「ハァハァ……まさかクスリまで使ってくるとはね……君は想像以上の卑怯者のようだ。ハァハァ」
 「おい、クレス? おまえさっきから何を言っている?」

 「ふん、認めないか……ハァハァ。なら―――」

 いや、こいつまったく人の言う事聞かないな。

 そんなクレスが意を決したのか、こちらに突進してきた。

 おお、ようやく全開だな!

 さあ、Sクラスのゲームキャラ相手に俺の力はどれほどのものなのか。


 ―――やってやる!


 俺は左に跳んで、クレスの突進を回避、さらに方向転換して脇に斬り込む―――

 この反応速度ならば。


 ―――って、クレスがいない!


 どこ行った?

 あ、いた。

 俺の方に突進している最中だった……

 遅すぎる……ある程度敵の動きを予想して動いたつもりだが、見事に俺の予想は外された。
 これはどういうことだ? クレスはサブキャラとはいえ実力者のはず。ゲームバトルでもそこそこ活躍する。

 「ば、馬鹿な……僕の突進から逃れるなんて……」

 バカな……は俺のセリフだ。
 ラビア先生の修行で本来の悪役アビロスよりは強くなったが、Sクラスのゲームキャラ相手に楽勝できるほど甘くはない。

 「クレス、おまえちゃんと訓練したか?」

 「当たり前だろ! 僕は毎朝走って必死に努力したんだ。こんなクスリを使う奴なんかに負けられない!」


 なに? 毎朝だと……


 クレスが、再びがむしゃらに突っ込んできた。

 「この華麗なるフットワークが見切れるか! アビロ―――ぶぎゃぁあああああ!!」

 俺はクレスを一瞬で捕捉して、そのどてっ腹にストレートパンチをお見舞いする。

 おい、毎朝ってなんだ! 俺は毎日夜まで走っていたぞ!
 そのあと訓練本番が始まるからな。

 クレスはフラフラとよろめきつつも、なんとか踏ん張って体制を立て直す。


 「グハァ!! こ……こうなったら僕の得意魔法で決めてやる! ハァハァ」


 クレスが魔法詠唱を開始する。炎属性か―――


 「火の精霊よ、その熱き弾丸で敵を燃やせ!」
 ―――火炎魔法(ファイアーボール)×3!」

 おお! 連発か! しかも3連!

 でも……

 ―――なんかショボイ! 

 そして迫力に欠ける!

 ちゃんと魔力を込めて発動したのか?
 魔法は術者の魔力が大きく影響する。魔力をしっかり練あげて、なにを成すのかイメージして放つことが重要だ。
 この訓練を何度も何度も繰り返して、強力な魔法が使用できようになるのだ。

 あと、詠唱に時間かかりすぎだぞ。

 こんなん魔法で応戦するまでもねぇ―――


 「おらぁああああ――――――!」

 俺は地を蹴り迫りくる火炎をすべて拳で叩きつぶした。

 ―――やはり軽い! 1つ1つの火炎の質がたいしたことない。

 「う、嘘だぁああ! ぼ、僕は魔法訓練を毎日魔力が尽きるまでやってたんだ! クソアビロスなんかに負けるはずがないんだ!」

 魔力が尽きるまで……?

 こいつ何を言っている?

 違うぞ。真の訓練は魔力が尽きてから始まるんだ。
 何度も何度も、体中の魔力を絞り出して、撃ち続ける。魔力がつきても「まだあるだろうが、絞り出せ!」というラビア先生の怒号が脳裏に蘇る。

 俺はこれを魔力筋トレと呼んでいる。

 「もうないです!」って言葉を何回発しても、さらに絞り出させるラビア先生。

 そうやって、魔力と魔法の質を高めるんだ。


 俺はその場でひと呼吸して唱える―――


 「漆黒の闇よ、その黒き炎で焼き尽くせ!
 ―――黒炎球魔法(ブラックボール)!」


 俺のかざした手のひらから、漆黒の黒い炎弾が飛び出す。

 そして黒い軌跡を描いて―――クレスに直撃。

 爆炎を上げた時には、俺はすでに第2弾を放っている。さらに第3弾、第4弾、第5弾――――――


 まだまだまだ――――――


 次々に着弾する炎弾が爆発と黒煙を重ねていく。
 このままさらにたたみかけようとすると、誰かに腕を掴まれた。


 「アビロス! もう終わっている」


 俺の腕を掴んだのはラビア先生だった。

 訓練フィールドにクレスの姿はなかった。
 戦闘不能判定で、フィールド外に強制排除されたということか。

 あと、ナリサのアロマ攻撃で自己紹介をはじめた2人も、ついでに吹っ飛んでいたらしい。

 なんだこれ? 

 俺は勝ったのか?

 おいおいおい、仮にもネームドキャラだろ?
 難関のロブアカSクラスの生徒だろ?

 軽く動いて、初級魔法を数発放っただけだぞ……

 いくらなんでも弱すぎる。
 もしや、ゲーム原作とは違い、クレスの奴がさぼりすぎたのか?

 いや、ちょっと待てよ……

 毎朝ランニングって普通じゃないのか? むしろ夜までやるものなのか?
 魔力が尽きるまで魔法訓練って普通じゃないのか? 魔力が尽きてからも魔法訓練なんかやるのか? 

 なんかラビア先生のしごきが日常化してしまい、俺の感覚がおかしくなっている!?

 とすれば、クレス達の実力は現時点で相応のものなのではないか。


 もしかして―――俺


 ――――――鍛えすぎちゃった?