傀儡の花嫁

○導入部

 暗闇の中で、幼い織美は城弥を呼び止める。手には、城弥からのプレゼントの人形を大切に持っている。
織美「行かないで、城弥お義兄ちゃん」
城弥「ごめん、織美……」
 覚悟を秘めた顔で、腰の刀を抜く。その刀には、炎のような刃紋があり、その刀が通常の刀ではなく魔狩刀であることを示す。
城弥「僕は帝様の命令で、戦に行かなければいけないんだ」
 城弥は、刀を一回転させてから、納刀する。
城弥「血が繋がっていなくても、織美は大切な妹だから」「だから、織美を守るため、僕は妖魔と戦う」
 一人取り残され不安げな織美に、城弥は優しく告げる。
城弥「もし、織美の身に危険が訪れたら、僕の部屋に来るといい。そこには君を守るためのものを残してあるから」「だから安心して、僕の帰りをここで待っていて欲しい」
 その言葉にコクリと頷く織美。
織美「お義兄ちゃんが帰ってくるまで、織美は、ずっとこのお城で待てるから」
 そして、物語の舞台の早乙女城の光景。

 
○場面は早乙女城

 寂れた山城の全景。
 花嫁衣装の織美が部屋に一人でいる。
 織美は気持ちを落ち着けるため、城弥の贈り物の人形を膝に乗せている。
 織美の表情は悲しげで虚。それが、これから始まる結婚式が、幸せなものでないことを暗示している。

 襖が勢いよく開け放たれ、意地悪そうな顔つきの綾華が現れる。 
 質素な花嫁姿の織美と、豪華に着飾った綾華の対比。
 綾華は織美を見下す。織美は戸惑いながら、綾華を見る。
織美「お、お義姉さま」
綾華「まったく、立会人の私をいつまで待たせるというの? 本当に、結婚式の当日まで、グズなんだから」
 綾華に罵倒されても、言い返せず、悲しそうな表情になる織美。
 そして、悔しそうな織美に、綾華の状況説明を兼ねた罵声が被さる。
義姉「まったく、お母様も格下の早乙女家の後家に入るだなんて。名門である磯城嶋家の名が汚れますわ」「しかも、義父様は結婚してすぐに病死。その息子は戦に出かけて行方不明」「で、この城に残ったのは、戦災孤児で拾われてきた、あなただけ」
 貴族と結婚式を挙げる織美に嫉妬する綾華。
綾華「そんな、どこの馬の骨かもわからないあなたが、帝様の八男と結婚だなんて……」
織美「お義姉様、私はこの結婚を決して……」
 織美は、綾華にこの結婚を望んでないことを、説明しようとする。しかし綾華に睨まれて、織美は口を紡ぐ。
 一方の綾華は、己のプライドを保つために、この結婚そのものを貶し始めた。
義姉「けど所詮はあなたがするのは儀礼婚。そう、形だけの契約結婚。とても幸せになれるとは思えないわね。もっとも、あなたのような素性の知れない女が、貴族の中で生活しても、苦労するだけだと思いますけど」
 織美はその言葉を聞きながら、この儀礼婚と呼ばれる結婚のことをモノローグで説明。
織美(今から私がするのは、この国の頂点に立つ帝様の命令による政略結婚)(私は相手の人柄も、顔すら知らないまま嫁いで行き、形式だけの婚姻関係を結ぶ。そして席を入れた花婿は、私を置いてそのまま都に戻る)(帝様が欲しいのは、この早乙女城の所有権。だから息子をこの城の城主にするために、私との儀礼婚を縁組した……)
 織美はこの政略結婚を拒否できないので、諦めた表情になり、人形を抱きしめる。
織美(私の体を、愛していない男に触れられることはない。それだけがこの愛のない結婚での唯一の救い)
 人形にすがる織美に、綾華は露骨な嫌悪感を浮かべる。 *綾華は家庭の事情で、人形(傀儡)が嫌い。だけど大切な人形を取り上げたり、壊すほどの外道ではない。
綾華「まったくいい年して、人形なんて……どこがいいんだか」 

 襖がスッと開き、誠之助が織美を呼びに来る。
誠「織美姫、当方の準備も終わりましたゆえ、お迎えに参りました。式場へいらしてくだささい」
 自分たちを呼びにきた侍が、イケメンだったので綾華は嬉しそうな表情になる。
 が、織美は表情を曇らせたまま頷く。


○場面 結婚式場の広間

 広間に花嫁の織美と、花婿の忠房が並んでいる。
 その他にいるのは、双方の立会人の綾華と誠之助。
 結婚式は形式的なものなので、豪華な料理などはない。ただ盆に立派な銀の杯と提子が置いてあるだけ。この結婚式は盃を交わすことで、婚姻関係が結ばれる質素なもの。
誠「では、帝より賜りました銀杯にて、誓いの盃を」
 儀礼婚を取り仕切る誠之助を、義姉がうっとりとした表情で見つめる。
綾華(はあ、イケメン。それに、帝様直属のお侍様だけあって、気品もあって素敵。わたしに似合うのは、このようなお方なのようねぇ。それに引き換え……)
 綾華の視線が花婿の忠房に向けられる。彼は着ている服は立派だが、でっぷりと太った挙動不審の中年。綾華は、先ほどまでの嫉妬が吹き飛び、むしろ嬉しそう。
綾華(いくら、身分が高くても、あれはナイ)
 忠房は好色な笑いを浮かべ、織美を見る。
 横にいる織美は、視線を合わせようとせず嫌悪感を隠すので精一杯。
織美(良かった、この人は、この式が終わったら、そのまま帰ってくれる……)
 織美はこの結婚が、儀礼婚でよかったと心から思う。

 誠之助が美しい所作で、盃に酒を注ぐふりをしながら、この政略結婚の背景を推測する。*実際に酒は注がない。
誠(なぜ帝様は、このような山城との婚姻にご子息を? この早乙女城には、それだけの価値があるとは思えぬが)
 誠之助の横に刀が置かれている。それは豪華な刀袋に包まれている。
 誠之助の回想。帝が誠之助に、魔狩刀を渡す。
帝「(セリフのみ)誠之助よ、此度の儀礼婚、乱心ものがいれば、躊躇せず、これで切り捨てい」
誠(魔狩刀、妖魔を斬ることができる特殊な刀。拙者がこれを託されたということは……この婚姻の場に、妖魔が出没する可能性が?)
 そして、嫌そうな顔の織美を見る。望まぬ政略結婚に苦しむ織美に、同情的な誠之進。
誠(いや、余計な詮索はするな。拙者は、この婚姻を無事に見届け、忠房様をお守りすることが仕事……)

 だが、結婚式は思うように進まなかった。
 織美の花嫁姿に興奮した忠房の鼻息が荒くなる。
 その様子を見た綾華は、愉快そうな表情に。
 誠之進は、仕事を早く終わらせたいので、淡々と式を進める。
誠「忠房様、その盃で御酒を飲む所作をしていただければ、結納は成立となります」
 だが忠房は自我が制御できない様子で、独り言を呟く。
忠房「父上は素晴らしい花嫁を、麻呂のため用意してくださった」
 忠房に、ドン引きする織美。

 次の瞬間、盃を落とし、忠房が織美の手を握る。
 ヒィっと恐怖する織美。それを見て吹き出す綾華。
 ただならぬ様子に、慌てて誠之進が割って入る。
誠「忠房様、花嫁には触れぬのが、儀礼婚のしきたりっ!」(ええい、この痴れ者がっ)
 だが、忠房は人間離れした力と動きで、誠之進を吹き飛ばす。
誠「ぐっ」
 かろうじて受け身を取り、忠房を睨む誠之進。その光景に、今まで笑っていた綾華の表情も固まる。*綾華も暴力沙汰は想定していない。
綾華「だ、大丈夫でしょうか、誠之進様」
 忠房の目が白濁し、口元から牙がのぞく。
忠房「これは、麻呂のもの」
 それを見た誠之助の背筋に寒気が走り、反射的に叫ぶ。
誠「逃げてください!」
 織美は小さく悲鳴をあげて、訳もわからぬまま逃げる。
 誠之進は忠房の前に立ち塞がり、打撲の痛みを堪えつつ魔狩刀を構える。
誠「忠房様、妖魔に取り憑かれたか」(帝様はこの時のために、魔狩刀を!?)
 しばしの沈黙。
 忠房は答えず、にぃと笑い、そのまま誠之進に向かう。突撃に合わせて、刀を振るう誠之進。
 しかし、忠房は誠之助の一撃を掻い潜り、そのまま織美を追う。
誠(仕留め損なった!)
 誠之助は戸惑いつつ、忠房を追おうとする。
 しかし綾華が誠之進の袖を掴み、弱々しい表情で懇願する。
綾華「誠之助様、怖うございます。ここで、私を守ってください」
 か弱い(フリをした)綾華に泣きつかれ、誠之助は身動きできなくなる。 *腕は立つが人がいいのが弱点の誠之助と、したたかな綾華。綾華は忠房が妖魔とは思っていない。

 
○場面は織美の逃走を経て、傀儡のいる義兄の書斎へ

 織美はまるで何かに引き寄せられるように逃げる。
 そして階段を駆け上がり、逃げ込んだ部屋。
 ドアには太いカンヌキがあり、織美はそれを使い、ドアを開かないようにする。
 部屋は薄暗い倉庫のような部屋で、天窓から光がかすかに漏れてくる。
織美「ここがお義兄ちゃんの部屋」
 織美が、部屋の中を見回すと、部屋には書物と、武具、そして人形が飾ってある。たくさんある人形のほとんどが、からくり人形で、ゼンマイや歯車が剥き出しの、組み立て途中のものもたくさんある。
織美「そういえば、お義兄様、手先が器用で、よくお人形を作ってくれた」
 織美は城弥との出会いを思い出す。

 そんな懐かしい気持ちが、一瞬思い出される。そして、今は人形を持っていないことに、ふと不安を感じる。
 だが忠房が追ってくるので、すぐに気持ちを切り替える。
 そして、不意に織美は、冒頭のやりとりを思い出す。
 優し表情の城弥。
城弥(身の危険を感じたら、僕の部屋に来るといい)
織美「そういえば、お義兄ちゃんは、ここに私を守ってくれるものがあるって」
 織美は、一振りの立派な日本刀を見つける。
織美「この刀が……それ?」
 そして刀に手を伸ばそうとして、手を止める。
織美「あの方は、帝様のご子息。そして私の夫になる人」
 一瞬躊躇する織美。
織美「好きでもない男と、結婚するしか生きることができない。これじゃあ、まるで私は傀儡の花嫁」
 織美の視線の先には、バラバラに分解されている女性の人形が。織美はそれに自己投影する。
 *誠之助は忠房が妖魔となったと判断し刀を抜いた。だがそのことを知らない織美は、ただ忠房が欲情して襲ってきたと勘違いしている。反射的に逃げはしたが、最終的にはこの結婚を拒否できないと思っている。
織美「助けて……お義兄ちゃん」 *この段階では、織美が頼れるのは城弥だけ。
 それでも忠房が嫌な織美は、力なく誰かに助けを求める。

 不意に、刀の奥に置かれた等身大の傀儡が、彼女の目に入る。
 両手両足を鎖で繋がれた状態で置かれている傀儡。その額には、お札が貼り付けられている。
 頭は項垂れ、顔は見えないが、傀儡は人間の男性を模倣した裸体。
織美「これは、人形……」
 織美は何かに導かれるように、恐る恐るその傀儡に近づき、札を捲り上げ、そっと顔を見る。
 目は閉じたままだが、美しい男性の顔をした人形。
 それを見て、織美の胸がドキッとなる。

 次の瞬間「ドン」という、大きな音がする。
 織美は慌てて振り返る。
 かんぬきが、一撃でほぼ屁てばしおられており、次の一撃で破壊されることを示唆する。
 その光景を目にした織美は、すがるように傀儡の札に手をかけ、一気に引き剥がす。
織美「助けて、お義兄ちゃんっ!」
 再び大きな音がして、ドアをぶち破った忠房が現れる。その姿は、より化け物っぽく容姿が変化している。
忠房「ニゲないで、麻呂の花ヨメ……ヒトツにナリタイ」
 明らかに人外の目つきと口元で、忠房は飛びかかってくる。
 織美は刀を持つことはなく、恐怖で固まって動けなくなる。

 次の瞬間、忠房の顔を鷲掴みにする傀儡の手が、織美の背後から伸びる。
 びっくりして、後ろを振り返ると、そこには美しい顔の造形の傀儡がいる。*ここは顔だけ
 忠房は傀儡のアイアンクローで身動きが取れなくなる。
忠房「キサマ……花嫁との、邪魔……スルナ」
傀儡「……」
 かろうじて声を絞り出す忠房に、傀儡は答えない。
 傀儡は無造作に、忠房を突き飛ばす。*人間相手には圧倒的に強い忠房も、傀儡には手も足もでない。
 傀儡は無表情で、へたり込む織美をチラリと見る。
 花嫁姿の美しい織美。
 いきなり傀儡が動き出した理由もわからず、ただ震えながら傀儡を見る織美。
織美(人形が……勝手に動いた……これがお義兄ちゃんの残してくれた……)
 ここで傀儡の全身。美しい男性の体を模している人形が、全裸の状態で立っている。
傀儡「この女は俺様の花嫁だ」 *口は動かないが、声は出る。

 傀儡は単なるヒーロとして起動したのではなく、いきなり織美を自分の妻と宣言して、次回二話に続く。

*一話では、織美は自分では何も決められない自己価値の低い女性。傀儡に対しても、恐怖心しかない。