どんなに胸が痛もうが、どんなに呼吸が苦しかろうが、月日は刻々と過ぎてゆく。
暑い暑い夏休みが終わり、二学期が始まってもう二週間が経つが、俺と神星はいまだに口を利いていない。
朝、神星が通学路で俺を待っていることはないし、
昼ご飯を一緒に食べることももちろんない。
放課後は元々、部活とバイトで基本的に別々だし。
まるで、この四か月のことなど、綺麗さっぱりなかったことになったみたいだ。
名前だけ知ってる、ただのクラスメイト。
卒業すれば、いずれはその存在を忘れてしまうような、そんな距離だ。
「原田〜。ミスターコンのサポートプレゼン、お前の名前書いて出したから。よろしくな〜」
「あのねぇ、一言くらい言ってから出してよ」
「俺がサポート頼めるのなんて、原田しかいないじゃん。それお前も分かってるだろー」
「まあ……」
校内では、来月頭の文化祭に向けて、ついにミスターコンへのエントリーが始まった。
エントリーに必要な記入事項は色々あるが、その一つがサポートプレゼンターの氏名だ。
「サポートプレゼンで入れてほしい情報とかある?」
「んー……」
サポートプレゼンとは、出場者のサポーターによる応援演説だ。
その人と近い人間の目線から、こんないいところがありますよ〜って出場者を推すコーナーで、過去の大会でも結構注目されていたらしい。
「うん、まあ、原田が思う俺のいいところを言ってくれたら十分だ!」
「え〜……難しいな……」
「ねぇそれは喧嘩を売ってるの?売ってるよね?」
「……だってさぁ……」
原田はジロッと厳しい目で俺を見る。
「最近の翠、ぜーんぜん翠のいいところが出てないんだもん」
「はぁ?」
「いつ仲直りするの?」
「っ……」
「なるべく二人で解決した方がいいと思って、二週間も見守ってたけど……なーんにも変わらないじゃん」
やっぱり、バレバレだったか。
いや、絶対にバレているだろうとは思ってたけどさ。
「……なんでもっと早く、何があったか聞かなかったんだよ」
「えー?だって翠、話したかったら自分からペラペラ話すでしょ」
「うっ……」
図星である。
話したいこと、聞いてほしいことがあれば、原田に嫌な顔をされようが、ペラペラと口を動かしてしまうのが俺だ。
「……神星くんも、ずっと元気なさそうだね」
「知らねーよ……あいつ、俺と恋愛するなんて間違いだって。ありえないって思ってんだよ」
「それ、本当に神星くんが言ったの?」
「言ったよ、俺の目の前で」
「……なんか、勘違いしてる気がするけどね」
俺より神星の味方をするような発言をする原田に、思わずムッとなる。
「お前はその場にいなかったから分かんないだろ」
「はぁ……」
「あっ、それよりさ」
「待って、僕、生徒会の集まりあるから。またあとで!」
「……りょーかーい」
なんだか、原田も文化祭関係で最近忙しそうだし、ゆっくり話せてないなぁ。
……もう一個、相談したかったことあるのに。
◇
◇
◇
放課後、体育館へ向かう神星を横目に、憂鬱な気持ちで帰路につく。
俺の心がどんよりと曇っているのは、神星と険悪な雰囲気になっていることだけが原因ではない。
「……っ!」
背筋がゾワっとするような気配を感じて振り向いたけど、どこかに上手く隠れたようだ。
〝そいつ〟は見当たらない。
気を取り直して歩き始めると、再び背後からヌルヌルとした気味の悪い視線を感じる。
「……いい加減にしろや!」
道端で叫ぶなんて、こっちが不審者だと思われるだろ。
ふざけんな……って、あ!今!一瞬だけ見えた。
「……またアイツかよ……」
そいつの顔には見覚えがあった。
まだ記憶に新しいその顔。
アイツは……
去年の冬も、俺にストーカー行為をしていた奴だ。
あの制服は、近くの公立高校。
偏差値的にはあっちの方がワンランク上だ。
故に、治安はいいところなはずだけど……そこにいる人間全員がまともな奴とは限らないって話だな。
きっかけは俺にも分からない。
去年だって、気づけば後をつけられるようになっていた。
俺がモテるから女絡みか?と思い、紛らわしい距離感で接してくる女子は意識的に遠ざけた。
けれど、状況は変わらず……。
あれ、あのときは、なんで解決したんだっけ?
確か……そうだ!原田だ。
原田に頼んで何日か一緒に帰ってもらったら、意外とあっさりいなくなったんだよな。
一人のときを狙ってストーカーするなんて……
今の時代にタイマンで殴り合いしたいってことなのか?
は〜参ったな〜。
俺はモテるし、まさに漫画の主人公って感じの見た目と雰囲気?だけどさぁ……さすがに喧嘩は強くないわけ。
てか、強いとか弱いとか以前に、喧嘩なんかしたことないわけ。
どうすっかなぁ。
また原田に頼んで、一緒に下校してもらうかなぁ。
でも、原田も忙しそうだし……
どうしよう……
……って考えてたら!
さらにあっという間に一週間が過ぎた!
ストーカーは毎日絶好調!最悪!
「ねぇ、翠、なんか顔色悪くなってない?ミスターコン大丈夫なの?」
「あー、あはは……」
原田にもいよいよ本気で心配されるようになった。
さすがにここまで疲弊してたら、多忙な原田に助けを求めても許されるよな……?
「どうしたの?やっぱり神星くんのこと?」
「いやーそのー……実はさ、」
そう言いかけたところで、教室の扉がバァン!と開く。
あれは……生徒会の一年かな?
「原田センパーイ!」
やはり。
なんだかとても焦っている様子だし、一刻も早く行ってあげた方が良さそうだ。
「おっと……ごめん、翠、あとで聞くわ」
「お、おう、気にすんな〜!」
言うタイミングを逃してしまった……。
そろそろ、マジで限界なんだけどな。
いっそのこと、堂々と正面から話しかけにいって、「タイマン勝負はできません!」って宣言するしかないか?
「はぁ……ん?」
窓際でため息をついていたら、何やら周りが少しザワつく。
チラ、と後ろを見てみると……
え、誰⁉︎
神星の席に、なんかすっげー美少年いるんだけど⁉︎
しかも、なんか、仲良さそうに話してるし……
「あ、あの子でしょ、神星くんのサポーター!一年生の!」
は⁉︎
「そうそう、やばいよね!超イケメン先輩後輩コンビ!」
はぁ⁉︎
コソコソと話す女子の声が、今日はやけにクリアに聞こえた。
誰だよあいつ。
お前は神星の何なのさ。
お前に神星の何が分かる?
俺の方が、神星のかっこいいところ、可愛いところ、愛しいところ、たくさん知って―――
……いや、たった四ヶ月で何を知った気になってるんだ。
何も分かってないのは、俺の方じゃないのか?
だから今、こんな風に……
同じ教室にいても、届かないんじゃないのか……。
思わず瞳が潤みそうになったとき、後輩と話し終えた神星と目が合った。
神星は何か言いたげに少し口を開きかけたが、結局気まずそうに目を逸らして席に着いた。
ああ、もう、どうにもならないな。
俺から話しかけて表面上だけの仲直りをしたところで、俺はもう、今まで通りに神星と接することなんてできないよ。
だって……俺は、恋をしている。
これまでは、わずかでも希望があったから、神星からの優しさやときめきを受け取ることができていたんだ。
それがどうだ。
一生叶わない片想いの相手に、優しくされて、ときめかされて、でもそれ以上は絶対に近づけなくて……
そんなの、呼吸をせずに生きろと言われているようなものだ。
無茶だよ。すぐに死んでしまうよ。
……でも、変だな。
神星から離れている今も、上手く息ができないんだ。
どうして、近づいても、離れても、苦しいんだよ……。
◇
◇
◇
結局、原田にストーカーのことを話せないまま、俺は帰路についてしまった。
今日も今日とて、背後には気色悪い気配を感じる。
……ったく、ほんとに鬱陶しい。
疲れ果てて、どこか投げやりになっていたのか。
冷静な判断能力が欠けていたのか。
俺はこのとき、普通なら曲がらない細い路地へ入って、そいつを待ち伏せしよう、なんて考えてしまったんだ。
「……おい」
予想通り路地へ足を踏み入れてきた男に、そのとき出せる最も低い声で話しかける。
男は俯き気味で、怯えたようにビクッと肩を揺らす。
「お前さ、何が目的?制服から高校も分かってるし、警察行こうと思えば行けるんだけど」
「っ……ぃ、ぃぇ……ぇっと……」
「去年の冬もストーカーしてたよな?俺に言いたいことあんならハッキリ言えよ」
「ぇ……その……」
ボソボソと話すそいつに苛立って、顔を見せろという風に、グイッと距離を詰めた。
「だから、言いたいことあんならハッキリ言えって――」
次の瞬間、全身を「恐怖」という感情が襲った。
手首を突然ものすごい力で掴まれて、身体をドン、と壁に押し付けられる。
「っ、おい!ふざけんな!何すんだ、っ」
「ハッキリ言えって言われたから、伝えようと思ってさ……ボク、キミに一目惚れしたんだよね……でも分かってるよ……キミは綺麗だから……ボクのこと好きになるわけないよね……」
まって、これ、マジでやばいやつ?
こいつ、なんか、変なスイッチ入っちゃってない?
つーか、こんな強い力どっから出てんだよ……。
「っ、離せよ、」
「でもさ……キミ……いや、楠木翠くん」
こいつ……
俺の名前まで知ってやがる。
「翠くん……彼女も彼氏も……いないよね?」
「は、っ、だから、何だよ、」
「それなら……一日だけでいいからさ……ボクと付き合ってよ……」
「は……?」
「だめ?一日だけだよ……なんならお金払うよ……」
その声はうわずって震えているものの、俺を拘束する力はさらに強くなっていく。
痛い、怖い、逃げたい、動けない……
誰か……助けて……誰か……
あ……そうだ、神星……
……あれ?
神星って、俺のなんなの……?
助けてって、言って、いいんだっけ……?
分かんない……けど、
神星しか、俺、思い浮かばないよ―――。
「楠木!!!!!」
きらり、光る。
たくさんの幸せが瞬くこの世界で、
一際目立って明るく、そして優しい。
「神……星……」
暗闇の中の道標。
手を伸ばすことをやめようとしたのに、
その星は、自ら俺に会いに来た。
「……手を離せ。二度と楠木に近づくな」
「き、キミは、別れたんじゃ……いや……ごめん……二度と現れないから……安心して……」
神星が腕を掴み、キツく睨みつけると、ストーカーはあっさりと引き下がる。
逃げるように走り去っていく後ろ姿が見えなくなったとき、途端に足の力がふっと抜けた。
「楠木!大丈夫?」
倒れかけた俺の身体を支えてくれる体温。
久しぶりにぶわりと香る好きな匂い。
じわりと……視界が、ぼやけた。
「……っ、大丈夫じゃないよな、怖かったよな」
「……うん……」
もう、優しくすんなって、思ってたのに。
優しくされたら……やっぱり、ありえないほど嬉しいよ。
泣きながら抱きしめてしまうくらいに、嬉しいんだよ。
俺が落ち着くまで、神星はずっと抱きしめてくれた。
「……神星、ありがと」
ズビ、と鼻を啜って見上げると、今度は神星の方が泣きそうな顔で笑ってた。
「楠木……一緒に帰ろう」
「え……部活は?」
「……今日は、行かない」
神星はそう言って俺の手を取る。
俺は、少し戸惑いながらも、その手に引かれるまま歩き出した。
◇
◇
◇
いつの日か雨宿りをした公園のベンチに、二人並んで座る。
公園に着くまで、ずっと手は繋いでたけど、互いに何も話さなかった。
「「……あのさ」」
タイミング、めちゃくちゃ被った。
前にもこんなことあったな……って、神星も覚えてるかな。
「……楠木から、いいよ」
「あ、うん……えっと……さっきは助けてくれて、ありがと。なんで、あそこにいたの?」
「……今日の昼、後輩から聞いたんだ。楠木がストーカーされてる気がするって」
「……!」
「その後輩も帰る方向がこっちで……昨日、本当に偶然見かけたらしい」
神星が言う後輩とは、あのサポーターの美少年のことだろう。
昼間に嫉妬したあの子に助けられたなんて……かっこ悪いな、俺って。
「ちょうど楠木にちゃんと謝りたいと思ってたし、ストーカーのことも心配だったから、一緒に帰ろうと思ってたのに……楠木、すぐ教室出ていっちゃうから」
「それは……ごめん……」
「ううん……それで、急いで追いかけたら……っ、あの路地に入ってくのが見えたんだ」
「そっか……」
もしも、後輩の子が気づいてくれなかったら。
もしも、神星に伝えてくれなかったら。
もしも、神星が間に合わなかったら。
想像しただけで、恐ろしくて鳥肌が立つ。
「……楠木が無事で、本当に良かった……」
「神星……」
か細く震える声でそう言われ、両手をぎゅっと握られた。
「もし、楠木に何かあったら……俺……生きていけなかったかもしれない……」
「そ、そんな、大袈裟な、」
「大袈裟じゃない」
今度は重みのある声でハッキリと、まっすぐ目を見て言われる。
優しい強さの滲む視線に、胸がトクンと恋の音を奏でる。
「楠木。あの日のこと、ずっと謝りたかった。あの日……急に押し倒して、首にキスまでして……本当に、ごめん」
「っ……」
深々と頭を下げられて、なんとも言えない気分になる。
……だって……
「その、俺も避けててごめん……でも、別に、怒ってないよ」
「っ!それは、さすがに嘘だろ」
「あー、いや、なんていうか……押し倒すとか、首にき、キスとか……それは、別に……い、嫌じゃなかった……」
「は……?」
体温がぐんぐん上昇する中、必死で自分の想いを声にして紡いだ。
もう、大切な人と、すれ違いたくないから。
「俺が、嫌だったのは……お前に、『間違えた』って言われたことだよ」
「えっ……だって、完全に順番間違えたもん」
「はい?」
「普通、キスとか押し倒すとかって、付き合った後にすることでしょ?だから、完全に間違えたし、楠木も嫌だったかなって……え、違うの?」
「……はぇ……」
意識が宇宙の彼方へ飛んでいくかと思った。
地球に9.8メートル毎秒毎秒の重力加速度があって良かった。
ちなみに重力加速度の値と単位はテスト勉強で覚えた。
「ねぇ、楠木!」
「ハッ!」
「良かった、戻ってきた……で、楠木はどういう意味だと思ってたの?」
「ぁ、それは……その……恋愛対象じゃないのに、やりすぎたから、間違えたって……意味かと……」
「はぇ……」
今度は神星が宇宙へ行ってしまいそうだったから、すぐに激しく揺さぶった。
意識を地球に留めた神星は、大きくため息を吐いて項垂れる。
「はぁ……まさかそんな勘違いが起きてたなんて……」
「ほんとだよ、紛らわしい……」
「……」
「……」
「……え?」
まずい。
やばい。
顔が、熱すぎる。
「楠木」
「……」
「ねえ」
神星のこと、見れな―――
「翠」
「ぁ……」
ほっぺを片手でむぎゅっと掴まれ、強制的に視線を合わせられた。
「……何その顔、可愛すぎるんだけど」
「っ……」
「きゅるきゅるして、もちもちして、真っ赤っかで、ぷるぷるしてさ」
喋りながらゆるりと下りてゆく神星の視線に、胸の奥がキュンキュンと甘くなる。
「……つまり、翠は、俺に恋愛対象として見られたいってことだよね」
「ぅ……」
ほっぺをむにむにされながら、ね?と問い詰められるから、素直にコクリと頷いた。
その瞬間、神星がゴクリと息を呑む。
なんだよ、自分が問い詰めたくせに。
「……翠、あのさ」
「っ……!」
神星は緊張した面持ちで、次の言葉を言おうとしている。
え、まさか、このまま、告白―――⁉︎
「ミスターコンで翠のサポーターをやらせてください!」
「……え?」
こく、はく……じゃないんかーい!!
「俺、みんなの前で、翠の魅力を伝えたい!他の誰でもない、俺が……翠のいいところ、話したいんだ」
「神星……」
「原田くんにも、ちゃんと俺からお願いするから……だめ、かな?」
神星は不安そうに俺の顔を覗く。
……告白じゃ、なかったけど。
ぶっちゃけ、すっごい嬉しいこと言ってくれるじゃん?
「……条件がある」
「っ!な、何……?」
「俺に、神……鈴斗のサポーターをやらせてくれ!」
「……!」
「俺だって、他のやつに鈴斗のこと語ってほしくない!俺が鈴斗のかっこいいところ言いたい!」
あー、もう、恥ずかしいったらありゃしない。
でも、想いを隠さず伝えるのって、少し、いや、めちゃくちゃ気持ちいい。
「……だめ?」
久々の上目遣い、可愛いって思ってくれよ?
「ふふ、いいに決まってる」
「っ!やった!でも、あの後輩はいいの?サポーターって噂されてたけど」
「うん、大丈夫。元々、無理言ってお願いしてたから」
「ふーん……」
「……どういう関係か気になる?」
鈴斗がニヤリと笑うのが、憎たらしいけどかっこいい。
「ふん、そりゃ気になるだろ」
ぷいっとそっぽを向いてやったら、ごめんごめんと頭を撫でられた。
許してやんない!って言ったら、もっと甘いことしてくれるのかな。
「あの子は、中学の頃から慕ってくれてる後輩なんだ。通ってる塾が一緒でさ」
「へぇ〜仲良しなんですね〜」
「もう、拗ねるなよ。最後まで聞いてって。あの子は同級生に好きな子がいるから、俺には興味ないよ。もちろん俺も、恋愛感情は全くない」
「……ふーん……」
「あれ、翠、まだご機嫌斜め?」
「……かもね?」
わざと期待を込めた視線を送ったら、鈴斗の手が頬に伸びて、端正な顔が、近づいて……
え⁉︎待って⁉︎お、俺、キスされるのか⁉︎
そ、そこまでは心の準備が―――
「っ……」
ぎゅっと目を瞑った刹那、唇の端から数センチほど離れた場所に、ちゅ、と柔らかい感触が伝わる。
「へ……」
「……今は、これで許して?」
耳元で、鈴斗が艶っぽく囁いてくる。
「俺の気持ち……ミスターコンが終わったら、全部伝えさせて」
「……!」
耳から伝わるときめきが、キャンディみたいに甘くパチパチと弾けて、身体も心も痺れてしまいそうだ。
「文化祭、頑張ろうな」
鈴斗はニコニコしながら俺の頭をぽんぽんして、勝手に満足して立ち上がる。
「っ、おい、言っとくけどな!俺は負ける気ないからな!」
「ん?分かってるよ。翠のパフォーマンス、楽しみにしてるね」
「……!す、鈴斗は、何するの、パフォーマンス」
気になって顔を覗き込んだら、鈴斗はスラリとした人差し指を唇に当てる。
「それは当日のお楽しみっ」
パチっと飛んできたウインクは、きらきら瞬きながら俺の胸まで届いて、好きの温度をまた一段階高めた。
暑い暑い夏休みが終わり、二学期が始まってもう二週間が経つが、俺と神星はいまだに口を利いていない。
朝、神星が通学路で俺を待っていることはないし、
昼ご飯を一緒に食べることももちろんない。
放課後は元々、部活とバイトで基本的に別々だし。
まるで、この四か月のことなど、綺麗さっぱりなかったことになったみたいだ。
名前だけ知ってる、ただのクラスメイト。
卒業すれば、いずれはその存在を忘れてしまうような、そんな距離だ。
「原田〜。ミスターコンのサポートプレゼン、お前の名前書いて出したから。よろしくな〜」
「あのねぇ、一言くらい言ってから出してよ」
「俺がサポート頼めるのなんて、原田しかいないじゃん。それお前も分かってるだろー」
「まあ……」
校内では、来月頭の文化祭に向けて、ついにミスターコンへのエントリーが始まった。
エントリーに必要な記入事項は色々あるが、その一つがサポートプレゼンターの氏名だ。
「サポートプレゼンで入れてほしい情報とかある?」
「んー……」
サポートプレゼンとは、出場者のサポーターによる応援演説だ。
その人と近い人間の目線から、こんないいところがありますよ〜って出場者を推すコーナーで、過去の大会でも結構注目されていたらしい。
「うん、まあ、原田が思う俺のいいところを言ってくれたら十分だ!」
「え〜……難しいな……」
「ねぇそれは喧嘩を売ってるの?売ってるよね?」
「……だってさぁ……」
原田はジロッと厳しい目で俺を見る。
「最近の翠、ぜーんぜん翠のいいところが出てないんだもん」
「はぁ?」
「いつ仲直りするの?」
「っ……」
「なるべく二人で解決した方がいいと思って、二週間も見守ってたけど……なーんにも変わらないじゃん」
やっぱり、バレバレだったか。
いや、絶対にバレているだろうとは思ってたけどさ。
「……なんでもっと早く、何があったか聞かなかったんだよ」
「えー?だって翠、話したかったら自分からペラペラ話すでしょ」
「うっ……」
図星である。
話したいこと、聞いてほしいことがあれば、原田に嫌な顔をされようが、ペラペラと口を動かしてしまうのが俺だ。
「……神星くんも、ずっと元気なさそうだね」
「知らねーよ……あいつ、俺と恋愛するなんて間違いだって。ありえないって思ってんだよ」
「それ、本当に神星くんが言ったの?」
「言ったよ、俺の目の前で」
「……なんか、勘違いしてる気がするけどね」
俺より神星の味方をするような発言をする原田に、思わずムッとなる。
「お前はその場にいなかったから分かんないだろ」
「はぁ……」
「あっ、それよりさ」
「待って、僕、生徒会の集まりあるから。またあとで!」
「……りょーかーい」
なんだか、原田も文化祭関係で最近忙しそうだし、ゆっくり話せてないなぁ。
……もう一個、相談したかったことあるのに。
◇
◇
◇
放課後、体育館へ向かう神星を横目に、憂鬱な気持ちで帰路につく。
俺の心がどんよりと曇っているのは、神星と険悪な雰囲気になっていることだけが原因ではない。
「……っ!」
背筋がゾワっとするような気配を感じて振り向いたけど、どこかに上手く隠れたようだ。
〝そいつ〟は見当たらない。
気を取り直して歩き始めると、再び背後からヌルヌルとした気味の悪い視線を感じる。
「……いい加減にしろや!」
道端で叫ぶなんて、こっちが不審者だと思われるだろ。
ふざけんな……って、あ!今!一瞬だけ見えた。
「……またアイツかよ……」
そいつの顔には見覚えがあった。
まだ記憶に新しいその顔。
アイツは……
去年の冬も、俺にストーカー行為をしていた奴だ。
あの制服は、近くの公立高校。
偏差値的にはあっちの方がワンランク上だ。
故に、治安はいいところなはずだけど……そこにいる人間全員がまともな奴とは限らないって話だな。
きっかけは俺にも分からない。
去年だって、気づけば後をつけられるようになっていた。
俺がモテるから女絡みか?と思い、紛らわしい距離感で接してくる女子は意識的に遠ざけた。
けれど、状況は変わらず……。
あれ、あのときは、なんで解決したんだっけ?
確か……そうだ!原田だ。
原田に頼んで何日か一緒に帰ってもらったら、意外とあっさりいなくなったんだよな。
一人のときを狙ってストーカーするなんて……
今の時代にタイマンで殴り合いしたいってことなのか?
は〜参ったな〜。
俺はモテるし、まさに漫画の主人公って感じの見た目と雰囲気?だけどさぁ……さすがに喧嘩は強くないわけ。
てか、強いとか弱いとか以前に、喧嘩なんかしたことないわけ。
どうすっかなぁ。
また原田に頼んで、一緒に下校してもらうかなぁ。
でも、原田も忙しそうだし……
どうしよう……
……って考えてたら!
さらにあっという間に一週間が過ぎた!
ストーカーは毎日絶好調!最悪!
「ねぇ、翠、なんか顔色悪くなってない?ミスターコン大丈夫なの?」
「あー、あはは……」
原田にもいよいよ本気で心配されるようになった。
さすがにここまで疲弊してたら、多忙な原田に助けを求めても許されるよな……?
「どうしたの?やっぱり神星くんのこと?」
「いやーそのー……実はさ、」
そう言いかけたところで、教室の扉がバァン!と開く。
あれは……生徒会の一年かな?
「原田センパーイ!」
やはり。
なんだかとても焦っている様子だし、一刻も早く行ってあげた方が良さそうだ。
「おっと……ごめん、翠、あとで聞くわ」
「お、おう、気にすんな〜!」
言うタイミングを逃してしまった……。
そろそろ、マジで限界なんだけどな。
いっそのこと、堂々と正面から話しかけにいって、「タイマン勝負はできません!」って宣言するしかないか?
「はぁ……ん?」
窓際でため息をついていたら、何やら周りが少しザワつく。
チラ、と後ろを見てみると……
え、誰⁉︎
神星の席に、なんかすっげー美少年いるんだけど⁉︎
しかも、なんか、仲良さそうに話してるし……
「あ、あの子でしょ、神星くんのサポーター!一年生の!」
は⁉︎
「そうそう、やばいよね!超イケメン先輩後輩コンビ!」
はぁ⁉︎
コソコソと話す女子の声が、今日はやけにクリアに聞こえた。
誰だよあいつ。
お前は神星の何なのさ。
お前に神星の何が分かる?
俺の方が、神星のかっこいいところ、可愛いところ、愛しいところ、たくさん知って―――
……いや、たった四ヶ月で何を知った気になってるんだ。
何も分かってないのは、俺の方じゃないのか?
だから今、こんな風に……
同じ教室にいても、届かないんじゃないのか……。
思わず瞳が潤みそうになったとき、後輩と話し終えた神星と目が合った。
神星は何か言いたげに少し口を開きかけたが、結局気まずそうに目を逸らして席に着いた。
ああ、もう、どうにもならないな。
俺から話しかけて表面上だけの仲直りをしたところで、俺はもう、今まで通りに神星と接することなんてできないよ。
だって……俺は、恋をしている。
これまでは、わずかでも希望があったから、神星からの優しさやときめきを受け取ることができていたんだ。
それがどうだ。
一生叶わない片想いの相手に、優しくされて、ときめかされて、でもそれ以上は絶対に近づけなくて……
そんなの、呼吸をせずに生きろと言われているようなものだ。
無茶だよ。すぐに死んでしまうよ。
……でも、変だな。
神星から離れている今も、上手く息ができないんだ。
どうして、近づいても、離れても、苦しいんだよ……。
◇
◇
◇
結局、原田にストーカーのことを話せないまま、俺は帰路についてしまった。
今日も今日とて、背後には気色悪い気配を感じる。
……ったく、ほんとに鬱陶しい。
疲れ果てて、どこか投げやりになっていたのか。
冷静な判断能力が欠けていたのか。
俺はこのとき、普通なら曲がらない細い路地へ入って、そいつを待ち伏せしよう、なんて考えてしまったんだ。
「……おい」
予想通り路地へ足を踏み入れてきた男に、そのとき出せる最も低い声で話しかける。
男は俯き気味で、怯えたようにビクッと肩を揺らす。
「お前さ、何が目的?制服から高校も分かってるし、警察行こうと思えば行けるんだけど」
「っ……ぃ、ぃぇ……ぇっと……」
「去年の冬もストーカーしてたよな?俺に言いたいことあんならハッキリ言えよ」
「ぇ……その……」
ボソボソと話すそいつに苛立って、顔を見せろという風に、グイッと距離を詰めた。
「だから、言いたいことあんならハッキリ言えって――」
次の瞬間、全身を「恐怖」という感情が襲った。
手首を突然ものすごい力で掴まれて、身体をドン、と壁に押し付けられる。
「っ、おい!ふざけんな!何すんだ、っ」
「ハッキリ言えって言われたから、伝えようと思ってさ……ボク、キミに一目惚れしたんだよね……でも分かってるよ……キミは綺麗だから……ボクのこと好きになるわけないよね……」
まって、これ、マジでやばいやつ?
こいつ、なんか、変なスイッチ入っちゃってない?
つーか、こんな強い力どっから出てんだよ……。
「っ、離せよ、」
「でもさ……キミ……いや、楠木翠くん」
こいつ……
俺の名前まで知ってやがる。
「翠くん……彼女も彼氏も……いないよね?」
「は、っ、だから、何だよ、」
「それなら……一日だけでいいからさ……ボクと付き合ってよ……」
「は……?」
「だめ?一日だけだよ……なんならお金払うよ……」
その声はうわずって震えているものの、俺を拘束する力はさらに強くなっていく。
痛い、怖い、逃げたい、動けない……
誰か……助けて……誰か……
あ……そうだ、神星……
……あれ?
神星って、俺のなんなの……?
助けてって、言って、いいんだっけ……?
分かんない……けど、
神星しか、俺、思い浮かばないよ―――。
「楠木!!!!!」
きらり、光る。
たくさんの幸せが瞬くこの世界で、
一際目立って明るく、そして優しい。
「神……星……」
暗闇の中の道標。
手を伸ばすことをやめようとしたのに、
その星は、自ら俺に会いに来た。
「……手を離せ。二度と楠木に近づくな」
「き、キミは、別れたんじゃ……いや……ごめん……二度と現れないから……安心して……」
神星が腕を掴み、キツく睨みつけると、ストーカーはあっさりと引き下がる。
逃げるように走り去っていく後ろ姿が見えなくなったとき、途端に足の力がふっと抜けた。
「楠木!大丈夫?」
倒れかけた俺の身体を支えてくれる体温。
久しぶりにぶわりと香る好きな匂い。
じわりと……視界が、ぼやけた。
「……っ、大丈夫じゃないよな、怖かったよな」
「……うん……」
もう、優しくすんなって、思ってたのに。
優しくされたら……やっぱり、ありえないほど嬉しいよ。
泣きながら抱きしめてしまうくらいに、嬉しいんだよ。
俺が落ち着くまで、神星はずっと抱きしめてくれた。
「……神星、ありがと」
ズビ、と鼻を啜って見上げると、今度は神星の方が泣きそうな顔で笑ってた。
「楠木……一緒に帰ろう」
「え……部活は?」
「……今日は、行かない」
神星はそう言って俺の手を取る。
俺は、少し戸惑いながらも、その手に引かれるまま歩き出した。
◇
◇
◇
いつの日か雨宿りをした公園のベンチに、二人並んで座る。
公園に着くまで、ずっと手は繋いでたけど、互いに何も話さなかった。
「「……あのさ」」
タイミング、めちゃくちゃ被った。
前にもこんなことあったな……って、神星も覚えてるかな。
「……楠木から、いいよ」
「あ、うん……えっと……さっきは助けてくれて、ありがと。なんで、あそこにいたの?」
「……今日の昼、後輩から聞いたんだ。楠木がストーカーされてる気がするって」
「……!」
「その後輩も帰る方向がこっちで……昨日、本当に偶然見かけたらしい」
神星が言う後輩とは、あのサポーターの美少年のことだろう。
昼間に嫉妬したあの子に助けられたなんて……かっこ悪いな、俺って。
「ちょうど楠木にちゃんと謝りたいと思ってたし、ストーカーのことも心配だったから、一緒に帰ろうと思ってたのに……楠木、すぐ教室出ていっちゃうから」
「それは……ごめん……」
「ううん……それで、急いで追いかけたら……っ、あの路地に入ってくのが見えたんだ」
「そっか……」
もしも、後輩の子が気づいてくれなかったら。
もしも、神星に伝えてくれなかったら。
もしも、神星が間に合わなかったら。
想像しただけで、恐ろしくて鳥肌が立つ。
「……楠木が無事で、本当に良かった……」
「神星……」
か細く震える声でそう言われ、両手をぎゅっと握られた。
「もし、楠木に何かあったら……俺……生きていけなかったかもしれない……」
「そ、そんな、大袈裟な、」
「大袈裟じゃない」
今度は重みのある声でハッキリと、まっすぐ目を見て言われる。
優しい強さの滲む視線に、胸がトクンと恋の音を奏でる。
「楠木。あの日のこと、ずっと謝りたかった。あの日……急に押し倒して、首にキスまでして……本当に、ごめん」
「っ……」
深々と頭を下げられて、なんとも言えない気分になる。
……だって……
「その、俺も避けててごめん……でも、別に、怒ってないよ」
「っ!それは、さすがに嘘だろ」
「あー、いや、なんていうか……押し倒すとか、首にき、キスとか……それは、別に……い、嫌じゃなかった……」
「は……?」
体温がぐんぐん上昇する中、必死で自分の想いを声にして紡いだ。
もう、大切な人と、すれ違いたくないから。
「俺が、嫌だったのは……お前に、『間違えた』って言われたことだよ」
「えっ……だって、完全に順番間違えたもん」
「はい?」
「普通、キスとか押し倒すとかって、付き合った後にすることでしょ?だから、完全に間違えたし、楠木も嫌だったかなって……え、違うの?」
「……はぇ……」
意識が宇宙の彼方へ飛んでいくかと思った。
地球に9.8メートル毎秒毎秒の重力加速度があって良かった。
ちなみに重力加速度の値と単位はテスト勉強で覚えた。
「ねぇ、楠木!」
「ハッ!」
「良かった、戻ってきた……で、楠木はどういう意味だと思ってたの?」
「ぁ、それは……その……恋愛対象じゃないのに、やりすぎたから、間違えたって……意味かと……」
「はぇ……」
今度は神星が宇宙へ行ってしまいそうだったから、すぐに激しく揺さぶった。
意識を地球に留めた神星は、大きくため息を吐いて項垂れる。
「はぁ……まさかそんな勘違いが起きてたなんて……」
「ほんとだよ、紛らわしい……」
「……」
「……」
「……え?」
まずい。
やばい。
顔が、熱すぎる。
「楠木」
「……」
「ねえ」
神星のこと、見れな―――
「翠」
「ぁ……」
ほっぺを片手でむぎゅっと掴まれ、強制的に視線を合わせられた。
「……何その顔、可愛すぎるんだけど」
「っ……」
「きゅるきゅるして、もちもちして、真っ赤っかで、ぷるぷるしてさ」
喋りながらゆるりと下りてゆく神星の視線に、胸の奥がキュンキュンと甘くなる。
「……つまり、翠は、俺に恋愛対象として見られたいってことだよね」
「ぅ……」
ほっぺをむにむにされながら、ね?と問い詰められるから、素直にコクリと頷いた。
その瞬間、神星がゴクリと息を呑む。
なんだよ、自分が問い詰めたくせに。
「……翠、あのさ」
「っ……!」
神星は緊張した面持ちで、次の言葉を言おうとしている。
え、まさか、このまま、告白―――⁉︎
「ミスターコンで翠のサポーターをやらせてください!」
「……え?」
こく、はく……じゃないんかーい!!
「俺、みんなの前で、翠の魅力を伝えたい!他の誰でもない、俺が……翠のいいところ、話したいんだ」
「神星……」
「原田くんにも、ちゃんと俺からお願いするから……だめ、かな?」
神星は不安そうに俺の顔を覗く。
……告白じゃ、なかったけど。
ぶっちゃけ、すっごい嬉しいこと言ってくれるじゃん?
「……条件がある」
「っ!な、何……?」
「俺に、神……鈴斗のサポーターをやらせてくれ!」
「……!」
「俺だって、他のやつに鈴斗のこと語ってほしくない!俺が鈴斗のかっこいいところ言いたい!」
あー、もう、恥ずかしいったらありゃしない。
でも、想いを隠さず伝えるのって、少し、いや、めちゃくちゃ気持ちいい。
「……だめ?」
久々の上目遣い、可愛いって思ってくれよ?
「ふふ、いいに決まってる」
「っ!やった!でも、あの後輩はいいの?サポーターって噂されてたけど」
「うん、大丈夫。元々、無理言ってお願いしてたから」
「ふーん……」
「……どういう関係か気になる?」
鈴斗がニヤリと笑うのが、憎たらしいけどかっこいい。
「ふん、そりゃ気になるだろ」
ぷいっとそっぽを向いてやったら、ごめんごめんと頭を撫でられた。
許してやんない!って言ったら、もっと甘いことしてくれるのかな。
「あの子は、中学の頃から慕ってくれてる後輩なんだ。通ってる塾が一緒でさ」
「へぇ〜仲良しなんですね〜」
「もう、拗ねるなよ。最後まで聞いてって。あの子は同級生に好きな子がいるから、俺には興味ないよ。もちろん俺も、恋愛感情は全くない」
「……ふーん……」
「あれ、翠、まだご機嫌斜め?」
「……かもね?」
わざと期待を込めた視線を送ったら、鈴斗の手が頬に伸びて、端正な顔が、近づいて……
え⁉︎待って⁉︎お、俺、キスされるのか⁉︎
そ、そこまでは心の準備が―――
「っ……」
ぎゅっと目を瞑った刹那、唇の端から数センチほど離れた場所に、ちゅ、と柔らかい感触が伝わる。
「へ……」
「……今は、これで許して?」
耳元で、鈴斗が艶っぽく囁いてくる。
「俺の気持ち……ミスターコンが終わったら、全部伝えさせて」
「……!」
耳から伝わるときめきが、キャンディみたいに甘くパチパチと弾けて、身体も心も痺れてしまいそうだ。
「文化祭、頑張ろうな」
鈴斗はニコニコしながら俺の頭をぽんぽんして、勝手に満足して立ち上がる。
「っ、おい、言っとくけどな!俺は負ける気ないからな!」
「ん?分かってるよ。翠のパフォーマンス、楽しみにしてるね」
「……!す、鈴斗は、何するの、パフォーマンス」
気になって顔を覗き込んだら、鈴斗はスラリとした人差し指を唇に当てる。
「それは当日のお楽しみっ」
パチっと飛んできたウインクは、きらきら瞬きながら俺の胸まで届いて、好きの温度をまた一段階高めた。



