。キスしてやろうか。

「……はい、取れたよ」

「ありがと、翠」

まさに今から対決するライバルだってのに、何やってんだか。
……でも、こんな関係も面白くていいじゃん?

鈴斗と顔を見合わせて笑っていたら、ついに司会のアナウンスが始まった。

「かつて、本校の文化祭での目玉企画であった『ミスターコンテスト』……全世界で猛威を振るったコロナウイルスの影響で、その存在は文化祭もろともに消えてしまった……

しかし!数年前より文化祭は無事に復活!
さらに!今年は全校生徒の希望叶って!
ミスターコンテストも完全復活!!

そんな記念すべき大会に出場してくれるのは……
この二人だー!!」

司会の明るい声を聞いて、俺たちはゆっくり歩き出す。
体育館いっぱいに集まった観客たちの視線が一つに集まる場所へ―――。