卒業試験であるオークダンジョンに入った初日。
 野営の準備をしていたら、テントが1つしかないという事実に今気づいた。

 しまったなぁ、いつもの癖で1つしか持ってこなかった。
 出発前にステラに「野営関係は俺に任せておけ!」とか偉そうに言ってたのに……

 信じられないといった顔で俺を見る聖女様。

 「う……すまん。ステラ」
 「はあぁ……まあ1つしかないものはしょうがないです。とりあえず食事にしましょう。そのまえに【結界】をはります」

 大きなため息とともに、聖杖を取りに行くステラ。
 むぅうう、言い知れぬ敗北感が俺を襲う。が、言い訳のしようもない。

 「聖なる壁よ、厄災から我らを守りたまえ! 
 ―――聖結界(ホーリーシールド)!」

 ステラが掲げた聖杖から純白の光が壁となって広がっていく。
 俺たちの野営地をスッポリと円形にその壁で囲う。キラキラと輝きを放つ【結界】。

 基本的に魔物はこの壁を通過することが出来ない。魔物のレベルにもよるだろうが、低級魔物はまず不可能だろう。それにステラ自身のレベルが上がれば、さらに上位の【結界】がはれるようになる。
 これは聖属性を持つ者だけが行使可能な特別な力だ。

 ゲーム原作では何度もゲーム主人公パーティーの危機を救う。

 「おおぉ……まさかリアルで聖女の【結界】を見れるとはなぁ……」

 おっと、思わず口にしてしまった。

 「フフ、どうですか? 私すっごく頑張ったんですから!」

 「ああ、凄いよステラ! よく頑張ったな」
 「ふ~~ん、なんだか上から目線な感が少ししますが。お褒めの言葉として受け取っておきます」

 ハハッ、素直じゃないな、この子。
 ゲームだとここまで細かいキャラ演出はない。俺の知らないステラをチラ見できたようで、ちょっと得した気分だ。

 が―――

 ステラは俺を破滅に導くキャラだ。関わりすぎるのはマズイ。この卒業試験が終われば絡む理由も無くなるだろう。
 彼女にはゲーム通りに主人公と深く関わってもらわないと。「聖女の口づけ」というイベントが発生しないとゲーム主人公の真の力が覚醒しないし、そうなったらゲーム後半の高難度イベントをクリアするのは難しい。つまり世界自体がいずれは破滅してしまう。

 【結界】もはったことだし、俺たちは食事を取り始めた。
 簡単なスープと硬めのパン。スープはステラが持参した香辛料と僅かばかりの野菜を入れて温めてくれた。

 パンをスープでふやかして口に運んでいると、ステラが話しかけていた。

 「まさか、あなたがもう一人の生徒さんだったなんて、ビックリしました」
 「それは俺も同じだ。まさかステラだったとはな」

 「フフ、5年間も気づかないなんて。お互い相手も分からずに頑張ってたんですね」
 「ああ、そうだな。俺と同じような地獄を味わってる奴がいるなと思って、陰ながら応援していたんだがな」

 「あら? 私だったと気づいて興ざめしたかしら?」

 ステラが頬をぷくっ~と膨らませて、プイと顔を横に向ける。プイ顔もかわいいな。

 しかし、ラビア先生の鍛錬は地獄そのものだ。普通に5年間やり切るには余程の変態でないと無理な気がする。

 「いやいや、まさかステラがこんな訓練をしているとは思わなかっただけだ」

 「たしかに……もう何度逃げ出そうと思ったことか……」

 珍しく俺の意見に頷くステラ。顔が若干引きつっている。
 日頃の訓練を思い出しているのだろうか。

 「私、5年前にアビロスに助けてもらってから、頑張ろうって覚悟を決めたんですよ」
 「そ、そうなのか」

 まあ、ステラはゲームキャラ設定としても頑張り屋さんだ。
 普通にストーリーが展開していけば、それに応じて努力して強くなっていく。
 この段階でここまで鍛える必要な無いような気もするが。

 ちなみに俺は破滅回避という大きな目標をもっているので、なんとか踏ん張れた。
 だが間違いなく強くなっている。
 前世では味わうことの出来なかった充実感がある。

 「そ、それに5年ぶりですから……アビロスはどんな風になってるのかなと。あなたも私がどう変わった気になったの……でしょうか……?」
 「へ? お、おう……そりゃ気になるさ」


 俺が気になるだと!? 


 まさかゲーム設定上のなにかしらの力が発動して、ステラの中で俺のヘイトキャラ認定がはじまったのか!?
 俺がどこまでクソ野郎になったか観察しているというのか!?

 ヤバイ……これは卒業試験後は速攻で離れよう。マジで。

 その後は、2人とも無言で食事をすませる。
 さて、就寝となったわけだが……

 俺は外の地面にゴロンとなった。

 「……アビロス、なにやってるんですか?」
 「いや、俺は外で寝るよ。なにか異変が起きればテントの中よりは気づきやすいだろうし」

 テントからぴょこっと顔だけ出しているステラ。いや、まじかわいいなこいつ。
 さすがメインヒロインだ、しぐさがいちいち良い。

 「それはダメです!」
 「だって、見張りはいるだろう?」
 「私の【結界】がそんなに信用できないんですか?」

 くっ……おまえなぁ。さすがに聖女と同じ密室で寝たらマズいだろうが。

 「とにかく! 入りなさい、アビロス!」

 ええぇ……もうどうなっても知らんからな。まあなにも起こらないけど。
 
 「し、失礼しまぁ~す」

 俺は遠慮がちにテントの中へ入る。

 「失礼もなにも、あなたが設営したテントですよ」
 「そ、そうだな。んじゃ」

 ゴソゴソ、ふおぉ~~簡易とはいえ毛布最高!

 「じゃ、ステラおやすみ~」

 「―――ちょっ! 近いぃ! 顔近すぎです! 背中向けてください!」

 なるほど、まあアビロスが近くにいるのは嫌だろう。

 ゴソゴソ、まあテントの中にいれるというだけでも良しとしよう。

 「―――ちょっ! そんな隅っこじゃなくてこっちきて! ちゃんと毛布に入ってください!」

 ぐっ……来いとか来るなとか、どっちなんだよ。
 女心は良く分からん。

 ふたたび毛布をめくろうとした時―――


 『ゲヘヘへ~ようやく聖女が俺様のものになるぜぇ~~最高だぜ~~ゲヘヘヘ~』


 「やっぱり外にいなさいっ!」

 「……はい」

 俺の中のゲーム悪役アビロスが、またいらんことを口走りやがった。
 こればっかりは止められん。

 結局外かよ……よくわからんコントみたいなことをしたが、こっちのほうが落ち着くな。
 俺は地面に大の字に寝転んで、目を閉じた。



 ◇聖女ステラ視点◇


 ―――ちょっと、なんなのですか?

 ちょっとカッコいいと思ったら、急にゲスな言葉を出すし!
 近いって言ったらビックリするぐらい離れるし!

 なんか私ドキドキしてるし!

 あ~~~もう! あの人といると、なんだか訳がわからなくなります!

 5年まえに魔族から助けてくれましたし、今日も私を気遣いながら戦ってくれていることは明らかです。
 最後に聖杖で倒したオークも、アビロスがこちらを振り向かなければもっと初動が遅れていました。つい「頑張ってるの!」とか強気なこと言ってしまいましたけど。

 むぅうう~~~

 そ、それに5年ぶりに会ったアビロス、すごくカッコイイんですよ……ドキドキ。

 こ、声もすっごく男性ぽくて……ドキドキ。

 な、なんか体格も5年前よりシュッとしてるくせに、なんか筋肉の塊みたいな感じで……ドキドキ。


 ―――ちょっとこのドキドキうるさいんですけど!


 なんでアビロスに緊張しないといけないんですか!


 ダメです。こんなことしている場合じゃありません。卒業試験に集中しないと。

 集中集中集中~~~

 ―――ってなんでアビロスの上着もってるんですか、私!

 あんな恥ずかしいこと言うから……勢いで外へ出ろって言っちゃったじゃないですか。


 ふぅ―――とりあえず外のアビロスに上着をかけてあげないと。


 もう、全部アビロスのせいですよ!