んんん??

 いやいやいやいや―――俺、美少女にチュウされてますけどぉお!

 なにやってるんだララ!
 なんか物凄く吸い取られていく感じぃいい!

 「ぷはぁ~~です!」

 俺の顔かララの柔らかいものが離れていく。

 ―――あれ?

 離れていくララの顔がしっかり見える。そして、身体の痺れが徐々に消えていく。

 「ら、ララ? 何をしたんだ?」

 「ご主人様の毒を全部吸出したです~~!」

 吸い出しただと!?

 「ハイです! ララは毒平気です~~!」

 いや、ララにそんな特技あったか? というかそもそもララは戦闘に登場すらしない。
 アビロスのヘイト溜めの生贄になるだけのキャラなはず。

 ―――いや

 違うぞ。

 そうだ、思い出した。ララは―――

 彼女は最後にアビロスに一矢報いる。

 毒を使ってだ。

 アビロスは、ストーリー終盤で主人公パーティーにざまぁされる前日に毒を盛られる。
 それだけでは死に至らないが、体力回復ができなくなるのだ。金に物を言わせて買いまくった最高級ポーションが一切役に立たなくなるというシーンに一役買う。

 それに―――

 ゲーム世界に転生してから知ったことがあるじゃないか。

 ララが、我が家に引き取られる前の彼女の過去を。
 毒の実験体にされていた悲惨な過去を。

 そんな思い出したくもない過去を掘り返してまで俺を助けたのか……ララ

 クソっ――――――


 俺は自分の事ばかりだな。
 訓練に没頭して、こんな大事な事も忘れていた。


 こんなんじゃ破滅回避なんか夢のまた夢だぞ。

 「蜘蛛さん! もう毒は効かないです! 諦めるです!」

 蜘蛛の前に出て仁王立ちで挑発するララ。

 「待て、不用意に近づくなララ! そいつは毒だけじゃ―――」

 俺がララの手を掴もうとした瞬間、ポイズンスパイダーの下腹部から白い粘液が飛び散った。

 「ふぇえええ~~ご主人さまぁああ~~なにこれ動けないですぅうう~~」

 強力なクモ糸だ。

 ゲーム戦闘中でもこれを喰らうと1ターン攻撃が出来なくなる。

 「ぐっ……引きちぎれん」

 ララにへばりついたクモ糸を必死でむしり取ろうとするも、俺の腕力では歯が立たない。
 剣の刃を立てても結果は変わらず。

 獰猛な口を大きく開いて、こちらへスルスルと近づいてくるポイズンスパイダー。

 「ひゃあああ~~ご、ご、ご主人しゃまぁあああ!」

 「させるかぁああ!!」

 俺はポイズンスパイダーに全力の斬撃を叩き込むが、見事に弾かれる。

 「硬い……」

 一か月程度しごかれたぐらいで、強くなるわけもないか……

 ここはゲーム世界だが現実の世界だ。殺されればそれで終わり。

 「ご主人様なら大丈夫です~~ひゃあああ~蜘蛛さんやめるですぅうう!」

 ポイズンスパイダーの糸がさらに絡みついて、バタバタともがくララ。

 へっ……こんなダサダサなのにララは信じているのか? 

 ―――俺を

 忘れてたぜ……俺は、悪役アビロスだ。
 こんなところでやられないんだよ! 

 もっとゲームの中心で華々しく散るのが俺なんだ。


 「―――おまえなんかに、俺のかわいいメイドはやらん!」


 剣を上段に構えたまま地を蹴り、闇魔法を詠唱する―――


 「漆黒の闇よ、その禍々しき黒で押しつぶせ―――
 ―――重力増魔法(グラビティアップ)!」

 からの~~~


 「くらぇえええ! ―――重力付与剣(グラビティソード)!」


 重力を付与された漆黒の剣が、ポイズンスパイダーの脳天にスッと入る。


 「タイミングどんぴしゃぁあああ!!
 このままいっけぇえええええ! うらぁああああ!」


 漆黒の斬撃がポイズンスパイダーの脳天から腹部にまで到達し、魔物の身体が左右にざっくりと割れた。
 頭部から体液を吹き出して、そのまま地に崩れ落ちるデカい蜘蛛。

 ポイズンスパイダーはしばらく痙攣したのち、動かなくなった。

 「ふぅうう~ララ? 大丈夫か?」
 「ハイです! ご主人様~カッコ良すぎです~~」

 よし、元気だな。これなら大丈夫だろう。

 ララに絡みついた糸を剥がしてやならいと。
 ポイズンスパイダーの糸をかき分けるようにして、ララを解放しようと試みるのだが……

 「どうしたです? ご主人様?」
 「うむ、俺も絡まってしまった……すまん」
 「ふぇえええ~~ご主人さまぁああ~~」
 「ちょ! ララ暴れるな、うお! 色々あたるからやめろ!」

 ヤバイ、なんか俺もララと同じく糸まみれになってきた、これどうやったら取れるの?

 するとズーンと地面が揺れた。

 俺とララが絡まってあがいていると、上空から何かが落ちてきたのだ。

 おいおいおい……

 ポイズンスパイダーだ。

 さっきの奴よりはるかに大きいぞ。

 「ひゃあああ~~ご主人さまぁあ! すっごく大きいです~~」
 「くっ……この木はポイズンスパイダーの巣か!」

 親グモか……さっきのは子グモだったんだ。

 ポイズンスパイダーがその巨体をこちらに向けて白い粘液を飛ばしてくる。
 子クモの糸でも切れないのに、さらに強力な糸でグルグル巻きにされてしまう。

 俺たちが完全に動けなくなったことを確認したのか、親ポイズンスパイダーがこちらに近づいてきた。


 ララをぐっと引き寄せて、震える手を力強く握る。
 ぐっ……ララを死なせたくない。それに……ここで終わりたくねぇ。

 その時だった。


 ――――――ザシュ!!


 赤い剣閃が俺の眼前を横切った―――

 一瞬だ。


 その瞬間、時間差なく巨大な親ポイズンスパイダーの体が真っ二つになり、さらに灼熱の炎に包まれる。
 恐らく火属性の魔法を付与した斬撃なんだろう。


 「―――アビロス、ララ。大丈夫か? すまない遅れてしまった」


 「ラビア先生―――」

 その後、火魔法で俺たちの糸を溶かしてくれた先生。
 大量に発生したポイズンスパイダーの子クモをみて、異変を察知してくれたらしい。

 無事に解放された俺たちは、森を出るために歩き始めた。

 「うお……とおんでもねぇ……」

 少し進むと、大量のポイズンスパイダーの死骸が。俺はあらためて先生の凄さを思い知ることになる。

 まだ1か月足らずしか訓練していなから当然かもしれないが、己の無力さを痛感する。だがその感情とは別に、楽しみも沸いてきた自分に気づく。

 ―――そうだ、俺は最高の先生に教えてもらっている。

 ここで死ぬ気で努力すれば―――

 そんな心の決意を新たにした俺に、先生が口を開いた。

 「まあ、不格好ながらも魔物3体の討伐。それにララを守り切ったな。良く頑張った」

 「え? 先生……」

 うぉおお! 珍しく褒められた!
 すげぇ明確に褒められた!

 よ~~し、また明日から気合入れていくぜ。

 「よし! 帰ったら―――」

 温かい食事とベッド! 最高の気分で寝れそうだぜぇ!!


 「―――いつもの基礎訓練だ! このまま走って帰るぞ! 帰路の時間も無駄にするな!」


 ぐっ……相変わらず予想を裏切る展開だぜ。


 俺は屋敷に帰ってから、地獄のガチ訓練をこなした。結果ララのサンドイッチを全部吐いた。

 マジで尋常じゃないよ。この人の鍛錬。



 ◇ラビア先生視点◇


 クフフ、まさか実地訓練のあとの基礎訓練までこなすとはな。
 ここまでワタシのしごきに、ついてこれた奴がいただろうか。

 叩けば叩くほど良くなる奴だ。

 たまらんな。

 この屋敷に通うようになって一か月が経つ。
 アビロスは、噂に聞いていた人間とは全然違うことがわかった。


 ―――本当のクソ野郎なら、身を挺してメイドを助けたりはしない。

 ―――本当のクソ野郎なら、吐くまで訓練などしない。

 ――――――そもそも本当のクソ野郎なら、ワタシの鍛錬に1日たりとももたない。


 まあ、鍛錬に関してはクソ野郎に関わらず誰ももたないがな。

 それに―――

 アビロスには天性の戦闘センスがある。

 しっかりと一部始終を見させてもらったからな。

 あいつらには、他の子クモ処理に手間取って遅れたと嘘をついたが。あんなクモは、デカかろうが数がいようが瞬殺出来る。

 使いこなせているわけではないが、魔物を斬り伏せるインパクトの瞬間に魔法付与した。あいつ固有の闇魔法だったか。
 これはまぐれで出来ることではない。

 にしても【闇魔法】か……不思議な魔法だな。あいつが気づいているかはわからんが、あれを昇華させればワタシと互角、いやそれ以上の奴に……クフフまあ、地獄の訓練に耐え続けることができればの話だがな。

 子クモの時に助けに入らなくて良かったよ。

 やはり新たな力を手にするには、極限状態に限る。

 いいものを見せてもらった。


 やはりあいつは―――


 ワタシ好みだよ、アビロス。

 たまに生意気なセリフを吐くところもいい。


 頼むから潰れないでくれよ、ワタシの愛を受け切ってくれよ―――


 さて、明日も地獄の続きをしてやるか―――クフフ。