すれ違えば、誰もが振り向く。
目が合えば、誰もが歓声をあげる。
ニコリと笑えば、誰もが恋に落ちる。
そう、まさに、少女漫画の王子様のようなキラキラ輝くモテ男子が、この高校に―――。
「二人もいらねーんだよ!!」
「うお、声デカいねー」
「こんなんじゃ叫び足りねーよ」
「えぇ……」
隣に座って鮭おにぎりを食べる原田に、今日も今日とて苦笑いをされる。
だって、毎日毎日、新鮮にムカつくんだから仕方ない。
一か月前、同じクラスになってからというもの、嫌でもそいつは目に入ってくるんだ。
神の星と書いて、神星鈴斗。
名前から既にキラキラしていてムカつくこの男は、入学当初からずっと、俺の最大のライバルだ。
というのも、この学校には、二つの大きな派閥がある。
「頭脳明晰な爽やか王道黒髪イケメン・神星鈴斗を推す『神星派』!ちょっぴりおバカだけど運動神経抜群の茶髪甘々フェイス・楠木翠を推す『楠木派』!」
校内の女子はもちろん、男子の一部まで、この高校の〝二大イケメン〟である神星鈴斗と俺、どちらかを推していると噂されている……。
「だから二大イケメンってなんだよ!二人もいらん!しかも今年は同じクラスだぜ?」
「今のキャッチコピー、自分で考えたんだ……」
「悪いか?」
「あーほらほら、メロンパンでも食べて落ち着きなさい」
幼馴染の原田に美味しい美味しいメロンパンを渡されたからって、このイライラは簡単に収まるものではない。
中学まで飛び抜けてモテモテだったこの俺が、高校に入った途端、「唯一無二のイケメン」から「二人いるうちの一方」になったんだから。
「しかも、最近は若干、俺の方が二番手扱いなのが最悪……」
「あ、自覚あったんだ」
「ひど!」
「メロンパンいらないなら返してね」
「食べます」
はむ、とメロンパンを頬張れば、甘い幸せが広がって、神星に傷つけられたプライドが、ほんのすこーしだけ回復の兆しを見せる。
「あ、そういえば、あの件、順調らしいよ」
「っしゃ!そうこなくっちゃね」
「僕たち生徒会が計画的に先生と話し合ったんだからね、感謝しなさい」
「ありがとう!持つべきものは友達だな!」
感謝の抱擁をしてやろうと思ったら、原田はそれをひょいっと避けて、「彼女から電話だ〜」とどこかへ行ってしまった。
「ちぇ……」
さて、原田はそっけないが、俺のプランが予定通り遂行できそうなことは分かった。
今年こそ、正々堂々と、あの神星と勝負できる。
二年生に進級し、同じクラスになって約一か月。
俺よりほんのちょっと告白された人数が多いからって、そろそろ油断している頃だろう。
クールな神星だって、春の陽気でぽやぽやしてるはずだ。
というわけで、俺は今こそ、宣戦布告をする。
「おい、神星」
「……?楠木?」
「今日の放課後、屋上に来い。話がある」
◇
◇
◇
心地良い温度の風が頬を撫でる。
よく晴れた夕焼けの空を眺めていたら、背後でガチャリと扉が開く音がした。
「……来たか、神星」
大きく深呼吸をして振り向くと、相変わらず憎らしいほど綺麗な顔をした神星が、不思議そうにこちらを見て立っていた。
「さっそく本題に入る」
「……何?」
はい出た、少し微笑んで余裕ですよ感を醸し出すところ、いつも気に障ってるんだよ。
その薄っぺらい仮面、これから俺が引き剥がしてやる。
「校内でも噂されている通り、今年の文化祭では、コロナ禍を経て消えつつあった、あるイベントが復活する」
それは―――
「校内一のイケメンを決める『ミスターコンテスト』だ!」
「……それで?」
「単刀直入に言うが、今日呼び出したのは宣戦布告だ」
「……!」
「今年のミスターコンで、俺はお前に勝つ!優勝する!本気でいくから、覚悟しとけよ」
よし決まった。
マジで漫画の主人公みたいだ!
ちゃんと話したの今日が初めてだけど、だからこそ、さすがの神星も動揺して―――
「ふうん」
「あ?」
神星は顎に手を当てて、すう、と目を細めた。
ただでさえ俺より背が高いくせに、その仕草と視線の色は、精神的にも俺を見下しているように思える。
「んだよ、ビビってんの?」
「ビビってるのは楠木でしょ。本気で俺に勝てると思ってんの?」
「……!あ、当たり前、」
「校内一のイケメンならさ、」
「っ!」
ぐい、とネクタイを強く引かれ、次の瞬間には神星の顔がすぐそこにあった。
「俺のことドキドキさせられんの?」
「……は……」
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。
心臓が、なんか、おかしい、けど、それよりも……
きめ細やかな白い肌、長いまつ毛、通った鼻筋、潤った唇……全部、こんなに近くで見たの、初めてだ……。
あまりにも、美し……っ、とか思わせて、俺の自信をなくそうって魂胆だろう。
「……その挑発、乗ってやるよ」
自分がされたように、神星のネクタイを引っ張ってやった。
そして、穴の開くほどその瞳を見つめる。
お前に煽られて動揺するような男じゃないんだってことを、証明するために。
「どっちがドキドキさせられるか勝負しようぜ?」
ニヤリと笑ってやると、神星も好戦的に口角を上げる。
「……いいね。何してもいいの?」
「どうぞご自由に」
「でも、ただ勝負するだけっていうのも面白くないよね。ベタだけど、負けた方は勝った方の言うことを一つ、何でも聞くってのはどう?」
神星の提案に、胸がぞくぞくと熱く騒ぐ。
難攻不落のイケメン王子をぎゃふんと言わせて、さらには従えることができるなんて、一体どれだけ気分がいいか。
想像だけでもニヤニヤしてしまう。
「……いいぜ。今日の発言を後悔するなんてことにならないよう、せいぜい頑張れよ」
ぽん、と肩に手を置いて、さらさらの茶髪を美しく靡かせて立ち去る……我ながら完璧な演出だ。
屋上に一人残されたこいつは、唇を噛みながら、メラメラと競争心を燃やすに違いない。
「おい」
屋上の扉を開けようとドアノブを握った瞬間、ぶわりと甘い香りに後ろから包まれて、俺は一瞬、お花畑にでも来てしまったのだろうかと思った。
「ぇ、」
「楠木」
「っ……!」
耳元で、神星の低い声が色っぽく響く。
鼓膜からムズムズとした感覚が走って、思わず肩をすくめたら、ぎゅう、と苦しいくらいに拘束される。
「楠木こそ、後悔すんなよ」
「ひっ……は、離せっ!」
必死にバタバタと暴れて、なんとか神星の腕の中から逃げ出した。
くるりと振り向けば、したり顔でこちらを見ている神星がいて、顔がカッと熱くなる。
「か、神星!お前!マジで覚悟しとけよ!」
「はーい」
緊張感のない返事をしながら、ひらひらと手を振る神星を見て、俺のイライラは最高潮に達していた。
だが、ここで勢いに任せて何かをするのは得策とは言えまい。
やはり、何事においても、計画性というのが大切だからな。
怒りで熱くなった身体と速くなった鼓動を強靭な精神力で抑え込み、俺は屋上をあとにした。
◇
◇
◇
「ただいまー」
そう言った途端、リビングの方からドタバタと騒がしい足音が近づいてくる。
靴を脱いでよいしょと家にあがると、ガチャッと扉が開いて、今日も元気いっぱいの双子が駆けてくる。
「兄ちゃんおかえり!見て!宿題もうやった!」
「兄ちゃん!俺も!すごい?」
「おーおーすごいすごい!詩音も玲音も頑張ったなー!」
ニコニコ笑顔で自慢をしてくる二人の頭を、わしゃわしゃと撫でてやる。
八歳下の双子の弟がいるっていうのは、なかなか大変なときもあるけれど、それよりずっと大きな幸せをもらってるから、兄ちゃんは何だってできちゃうんだ。
「翠おかえりー。帰ってきたそばからごめんね、ちょっと夕飯手伝ってくれる?」
「母さんただいま。いいよ!手洗ってくるね」
「ありがと……ん?翠、あんた、ちょっと顔赤くない?大丈夫?」
「っ!?は、走ってきたからじゃね〜?」
「そう?元気ならいいけど」
母さんからの指摘に焦って洗面所へ行くと、確かにほんのり顔が……。
いやいやいや、さっきの神星の行動に照れて……なんてことは断じてない!
俺はムカついてんだ!
明日からは完全に俺のペースに巻き込んでやる、と何度目か分からない決意を固め、俺は家族の待つリビングへ戻った。
◇
◇
◇
小学生の双子はすやすやと眠る頃。
引き出しをゴソゴソと漁り、この間買ったノートを取り出し、机に向かう。
英語の課題のことは一旦忘れて、俺は今から重要なプランを立てるのだ。
「んータイトルは……そのままでいっか」
ネームペンで、ノートの表紙に大きく『神星をドキドキさせる!作戦ノート!』と書く。
字の大きさは思いの強さ、デカければデカいほどいいだろ!と一人で頷く。
さて、記念すべき一ページ目では、やはり目標を明確に記しておこう。
「神星をドキドキさせる。そんで、少しずつ神星の余裕を奪う。そんで、俺の方がイケてるってイメージを定着させて……ミスターコンで神星に勝つ!」
最終決戦は五ヶ月後、十月の文化祭。
そこで開催されるミスターコンに向けて、俺は着実に計画を立て遂行する。
ぺらりとページをめくって、いざ、神星をドキドキさせるためのプランを……。
「……ドキドキさせるって、どうすりゃいいんだ」
いつも女の子に何をしてるっけ?と思い出そうとしても、あまり目立ったことが浮かばない。
そもそも、俺って、自分から何かをしたことがないんじゃないのか?
サッカーでちょっとシュート決めたらチヤホヤされるし、単語テストの範囲聞いただけで惚れられるし、頑張らなくてもみんなが寄ってきたスクールライフ。
誰かをドキドキさせようなんて努力したことなかった。
「ここは文明の利器を使って……」
検索欄に『ドキドキさせる方法 学校』などと適当に入れて、虫眼鏡のマークをタップ。
すると、たくさんのサイトがずらっと表示される。
「おぉ……」
神星を赤面させられる(であろう)テクニックが溢れかえっている……まるで宝石箱を開けたかのような感動だ。
『・上目遣いで話しかける
・髪の毛をかきあげる
・自然なボディータッチ
・目が合ったらニコッとする
・美味しそうに食べる』
ノートの余白がどんどん宝石で埋まっていく。
なんだか、百均のノートが、キラキラ輝いて見える……!
「すげぇ……こんなにあんのか……」
そういえば放課後の神星も、突然後ろから抱きついてきやがったが、あれも上級テクニックの一つだったのだろう。
まあ確かに、あれは結構……ドキドキ、したかも。
「って感心してる場合じゃねぇ……いつか絶対やり返してやる」
ノートに『後ろから抱きつく』の項目を追加したところで、眠気が襲ってきたのでベッドに寝転がった。
目を閉じると思い浮かぶのは、やっぱり神星の整った顔だった。
愛想はいいけど、あいつが表情を崩すのを見たことがない。
涙が出るほど笑ったり、真っ赤な顔をして照れたり、そういうことあるのかなって純粋に疑問に思う。
もしも、神星のレアな一面を唯一知っている人間になれたとしたら……あいつの秘密を握っている感じがして、こう……すごくかっこいい。
神星の全部を知れる日が……きっと……。
そんなことを考えているうちに、俺はいつのまにか夢の中へ沈んでいった。
目が合えば、誰もが歓声をあげる。
ニコリと笑えば、誰もが恋に落ちる。
そう、まさに、少女漫画の王子様のようなキラキラ輝くモテ男子が、この高校に―――。
「二人もいらねーんだよ!!」
「うお、声デカいねー」
「こんなんじゃ叫び足りねーよ」
「えぇ……」
隣に座って鮭おにぎりを食べる原田に、今日も今日とて苦笑いをされる。
だって、毎日毎日、新鮮にムカつくんだから仕方ない。
一か月前、同じクラスになってからというもの、嫌でもそいつは目に入ってくるんだ。
神の星と書いて、神星鈴斗。
名前から既にキラキラしていてムカつくこの男は、入学当初からずっと、俺の最大のライバルだ。
というのも、この学校には、二つの大きな派閥がある。
「頭脳明晰な爽やか王道黒髪イケメン・神星鈴斗を推す『神星派』!ちょっぴりおバカだけど運動神経抜群の茶髪甘々フェイス・楠木翠を推す『楠木派』!」
校内の女子はもちろん、男子の一部まで、この高校の〝二大イケメン〟である神星鈴斗と俺、どちらかを推していると噂されている……。
「だから二大イケメンってなんだよ!二人もいらん!しかも今年は同じクラスだぜ?」
「今のキャッチコピー、自分で考えたんだ……」
「悪いか?」
「あーほらほら、メロンパンでも食べて落ち着きなさい」
幼馴染の原田に美味しい美味しいメロンパンを渡されたからって、このイライラは簡単に収まるものではない。
中学まで飛び抜けてモテモテだったこの俺が、高校に入った途端、「唯一無二のイケメン」から「二人いるうちの一方」になったんだから。
「しかも、最近は若干、俺の方が二番手扱いなのが最悪……」
「あ、自覚あったんだ」
「ひど!」
「メロンパンいらないなら返してね」
「食べます」
はむ、とメロンパンを頬張れば、甘い幸せが広がって、神星に傷つけられたプライドが、ほんのすこーしだけ回復の兆しを見せる。
「あ、そういえば、あの件、順調らしいよ」
「っしゃ!そうこなくっちゃね」
「僕たち生徒会が計画的に先生と話し合ったんだからね、感謝しなさい」
「ありがとう!持つべきものは友達だな!」
感謝の抱擁をしてやろうと思ったら、原田はそれをひょいっと避けて、「彼女から電話だ〜」とどこかへ行ってしまった。
「ちぇ……」
さて、原田はそっけないが、俺のプランが予定通り遂行できそうなことは分かった。
今年こそ、正々堂々と、あの神星と勝負できる。
二年生に進級し、同じクラスになって約一か月。
俺よりほんのちょっと告白された人数が多いからって、そろそろ油断している頃だろう。
クールな神星だって、春の陽気でぽやぽやしてるはずだ。
というわけで、俺は今こそ、宣戦布告をする。
「おい、神星」
「……?楠木?」
「今日の放課後、屋上に来い。話がある」
◇
◇
◇
心地良い温度の風が頬を撫でる。
よく晴れた夕焼けの空を眺めていたら、背後でガチャリと扉が開く音がした。
「……来たか、神星」
大きく深呼吸をして振り向くと、相変わらず憎らしいほど綺麗な顔をした神星が、不思議そうにこちらを見て立っていた。
「さっそく本題に入る」
「……何?」
はい出た、少し微笑んで余裕ですよ感を醸し出すところ、いつも気に障ってるんだよ。
その薄っぺらい仮面、これから俺が引き剥がしてやる。
「校内でも噂されている通り、今年の文化祭では、コロナ禍を経て消えつつあった、あるイベントが復活する」
それは―――
「校内一のイケメンを決める『ミスターコンテスト』だ!」
「……それで?」
「単刀直入に言うが、今日呼び出したのは宣戦布告だ」
「……!」
「今年のミスターコンで、俺はお前に勝つ!優勝する!本気でいくから、覚悟しとけよ」
よし決まった。
マジで漫画の主人公みたいだ!
ちゃんと話したの今日が初めてだけど、だからこそ、さすがの神星も動揺して―――
「ふうん」
「あ?」
神星は顎に手を当てて、すう、と目を細めた。
ただでさえ俺より背が高いくせに、その仕草と視線の色は、精神的にも俺を見下しているように思える。
「んだよ、ビビってんの?」
「ビビってるのは楠木でしょ。本気で俺に勝てると思ってんの?」
「……!あ、当たり前、」
「校内一のイケメンならさ、」
「っ!」
ぐい、とネクタイを強く引かれ、次の瞬間には神星の顔がすぐそこにあった。
「俺のことドキドキさせられんの?」
「……は……」
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。
心臓が、なんか、おかしい、けど、それよりも……
きめ細やかな白い肌、長いまつ毛、通った鼻筋、潤った唇……全部、こんなに近くで見たの、初めてだ……。
あまりにも、美し……っ、とか思わせて、俺の自信をなくそうって魂胆だろう。
「……その挑発、乗ってやるよ」
自分がされたように、神星のネクタイを引っ張ってやった。
そして、穴の開くほどその瞳を見つめる。
お前に煽られて動揺するような男じゃないんだってことを、証明するために。
「どっちがドキドキさせられるか勝負しようぜ?」
ニヤリと笑ってやると、神星も好戦的に口角を上げる。
「……いいね。何してもいいの?」
「どうぞご自由に」
「でも、ただ勝負するだけっていうのも面白くないよね。ベタだけど、負けた方は勝った方の言うことを一つ、何でも聞くってのはどう?」
神星の提案に、胸がぞくぞくと熱く騒ぐ。
難攻不落のイケメン王子をぎゃふんと言わせて、さらには従えることができるなんて、一体どれだけ気分がいいか。
想像だけでもニヤニヤしてしまう。
「……いいぜ。今日の発言を後悔するなんてことにならないよう、せいぜい頑張れよ」
ぽん、と肩に手を置いて、さらさらの茶髪を美しく靡かせて立ち去る……我ながら完璧な演出だ。
屋上に一人残されたこいつは、唇を噛みながら、メラメラと競争心を燃やすに違いない。
「おい」
屋上の扉を開けようとドアノブを握った瞬間、ぶわりと甘い香りに後ろから包まれて、俺は一瞬、お花畑にでも来てしまったのだろうかと思った。
「ぇ、」
「楠木」
「っ……!」
耳元で、神星の低い声が色っぽく響く。
鼓膜からムズムズとした感覚が走って、思わず肩をすくめたら、ぎゅう、と苦しいくらいに拘束される。
「楠木こそ、後悔すんなよ」
「ひっ……は、離せっ!」
必死にバタバタと暴れて、なんとか神星の腕の中から逃げ出した。
くるりと振り向けば、したり顔でこちらを見ている神星がいて、顔がカッと熱くなる。
「か、神星!お前!マジで覚悟しとけよ!」
「はーい」
緊張感のない返事をしながら、ひらひらと手を振る神星を見て、俺のイライラは最高潮に達していた。
だが、ここで勢いに任せて何かをするのは得策とは言えまい。
やはり、何事においても、計画性というのが大切だからな。
怒りで熱くなった身体と速くなった鼓動を強靭な精神力で抑え込み、俺は屋上をあとにした。
◇
◇
◇
「ただいまー」
そう言った途端、リビングの方からドタバタと騒がしい足音が近づいてくる。
靴を脱いでよいしょと家にあがると、ガチャッと扉が開いて、今日も元気いっぱいの双子が駆けてくる。
「兄ちゃんおかえり!見て!宿題もうやった!」
「兄ちゃん!俺も!すごい?」
「おーおーすごいすごい!詩音も玲音も頑張ったなー!」
ニコニコ笑顔で自慢をしてくる二人の頭を、わしゃわしゃと撫でてやる。
八歳下の双子の弟がいるっていうのは、なかなか大変なときもあるけれど、それよりずっと大きな幸せをもらってるから、兄ちゃんは何だってできちゃうんだ。
「翠おかえりー。帰ってきたそばからごめんね、ちょっと夕飯手伝ってくれる?」
「母さんただいま。いいよ!手洗ってくるね」
「ありがと……ん?翠、あんた、ちょっと顔赤くない?大丈夫?」
「っ!?は、走ってきたからじゃね〜?」
「そう?元気ならいいけど」
母さんからの指摘に焦って洗面所へ行くと、確かにほんのり顔が……。
いやいやいや、さっきの神星の行動に照れて……なんてことは断じてない!
俺はムカついてんだ!
明日からは完全に俺のペースに巻き込んでやる、と何度目か分からない決意を固め、俺は家族の待つリビングへ戻った。
◇
◇
◇
小学生の双子はすやすやと眠る頃。
引き出しをゴソゴソと漁り、この間買ったノートを取り出し、机に向かう。
英語の課題のことは一旦忘れて、俺は今から重要なプランを立てるのだ。
「んータイトルは……そのままでいっか」
ネームペンで、ノートの表紙に大きく『神星をドキドキさせる!作戦ノート!』と書く。
字の大きさは思いの強さ、デカければデカいほどいいだろ!と一人で頷く。
さて、記念すべき一ページ目では、やはり目標を明確に記しておこう。
「神星をドキドキさせる。そんで、少しずつ神星の余裕を奪う。そんで、俺の方がイケてるってイメージを定着させて……ミスターコンで神星に勝つ!」
最終決戦は五ヶ月後、十月の文化祭。
そこで開催されるミスターコンに向けて、俺は着実に計画を立て遂行する。
ぺらりとページをめくって、いざ、神星をドキドキさせるためのプランを……。
「……ドキドキさせるって、どうすりゃいいんだ」
いつも女の子に何をしてるっけ?と思い出そうとしても、あまり目立ったことが浮かばない。
そもそも、俺って、自分から何かをしたことがないんじゃないのか?
サッカーでちょっとシュート決めたらチヤホヤされるし、単語テストの範囲聞いただけで惚れられるし、頑張らなくてもみんなが寄ってきたスクールライフ。
誰かをドキドキさせようなんて努力したことなかった。
「ここは文明の利器を使って……」
検索欄に『ドキドキさせる方法 学校』などと適当に入れて、虫眼鏡のマークをタップ。
すると、たくさんのサイトがずらっと表示される。
「おぉ……」
神星を赤面させられる(であろう)テクニックが溢れかえっている……まるで宝石箱を開けたかのような感動だ。
『・上目遣いで話しかける
・髪の毛をかきあげる
・自然なボディータッチ
・目が合ったらニコッとする
・美味しそうに食べる』
ノートの余白がどんどん宝石で埋まっていく。
なんだか、百均のノートが、キラキラ輝いて見える……!
「すげぇ……こんなにあんのか……」
そういえば放課後の神星も、突然後ろから抱きついてきやがったが、あれも上級テクニックの一つだったのだろう。
まあ確かに、あれは結構……ドキドキ、したかも。
「って感心してる場合じゃねぇ……いつか絶対やり返してやる」
ノートに『後ろから抱きつく』の項目を追加したところで、眠気が襲ってきたのでベッドに寝転がった。
目を閉じると思い浮かぶのは、やっぱり神星の整った顔だった。
愛想はいいけど、あいつが表情を崩すのを見たことがない。
涙が出るほど笑ったり、真っ赤な顔をして照れたり、そういうことあるのかなって純粋に疑問に思う。
もしも、神星のレアな一面を唯一知っている人間になれたとしたら……あいつの秘密を握っている感じがして、こう……すごくかっこいい。
神星の全部を知れる日が……きっと……。
そんなことを考えているうちに、俺はいつのまにか夢の中へ沈んでいった。



