「うぅ~んん……朝か」

 良く寝た。そして、ぐっーと伸びをした足に当たる柔らかいなにか。

 俺の足を挟み込んで、タユンポヨンという感触が。

 白いフリフリのカチューシャがシーツの合間から見え隠れする。
 ちなみにこのフリフリはホワイトブリム? というんだっけか? 

 というかそんな正式名称などはどうでもいい―――

 問題は、起きたら美少女メイドが俺の足に絡みついているってことだ。

 「ララ……」

 そう、足に絡みついているのは、俺の専属メイドのララである。

 自分の部屋で寝なさいというのに、何故か起きたら俺の部屋にいる。
 そんなメイドさんがモゾモゾと顔を上げた。

 「んあ? ご主人様ぁ~~おはようございますです!」
 「ああ、おはようララ」

 「今日もいいお天気です!」

 起きて2秒で通常運転になるメイドさん。寝起き良すぎるだろ……

 「ああ、ところでなぜ俺の部屋にいるんだ? ララは自分の部屋で寝ていいんだぞ」

 俺が転生する前の悪役アビロスは、ララを毎日ベッドに縛り付けていた。
 だが俺はもうかつてのアビロスではない。

 「ふぇええ~そ、そんなぁ~~ボロボロのご主人様を昼夜問わずに看病するのは~~メイドの仕事です!」

 そう、魔族ガルバとの戦いから1週間が経っていた。
 ろくな訓練もしていなかった俺の体はもうボロボロで、最初の数日は身動きすら出来なかったのだ。

 ララはそんな俺を献身的に看病してくれた。朝も昼も夜も―――
 だから、まあそこまで強く部屋から出なさいとも言いずらい。


 だけど……


 「ララ、ずっとありがとな。とても感謝しているぞ。が……その手に持っている縄はいらないからな」

 それ俺が転生して目覚めた時からずっと持っていない?
 どこまで縛られクセがついているんだ?

 俺はおまえを縛らないからな。もう二度と。



 ◇◇◇



 「ふ~~美味しい! シェフの料理は最高だ!」
 「はい、坊ちゃんのために心を込めて作りましたよ!」

 うちのシェフがニッコリと笑みをこぼして喜んだ。
 だいぶこの家にも慣れてきたし、少しずつだが、みんなの俺を見る目が変わってきたように思える。まあ、挨拶するとか当たり前の事しかしてないんだけど。

 ベッドでララに食べさせてもらうのも良かったのだが、やはり食卓についてしっかり食べるのが一番良いな。

 「あらあら~もうすっかりお元気さんね~アビロスちゃん♡」

 母上が俺の頭をナデナデしながら微笑んだ。

 愛情あふれる家庭に、良き使用人さん。そして最高の専属メイド。
 アビロスは何故ゆえにあそこまでのクズになったのだろうか?

 まあゲームの設定だから致し方ないのだが。

 「うむ、アビロスよ。今回は本当に良くやってくれた」

 父上の言っているのは、聖女ステラを魔族襲撃から救ったことだ。
 まあ、救ったというよりは2人共闘して切り抜けたという方が正しいが。

 「もし、ステラ嬢になにかあったら……」

 魔族襲撃は、俺のマルマーク家領内で起こった事件だ。むろんこんなことは誰も予想しえなかっただろうが、今回の件でステラが亡き者になれば、マルマークの責任が問われるだろう。

 マルマーク家は4大貴族の中ではもっとも勢力が小さく、また他の3家からは基本疎まれている。
 なので、父上は大事にならずにホッと胸をなでおろしているのだろう。

 とにかくステラが無事で良かった。

 「うふふ~アビロスちゃん~ステラちゃんといい感じなんじゃないの~~♡」


 ああ……そうだった。


 よく考えたら、これでもかというほど聖女と接触してしまったぞ……
 そしてゲーム主人公の聖女との出会いイベントも消化してしまった。

 ヤバいな……とにかくこれ以上ステラに接近するのは良くない。
 ゲーム主人公やステラのパーティーによって、俺はざまぁされて破滅するのだから。


 あと母上―――いい感じは絶対にないですよ。


 なにせ聖女のスカートめくり上げて、黒パンツ丸出しにしてしまったからな。
 いい感じになる理由がまったく見当たらないぜ。

 「ところで父上、お願いがあるのですが」

 俺は無理矢理、話題を変える。

 「おお! なんだ、言ってみろ。もっといい望遠鏡が欲しいのか? それとも縄か?」

 あ、それ元アビロスの変態グッズですから。主にのぞきとメイドの縛り付けに使うやつ。
 そうじゃないんですよ、父上。

 「いえ、実は少し自分を鍛えたくて……」

 そう、今回の魔族との戦闘で俺は思い知った。
 今のアビロス戦闘力は底辺に近い。やれることと言ったら、スカートめくりと、ヘイトシールド(肉の壁)ぐらいだ。

 ゲーム知識を駆使して破滅回避するのはいいが、俺自身の改変も必要だ。

 俺の現状の持ち札は少ない。


 ――――――力が欲しい。


 多少のストーリー改変ぐらいでは揺らがない強さが。

 だが光が無いわけではない。


 ―――【闇魔法】、アビロスのみが使用できる唯一無二の魔法。


 こいつには無限の可能性がある。
 ゲーム制作会社が実際のゲームプレイには関係なく、設定上作っただけだからだ。

 つまり、ゲームバランスを崩さないような制限がかかっていない可能性が高い。
 無限に進化するかもしれない魔法。

 しかし、現状の俺では全く使いこなせていない。

 そのためには。

 俺自身が努力するしかない。


 ハハッ、ヤバイ状況だってのに……ゾクゾクしてきたぜ。



 ◇◇◇



 そして、1週間が経った頃。

 屋敷の前に1台の馬車がきた。
 今日は俺の先生が来る日なのだ。父上にお願いした戦闘のプロ。

 ついに来たぜ! これでみっちり鍛錬を重ねて、アビロスは生まれ変わるんだ!

 にしてもどんな人だろうか? 
 ゲームではアビロスの修行シーンなどない。というか修行はおろか筋トレもなにもしていない。

 俺の先生、いや師匠となる人だ。楽しみだな。

 ガタ……

 馬車の扉が開き、綺麗な手が俺の目に入ってくる。

 ―――ん? 綺麗?

 続いて、豊満な2つのタユンポヨンが顔よりも先に扉から現れた。

 うおっ~~~デカっ!

 ―――んん? タユンポヨン?

 てことは、俺の先生は女性か?
 まあ、女性のすご腕騎士や冒険者もこのゲーム世界にはわんさかいるからな。

 「―――出迎えご苦労。君がアビロスだな?」

 俺はその声の主を見て、目を大きく見開いた。
 彼女がムチムチしているからではない。

 俺の知っている顔だったからだ。


 ラビア・イーボン


 元王国騎士団のエースだった人。


 そして―――


 ――――――ゲーム主人公の師匠となる人だ。


 ちょっと待てよ……

 ―――なんで俺のところに来てんだよ!?