○前回からの続き 城の一室で二人きりの傀儡と織美

 傀儡に着物を着せる織美。
傀儡「この紐はどう使う?」
 そう言って、帯を器用につまむ。
織美「それは帯と言いまして、この着物がはだけないようにするものです」
傀儡「なるほど、さすが我が妻は博識だ」 *輝永の知識は戦闘に特化
 なれない着物を着て、戸惑う輝永。
織美「よかったら、普段はこの着物を着ていてください」(ちょっと小さいけど、お義兄さまの着物が着られて、よかった)
傀儡「ぬぬ、我が妻からの贈り物とはいえ、服というものは慣れないものだ。これを着て過ごさねばいかぬのか?」
 傀儡はうまく帯を結べず、着物をはだけたままで愚痴る。
傀儡「だが愛おしき妻の願いなら、この服とやら、受け入れねばならんな」
織美「お、お願いします」
 傀儡の着崩れた姿が、かえってセクシーで、織美は困った表情をする。
傀儡「どうした、我が妻よ。その困ったような表情。何か俺様に配慮が足りないことでもあったか?」
織美「いえ、ずっとこの城で、一人で暮らしていたので、人に声をかけられることに慣れていなくて」(それに殿方の裸も……)
傀儡「そうか、我が妻も一人で暮らしていたか。確かに、一人というものは寂しいものだ。だが邪魔者が去り、こうやって我が妻と共にいると、なんとも心が落ち着くことか」
 まるで子供のように寂しがって見せ、そして自分と一緒にいることを嬉しそうに語る傀儡に、織美の警戒心が緩む。

 はだけた着物は織美が整えて、ツンツルテンではあるが、ちゃんと服を着た傀儡。
 そして、織美は儀礼婚のことを振り返る。
織美(誠之助様は、あの貴族の変貌を乱心と説明された。お義姉様は、それで納得したけど、けど、あの形相、とても人とは思えなかった)
 忠房の姿を思い出し、身震いする織美。
織美(そんな化け物から、この傀儡は私を守ってくれた)
 そのことに気づいた瞬間、織美は傀儡に礼を述べようとする。
織美「そ、そういえば、助けていただいたお礼を、まだ言っていませんでした。ありがとうございます」
傀儡「礼は及ばぬ。我が妻のために戦うのは、当然のこと」
織美(つ、妻ではないのだけど) *小さく呟く
 会話の途中で、織美は傀儡のことをなんと呼べばいいか、躊躇する。
織美「あの。そういえば、あなたのことは、なんとお呼びすれば?」
 おずおずと聞く織美を見て、傀儡は顎に指を当て少し考える。
傀儡「俺様の名か……はて? そういえば、記憶には俺様の名はない……いや」
 傀儡は美しい顔で、織美を見つめる。
傀儡「キエイ。それがおそらく、俺様の名だ」
織美「キエイ様。それは、どのような字を?」
傀儡「どのような字か……音は記憶にあるが、どのような文字を当てるかは記憶にない」
 そう言った傀儡の様子が、織美には少し寂しく感じた。
 そして、それが織美の過去を思い出させる。

○織美の過去 戦災孤児として、早乙女城に初めて来た時の記憶

織美(私も自分の名前がどんな字か、知らなかった)

 幼い織美が、オドオドとしている。
 そんな彼女に、城弥は優しく微笑んで見せる。
城弥「今日からこの早乙女城が、君の新しいお家だよ」
 そして、綺麗な人形を織美にプレゼントする。 *最初に織美が抱いていた人形
 初めて人に優しくされた織美は戸惑う。けど綺麗なお人形をもらえて嬉しい織美。
 人形を抱きしめる織美に、城弥は優しく声をかける。
城弥「そういえば、君の名前は?」
織美「しきみ……」
城弥「へぇ、素敵な響きだね。どんな字を書くの?」
 そう尋ねるが、織美は自分の字を知らないので、小さく首を振る。それを見た城弥は、一瞬悲しそうな表情を見せるが、すぐに筆と紙を取り出し、字を書き始める。
城弥「じゃあ、僕が考えてあげる」
 そう言って、差し出された紙には「織美」の二文字。
 字が読めないので戸惑う織美に、城弥は優しく文字の意味を教える。
城弥「文字にはね、それぞれ意味があって、名前には付けた人の想いがこもっているんだ」「この字は糸を織るということ。細い糸も、それを織り上げることで綺麗な布ができる」
 半分ほどしか意味を理解できない織美は、ポーッとした表情で話を聞く。
 だが、城弥が自分を優しく迎え入れてくれることだけはわかり、最初の緊張が解ける。
城弥「だから織美、君は美しく素敵な人生を、これから織り上げていって欲しい。ここ、早乙女城で」
 嬉しそうな織美。

○織美の回想が終わり、再び輝永との会話に戻る

 織美は慌てて、筆と硯を用意すると、おもむろに字を書き始める。
 そしてバンと、提示した紙には「輝永」の二文字が。
織美「これで『きえい』と読みます。輝きが未来永劫に続く、という縁起の良い名前です」
 しかし縁起というものを理解しない輝永。
輝永「輝きとは、我が嫁の美しさのことであろうか。それならば、未来永劫続くのは道理」
 少しトンチンカンな返事に、織美はこ首をかしげる。
織美「気に入って、いただけませんでしたか?」
輝永「そのようなことはない。我が妻は俺様の名に文字を、意味を与えてくれた。これが嬉しくないわけがあろうか」
 表情は変わらないが、全身で喜びを表す輝永。
 そんな輝永を見て、織美は自分が義兄から名前をもらった時と同じような笑顔を見せる。

輝永「では俺様も、愛しき我妻のために何か贈るべきだな。この素晴らしき名に見合うものといえば……」
 輝永は少し考えて、堂々と宣言する。
輝永「そなたにふさわしきは天下か。それを我が妻に贈ろうぞ」
織美(て、天下……)
 突拍子もない答えに、織美は戸惑い否定する。
織美「い、いえ、私は、この城で平穏に生きていければ、それだけで」
輝永「それで良いのか、我が妻は欲がない。だが、そこが良い」
 織美は心の中で不安を漏らす。
 それは得体の知れない暴力装置への恐怖ではなく、価値観の違いによる戸惑い。
織美(私はこの傀儡……いえ、輝永さまと平穏に暮らしていけるのかしら……)
 そして早乙女城の光景。山の下に広がる広大な土地。それは天下の広さと、早乙女城のちっぽけさの対比となる。
織美(だけど、私にはここしかいる場所がない)(それに約束した。ここでお兄様を待っていると)
 そして織美は輝永を見る。
織美(輝永さまは、そのためにお義兄ちゃんが残してくれた傀儡)

*この時点では、消極的理由で早乙女城に留まる織美。輝永への警戒心はなくなったが、夫とはまだ認められない。あくまでも義兄への想いが勝る


○まだ、時間は昼過ぎ。二人が住む早乙女城を、離れたところから四匹の妖魔が見つめている。

 四匹の妖怪は、リーダー「バクギャク」、紅一点「シネン」、デカい「リコン」子供風「アワワ」
 アワワだけは生き残って、今後味方になる。 *雑魚の妖魔なので名前に漢字はない。

 新しい敵キャラの登場が登場した時のお約束のように、四匹は自己紹介を兼ねた会話を始める。
バクギャク「あれが白狐さまが欲しておられる早乙女城か。シネン、俺たちだけで、仕掛けてみるか?」 
シネン「バクギャク。アタシたちの任務は、監視のみ。勝手に手を出すと白狐さまに叱られるわよ」 *シネンが唯一の女型妖魔
アワワ「そ、そうですよバクギャク様。それにあの城からは、時折強力な妖力が噴き出してきます。敵の戦力もわからない状態で、攻め込むのは危険です」 *アワワは二頭身の可愛い系
バクギャク「アワワの分際で、俺に意見するのか!」
 バクギャクは自分の提案を、二人に否定されたので、アワワを蹴り付け八つ当たりする。鞠のように吹き飛んだアワワは「う〜」っと頭を抱える。
 そこに巨漢で腹の出たリコンが進み出る。
リコン「白狐さまの新しい命令が降りるまで、情報だけ仕入れていても悪くはあるまい」
バクギャク「探れるか? リコン」
 バクギャクが声をかけるとリコンの腹が裂け、そこから蛇と蛭が掛け合ったような妖魔が五匹、這い出てくる。 *偵察用なのでギョロッとした単眼。口はない。
リコン「いけ、我が子らよ」
 命令された五匹の偵察妖魔は、早乙女城に向けて這って行く。

○再び早乙女城 *おまけのワンカット

 着物を着て全裸を脱した輝永だが、ツンツルテンで不恰好。
 せっかくの美しい顔立ちが、どこか間抜けに見える。
 それを見て裁縫好きの織美は「これは、私が着物を仕立てなければ」と、妙なやる気を見せ、次回に続く。