「よし! アビロス! 行ってこい!」

 仁王立ちでドーンと腕を組むラビア先生。
 ここは、マルマーク領内の奥地にある森林地帯。人も寄り付かない場所だ。

 今日は、実際に魔物と戦う実地訓練である。

 「え、えと。先生は?」
 「私はここで待っている! 森に入って魔物を2~3匹狩ってこい!」

 「え~と、いきなり1人はちょっと……」
 「アビロス! なにをウジウジしている! 私のような乳デカお化けが付いていく必要はないだろう?」

 ああ……悪役アビロスの暴言にご立腹のようだ。
 あれは俺のセリフじゃないんですと言っても、わかってもらえないだろう。

 しゃーない。

 「―――はい! 魔物を狩ってきます! 先生!」

 「よし! 良い返事だ! 夕方までには帰って来いよ! 明日は別の生徒をしごかねばならんからな!」

 俺は頷いて森に入った。



 ◇◇◇



 ガサガサと道なき道を突き進みながら、先ほどのラビア先生の言葉を思い返す。

 ラビア先生はもう1人生徒を抱えているらしい。なので、ちょくちょくいなくなる。地獄の自主練課題を山のように積んでから。

 にしても、俺と同じく吐きまくっている子がいるとはな。
 おそらくはゲーム主人公のことだろう。

 おまえも苦労してその強さを手に入れたんだな……
 ゲーム主人公は俺を破滅させるキャラで会いたくもないが、いまこの時に限っては同志というか戦友のような気分だよ。

 などと勝手に戦友認定していると―――


 「―――キャァアアアア!」


 女の子の悲鳴!

 これは! 姫的な子が魔物に襲われている定番のアレか?

 俺は草木をかき分け、声の方に向かう。
 少し開けた場所に出ると、その子はいた。

 白いカチューシャにフリフリそでの黒いミニスカメイド服。
 当然ながら、お姫さまなどではない。

 「―――ララ!」

 「ふぇええん~~ご主人様~~助けてです~~」

 なぜこんなところに!?

 いや―――

 先にこいつをなんとかしないと!

 ララは木を背にして、2匹の魔物に迫られていた。
 ―――ブラックウルフか!

 狼型の魔物、ゲームではザコ敵なんだが。

 一頭が、こちらに気づいて地を蹴り、猛スピードで襲い掛かってくる。
 ゲーム画面で瞬殺していたザコとは思えない威圧感。俺の中に生死の緊張感が高まる。


 ――――――怖がるな! 俺はやれる!


 自らに言い聞かせた俺は抜刀して、突進をかわす。
 かわし際に、一太刀ノーガードの胴体へ一閃!

 ―――ギャウン!

 悲鳴を上げて絶命するブラックウルフ。
 ……あれ?

 意外に簡単に倒せたな……

 見た目は怖いが、動きが想像以上にたいしたことない。


 ―――ラビア先生の方がよっぽどか速い!


 「うらぁあああ!」

 2頭目も脳天に斬撃を叩き込み、戦闘は終了する。

 「ひゃあああ~~ご主人様すごいです!」

 美少女メイドが目を見開いて俺を賞賛してくれる。ふぅ、どうやらケガはしていないようだ。

 いや―――これは驚きだ。
 今までの対戦相手は魔族とラビア先生だけ。とくにラビア先生はここ1カ月ずっとだ。

 先生は速すぎてわけわからんが、それに比べたらブラックウルフはビックリするぐらい遅かった。

 すげぇ! すげぇぞ!

 あの地獄は無駄では無かった。毎日吐いているかいがあるというものだ。

 「ところでララ―――なんで君がこんなところにいるんだ?」

 「だって今日は1日がかりの鍛錬です! だからお昼ご飯持ってきたです!」 

 当然ですと豊かな胸を張る美少女メイド。手にはいつもの縄が握りしめられている。

 いやいや、ここそこそこ危険な森だぞ。
 あとこんなとこにまで縄持ってきてるのかよ……

 「まったく……こんなところまで付いてこなくてもいいんだぞ」
 「ダメです! ララはご主人様の専属メイドです! だからどこへでもついていくです!」

 「ふぅ……よし、わかった。とにかくララが無事で良かったよ。今度からはちゃんと俺に同行すると言うんだぞ」
 「ふぇええ~~ご主人様がララの心配してくれてるです~」

 なぜそこで泣く?

 いずれにせよここで追い返すわけにもいかないな。ララ一人で森を歩くのは危険だ。

 「ララ、来てしまったものはしょうがない。俺から離れるなよ」

 「ハイです! ご主人様!」

 そういって、俺にヒシッとへばりつく美少女メイド。いや、もうそのタユンポヨンな膨らみが押し付けられて、魔物どころじゃなくなるからやめてくれ。

 タユンポヨンを引きはがした俺は、大きめの木の下に腰を降ろした。

 とりあえず小腹も空いたことだし。

 「よし、お昼にするか?」
 「ハイです! ご主人様!」

 ララの持って来たバケットには美味そうなサンドイッチが詰まっていた。
 2人して木の下でサンドイッチを頬張る。

 「うまいな、ララ」
 「ムグっ……ハイです! ご主人様!」

 「ハハ、無理して返事しなくてもいいぞ。ゆっくり食べてくれ」
 「ハイです! あれ? ご主人様……?」
 「ん? どうしたララ?」

 ララがバケットを覗き込み、少し悲しそうな声を出した。

 「あの……ご主人様、卵のサンドイッチ食べてないです……嫌いでしたか」
 「ああ、別に嫌いではないぞ。でもララの好物だろう。全部食べていいぞ」

 ララの好物は卵のはず。普段はメイドだから一緒に食事はしないのだが。
 たしかゲーム内のアビロスヘイト溜め回想シーンで、そんな事が語られてた気がする。いや、相当マニアック情報だけどな。

 「ふぇええ! そんなこと覚えててくれてたですか……」

 あ? もしかして知りえない情報を開示してしまったか俺。

 「グスっ……」

 ええ! 泣いてるやん! 

 これ知られたくなかったやつか!? いや、でも卵好きは特に恥ずかしいことではないのでは?

 さらにガン泣きになるララ。いかん! リアル女子と接したことがほとんどない(ゲームはアリ)から対処法がわからん!

 「悲しくて泣いてるじゃないです。嬉しくてです」

 え? そうなの?

 涙を服の袖で拭きとったララはニッコリと微笑んだ。いつもの笑顔だ。

 うむ、ちょっと良く分からんが機嫌がなおったようだ。
 残りのサンドイッチも頂こう。

 「さてララ、そろそろ行くか」

 ブラックウルフ2体分の角は討伐の証拠として回収済だ。
 だが、夕方までにまだ時間はある。もう少し探索してみるか。

 「ララも準備は終わったか?」

 どうした、さっきから返事もしないで―――!?

 「ご、ご、ごしゅじんしゃまぁああ。でっかい蜘蛛さんですぅうう!」

 ララの眼前に巨大なクモが垂れ下がっている。


 ―――ポイズンスパイダーか!


 どうやらこの大きな木はポイズンスパイダーの寝床だったようだ。
 たしかあいつの特殊攻撃は……マズいっ!

 俺がララの元へ駆けつけんと地を蹴った瞬間、ポイズンスパイダーから緑の毒液が放射される。


 クソっ! 間に合え――――――


 「ふぇええ~~ごしゅじんしゃまぁああ!!」

 間一髪、俺の体が毒液とララの間に滑り込んだ。

 が、「―――ぐっぬぅうううう!」

 俺は思いっきり毒液を浴びてしまった。
 アビロスのヘイト耐性があるとはいえ、毒を直に受けたら……

 いや、目が霞んできた……これヤバい。

 俺の目の前で混乱するララの声が聞こえる。
 この子だけでも逃がさないと……

 「何をしている! 逃げるんだ、ララ!」

 剣の柄に手をかけるも、痺れて抜刀すらできない。
 破滅回避どころかここで終わりなのか俺……幼少時代に魔物にやられて終わりとか、ストーリー改変もクソもないな。

 「ララ……なにをやっている……早く逃げろ……」
 「嫌です! 今のご主人様からは離れないです!」

 なにやってんだ、バカメイドが……悪役クソ野郎なんかサッサと見捨てろよ……

 体中が痙攣して、膝に力が入らずその場に崩れ落ちる俺。

 いや……
 崩れ落ちていない? なんか柔らかいもので支えらえている。

 そしてその柔らかいものが俺の顔に近づいてきて……


 ―――ムグぅ?


 口内になんか入って来た……

 ―――!?


 なんかチュウされてるぞぉおお! 俺ぇえええ!! どういうことぉおお??