数十分前ーーー
放課後を知らせるチャイムが鳴り、教室をでたとき、突然彼は現れた。
「先輩に話があるんですけど、今時間ありますか」
"小森陽向"と名乗ったこの小柄な男の子は、俺の返事を聞くとそそくさと足を進めていった。
知らない人だった。名前すら聞いたことがない。
俺は不信感に駆られたが、拙い足取りで彼の背中を追いかけた。彼の背中に誘われている気がする。ついていかないといけないような使命感を感じた。
彼は俺より一回り小さい。そんな子の後ろにでかい俺がついている。異様な光景だろう。この前読んだマフィア系の漫画を思い出させる。
渡り廊下を渡り、靴に履き替える。まだ明るい空が眩しい。これから日が伸びていくのだろう。
彼の足が止まったのは、校舎裏だった。告白スポットとして有名なこの場所は、放課後だからか人気がない。
こんなところになんのようだろう。辺りを見渡しても誰もいない。2人きりの沈黙。ゴクンと唾を飲み込む。
数秒がたったとき、彼は意を決した表情でこちらをむいた。
「突然呼び出してすみません。どうしても先輩に伝えたいことがあるんです」
そういった彼の声は、自信に満ちた表情と裏腹に震えていた。真剣な顔つきで俺の目を見つめている。
綺麗な目だと思った。茶色い。だがただ茶色いだけじゃない。寿命を迎えた落ち葉のように深く、なにか大きなものを持っているような、ココアのように温かく俺を包み込んでくれるような、不思議な力を感じた。
その瞳に吸い込まれるように俺は彼を見つめた。
深く深呼吸を1つついたあと彼は簡潔に、はっきりと告げた。
「先輩、好きです」
え?
あまりのシンプルさに一瞬、何を言われたかわからなかった。いや、わかってはいたが、頭がその言葉を受け入れなかった。
頭の中は一瞬で動揺と混乱に染め上げられた。
この人は何を言ってるんだ?
小森陽向?きいた覚えがない。
そもそも話したことあったっけ?
中学で見た記憶もないはずだ。
もしかして人違い?
それかドッキリか?
俺が忘れているなんてことないよな?
先輩が好きって俺のこと?
"なんで俺なんかを"
複数の疑問が頭の中でぐるぐるしている。やがてそれが混ざり合って、よくわからない蟠りが残った。
始めはドッキリか何かかと思った。初対面の、ましては話したことがあるかすらわからない相手からいきなり告白されるなんて。
でも彼のはっきりとした声、真剣な眼差し、少し強張った顔、どこをとっても嘘に見えなかった。
高校2年生になって、1ヶ月。まだクラスに友達がいない俺。そんな俺が、初めて会った後輩に告白されるなんて、誰が予想していたものか。
動揺で頭が回らなかった俺は反射的に告白を断り、逃げるな足取りで彼の元を後にした。そうする以外どうすればいいかわからなかった。でも「好きな人がいる」なんて、適当な嘘つかなくてもよかったかもしれない。
「絶対諦めませんから!」
そう彼の声が聞こえた気がした。
☆♡☆
家への帰り道、俺は今日の出来事について考えていた。突如起きた出来事。俺の波1つない水面のような日々に大きな岩を投げつけられたかのような衝撃。動揺せざるを得なかった。
高校生男子にしては小柄で華奢な体、無造作にはねた猫っ毛な茶色い髪、まっすぐに見つめる焦茶色の瞳。
先輩と俺を呼んだということはあの人は後輩なのだろう。
だが見覚えがない。話したこともないはずだ。
まだ新入生が入学して1ヶ月だ。先輩と関わるどころか、部活にも入りたてなはず。そんな1年生がどうして関わりがない俺に告白したのだろう。
ドッキリも疑ったが、周りには彼を冷やかしているような人影も見えなかった。
それと何より彼の様子。どうも嘘には見えない。彼が俳優で、ものすごく演技が上手なら別だが。
どれだけ頭を捻っても恋愛経験値が低い俺には答えが出なかった。
誤解されないように言っておくけど、まず、前提として、俺はモテる方ではない。どちらかといえば、モテない。
全くの0というわけではないが、告白されたことも片手に収まる程度。告白なんて一度も成功したことなどない。
初めて彼女ができたのは中学2年生のときだっけ。恋愛などよくわかっていなかった頃、曖昧に返事をして、初めて彼女ができた。だが、1.2ヶ月ほどしか続かなかった。
彼女だった子も、俺が好きになった子も、みんな口を揃えて俺を振る。
「思ってたのと違う」と。
理由をはっきり言われたことはない。みんな俺に気を遣っていたのだろう。その優しさが俺には痛いことも知らずに。
どれだけ自分を変えようとしても、どれだけ相手の理想をきいても、俺は、相手が思うような期待にはこたえることができないのだ。
それなのに告白なんて、一体俺のどこを好いてくれたのだろう。
どうせ、見た目ではないのか。俺のことを知れば、また俺を振った人たちみたいに幻滅して去っていくだろう。俺は自分が傷つかないようにひっそりと息を潜めてればそれでいいんだ。
それかきっと何かの間違いだ。俺に好意なんてもつはずがない。
そう思いたいはずなのに、彼の瞳と、声と、言葉が、頭を離れなかった。
☆♡☆
翌日ーーー
ひどく頭が重い。結局あのあと一睡もできなかった。
目を瞑れば彼の姿が脳裏に浮かんで、自問自答を繰り返してしまう。
そのとき背後から強い衝撃が走った。
「よっ!陽翔ってクマやばくね笑」
このチャラい口調と見た目をした高校生、高橋ツバサは、中学から俺に親しくしてくれてる、高校での唯一の友達だ。学校にピアスとワックスって度胸があるといつも思う。
「どうだ?友達できたか?」
「うーん…」
「そんな苦戦してんのか?」
「話せる人はいるけど…友達とはまだ思われてないかも…」
ツバサはいつも俺を気にかけてくれる。
友達ができない事実を肯定すると、自分が情けなくなる。
「陽翔考えすぎだって!話したらみんな友達!それでよくね?」
「そうかな?」
「そうだって!お前は真面目すぎんだよなー」
そう言い、ツバサはくしゃっと笑った。
お気づきの通り、ツバサと俺の性格は全く違う。ツバサが太陽だとしたら俺は月といえるくらい、普通だったら交わることのないくらい俺とツバサは異なっている。こんな真正反対、といえるくらいタイプの違う俺と関わってくれているのは、俺がツバサの中で"いい奴"認定されているかららしい。
"仲良くしてくれる奴みんな友達"がツバサの友達作りのベースらしい。単純だけど、根はいい奴で、俺の相談をよく聞いてくれる。適当に見えて、結構核心をついてるのがツバサのいいところだ。
ツバサの言葉には何度も救われている。
「なぁ、あれ陽翔の知り合い?」
「え?」
ツバサの指差すほうに顔を向けると、そこには昨日俺に告白した、小森陽向がいた。機嫌悪そうにこっちを見ている。その表情からは威嚇した子犬を連想させた。
「なんか俺睨まれてね?知らぬ間になんかやらかした!?」
「さ、さぁ?」
刺さる視線を背中に受けながらも、ビビるツバサを横に、俺たちは足早に学校へ向かった。
☆♡☆
「またあとでな!友達作り、頑張れよ!」
ツバサと別れて教室につく。教室の中から笑い声が漏れている。教室は朝から俺には賑やかすぎる雰囲気を纏っている。
ツバサの応援に背中を押され、注目されないように速足で自分の席に向かう。よかった、まだ誰にもバレてなさそうだ。
そう安心したとき、「ねぇ」と声をかけられた。
体がビクッと震えた。
「大山陽翔くん…だっけ。なんでいつも1人なの?」
「え、えーと…」
いつもクラスの中心にいる、小野寺さんと、その周りにいる明るい女子たちだった。
急な女子の出現に目を合わせられない。
「陽翔くんって身長高いよね。モテそー。彼女とかいんの?」
「…いない…けど」
「へーそうなんだー。意がーい。ーーじゃあ、好きな人は?去年から好きな人とかいないの?」
「好きな…人…か。いないかな」
「へー。ごめんねー急に話しかけちゃって」
「またあとでねー」と言って手を振った小野寺さんを直視できないまま、俺は軽く手を振りかえした。
やっと息が吸えた。まるで海の底に沈められていたようだ。
びっくりした。クラスの男子ともまともに話したことないのに、急に女子にーーしかも小野寺さんに話しかけられるなんて、人見知りの俺には難易度が高い。俺には眩しすぎる。
俺はちゃんと接せてたかな?
相手を困らせてなかったかな?
つまんなくなかっかな?
動揺が相手に伝わっていなかったかな?
嫌われていないか、ただそれだけが怖い。自己反省会は俺にとって必須事項だ。
睡眠不足のせいか、朝から俺のHPは0である。
☆♡☆
そうこうしているうちにあっという間に昼休みになった。弁当をもって、待ち合わせ場所へと足を運ぼうとしたときだ。
「大山」
机がガタッと音を立てた。今日は朝からよく話しかけられる。
「後輩が呼んでるぞ」
眠たい頭がその言葉を認識して教室の入り口を見ると、あの猫っ毛が教室のドアからはみ出ていた。小森陽向だ。
急に心拍数が上がる。真実はわからないが、仮にも告白してきた相手だ。なんか妙に意識してしまう。
なぜ教室にきたのか、昨日のことで何か言いにきたのか、俺にはわからないがいい気はしなかった。もし可能の告白がドッキリだったら茶化されるかもしれない。最悪いじめに発展するかも。
俺の悪い癖が思考を埋め尽くす。
いや、今はこんなことを考えている場合じゃない。真実は本人の口から聞かないとわからないことだ。1人で考えたって、可能性しか出てこない。
そう、ツバサが似たようなことを言っていたのを思い出した。
絶対に聞こう。俺がこれ以上傷つかないために、変な期待をもたないために。
肺いっぱいに息を吸って心を固め彼の元へ向かう。
「どうしたの?」
動揺を隠すよう、優しく声をかける。
「先輩に会いにきたんです」
予想と異なる回答が飛んできた。てっきり茶化されるものかと。
俺はポカンと彼を眺める。その顔は昨日と変わらず真剣そのものだった。
「一緒にお昼食べませんか?」
突然のお誘いに一瞬心が揺れる。だが先約があったことを思い出した。
「ごめん…俺、いつもお昼は友達と食べてるからさ。さすがに友達との約束断りたくないかな」
「友達ってあのチャラい人ですか?」
「あーうん。ツバサっていうんだけど、チャラそうだよね」
彼の顔が急に曇りだした。
「…です」
ボソッと何かつぶやく。
「ダメです!今日は俺が先輩をもらいます!!」
「え、ちょっと!小森くん!」
こんな小さな体からでているとは思えないくらい、迫力のある声が俺の耳に突き刺さる。
気づいたときには彼は俺の手を取り、強引にどこへ引っ張りだしていた。
俺よりも一回り小さい体に生えた腕が思ったよりも力強くて、俺はその手を振り解くことができなかった。
一体これからどうなるのか、不安なことばかりだ。
放課後を知らせるチャイムが鳴り、教室をでたとき、突然彼は現れた。
「先輩に話があるんですけど、今時間ありますか」
"小森陽向"と名乗ったこの小柄な男の子は、俺の返事を聞くとそそくさと足を進めていった。
知らない人だった。名前すら聞いたことがない。
俺は不信感に駆られたが、拙い足取りで彼の背中を追いかけた。彼の背中に誘われている気がする。ついていかないといけないような使命感を感じた。
彼は俺より一回り小さい。そんな子の後ろにでかい俺がついている。異様な光景だろう。この前読んだマフィア系の漫画を思い出させる。
渡り廊下を渡り、靴に履き替える。まだ明るい空が眩しい。これから日が伸びていくのだろう。
彼の足が止まったのは、校舎裏だった。告白スポットとして有名なこの場所は、放課後だからか人気がない。
こんなところになんのようだろう。辺りを見渡しても誰もいない。2人きりの沈黙。ゴクンと唾を飲み込む。
数秒がたったとき、彼は意を決した表情でこちらをむいた。
「突然呼び出してすみません。どうしても先輩に伝えたいことがあるんです」
そういった彼の声は、自信に満ちた表情と裏腹に震えていた。真剣な顔つきで俺の目を見つめている。
綺麗な目だと思った。茶色い。だがただ茶色いだけじゃない。寿命を迎えた落ち葉のように深く、なにか大きなものを持っているような、ココアのように温かく俺を包み込んでくれるような、不思議な力を感じた。
その瞳に吸い込まれるように俺は彼を見つめた。
深く深呼吸を1つついたあと彼は簡潔に、はっきりと告げた。
「先輩、好きです」
え?
あまりのシンプルさに一瞬、何を言われたかわからなかった。いや、わかってはいたが、頭がその言葉を受け入れなかった。
頭の中は一瞬で動揺と混乱に染め上げられた。
この人は何を言ってるんだ?
小森陽向?きいた覚えがない。
そもそも話したことあったっけ?
中学で見た記憶もないはずだ。
もしかして人違い?
それかドッキリか?
俺が忘れているなんてことないよな?
先輩が好きって俺のこと?
"なんで俺なんかを"
複数の疑問が頭の中でぐるぐるしている。やがてそれが混ざり合って、よくわからない蟠りが残った。
始めはドッキリか何かかと思った。初対面の、ましては話したことがあるかすらわからない相手からいきなり告白されるなんて。
でも彼のはっきりとした声、真剣な眼差し、少し強張った顔、どこをとっても嘘に見えなかった。
高校2年生になって、1ヶ月。まだクラスに友達がいない俺。そんな俺が、初めて会った後輩に告白されるなんて、誰が予想していたものか。
動揺で頭が回らなかった俺は反射的に告白を断り、逃げるな足取りで彼の元を後にした。そうする以外どうすればいいかわからなかった。でも「好きな人がいる」なんて、適当な嘘つかなくてもよかったかもしれない。
「絶対諦めませんから!」
そう彼の声が聞こえた気がした。
☆♡☆
家への帰り道、俺は今日の出来事について考えていた。突如起きた出来事。俺の波1つない水面のような日々に大きな岩を投げつけられたかのような衝撃。動揺せざるを得なかった。
高校生男子にしては小柄で華奢な体、無造作にはねた猫っ毛な茶色い髪、まっすぐに見つめる焦茶色の瞳。
先輩と俺を呼んだということはあの人は後輩なのだろう。
だが見覚えがない。話したこともないはずだ。
まだ新入生が入学して1ヶ月だ。先輩と関わるどころか、部活にも入りたてなはず。そんな1年生がどうして関わりがない俺に告白したのだろう。
ドッキリも疑ったが、周りには彼を冷やかしているような人影も見えなかった。
それと何より彼の様子。どうも嘘には見えない。彼が俳優で、ものすごく演技が上手なら別だが。
どれだけ頭を捻っても恋愛経験値が低い俺には答えが出なかった。
誤解されないように言っておくけど、まず、前提として、俺はモテる方ではない。どちらかといえば、モテない。
全くの0というわけではないが、告白されたことも片手に収まる程度。告白なんて一度も成功したことなどない。
初めて彼女ができたのは中学2年生のときだっけ。恋愛などよくわかっていなかった頃、曖昧に返事をして、初めて彼女ができた。だが、1.2ヶ月ほどしか続かなかった。
彼女だった子も、俺が好きになった子も、みんな口を揃えて俺を振る。
「思ってたのと違う」と。
理由をはっきり言われたことはない。みんな俺に気を遣っていたのだろう。その優しさが俺には痛いことも知らずに。
どれだけ自分を変えようとしても、どれだけ相手の理想をきいても、俺は、相手が思うような期待にはこたえることができないのだ。
それなのに告白なんて、一体俺のどこを好いてくれたのだろう。
どうせ、見た目ではないのか。俺のことを知れば、また俺を振った人たちみたいに幻滅して去っていくだろう。俺は自分が傷つかないようにひっそりと息を潜めてればそれでいいんだ。
それかきっと何かの間違いだ。俺に好意なんてもつはずがない。
そう思いたいはずなのに、彼の瞳と、声と、言葉が、頭を離れなかった。
☆♡☆
翌日ーーー
ひどく頭が重い。結局あのあと一睡もできなかった。
目を瞑れば彼の姿が脳裏に浮かんで、自問自答を繰り返してしまう。
そのとき背後から強い衝撃が走った。
「よっ!陽翔ってクマやばくね笑」
このチャラい口調と見た目をした高校生、高橋ツバサは、中学から俺に親しくしてくれてる、高校での唯一の友達だ。学校にピアスとワックスって度胸があるといつも思う。
「どうだ?友達できたか?」
「うーん…」
「そんな苦戦してんのか?」
「話せる人はいるけど…友達とはまだ思われてないかも…」
ツバサはいつも俺を気にかけてくれる。
友達ができない事実を肯定すると、自分が情けなくなる。
「陽翔考えすぎだって!話したらみんな友達!それでよくね?」
「そうかな?」
「そうだって!お前は真面目すぎんだよなー」
そう言い、ツバサはくしゃっと笑った。
お気づきの通り、ツバサと俺の性格は全く違う。ツバサが太陽だとしたら俺は月といえるくらい、普通だったら交わることのないくらい俺とツバサは異なっている。こんな真正反対、といえるくらいタイプの違う俺と関わってくれているのは、俺がツバサの中で"いい奴"認定されているかららしい。
"仲良くしてくれる奴みんな友達"がツバサの友達作りのベースらしい。単純だけど、根はいい奴で、俺の相談をよく聞いてくれる。適当に見えて、結構核心をついてるのがツバサのいいところだ。
ツバサの言葉には何度も救われている。
「なぁ、あれ陽翔の知り合い?」
「え?」
ツバサの指差すほうに顔を向けると、そこには昨日俺に告白した、小森陽向がいた。機嫌悪そうにこっちを見ている。その表情からは威嚇した子犬を連想させた。
「なんか俺睨まれてね?知らぬ間になんかやらかした!?」
「さ、さぁ?」
刺さる視線を背中に受けながらも、ビビるツバサを横に、俺たちは足早に学校へ向かった。
☆♡☆
「またあとでな!友達作り、頑張れよ!」
ツバサと別れて教室につく。教室の中から笑い声が漏れている。教室は朝から俺には賑やかすぎる雰囲気を纏っている。
ツバサの応援に背中を押され、注目されないように速足で自分の席に向かう。よかった、まだ誰にもバレてなさそうだ。
そう安心したとき、「ねぇ」と声をかけられた。
体がビクッと震えた。
「大山陽翔くん…だっけ。なんでいつも1人なの?」
「え、えーと…」
いつもクラスの中心にいる、小野寺さんと、その周りにいる明るい女子たちだった。
急な女子の出現に目を合わせられない。
「陽翔くんって身長高いよね。モテそー。彼女とかいんの?」
「…いない…けど」
「へーそうなんだー。意がーい。ーーじゃあ、好きな人は?去年から好きな人とかいないの?」
「好きな…人…か。いないかな」
「へー。ごめんねー急に話しかけちゃって」
「またあとでねー」と言って手を振った小野寺さんを直視できないまま、俺は軽く手を振りかえした。
やっと息が吸えた。まるで海の底に沈められていたようだ。
びっくりした。クラスの男子ともまともに話したことないのに、急に女子にーーしかも小野寺さんに話しかけられるなんて、人見知りの俺には難易度が高い。俺には眩しすぎる。
俺はちゃんと接せてたかな?
相手を困らせてなかったかな?
つまんなくなかっかな?
動揺が相手に伝わっていなかったかな?
嫌われていないか、ただそれだけが怖い。自己反省会は俺にとって必須事項だ。
睡眠不足のせいか、朝から俺のHPは0である。
☆♡☆
そうこうしているうちにあっという間に昼休みになった。弁当をもって、待ち合わせ場所へと足を運ぼうとしたときだ。
「大山」
机がガタッと音を立てた。今日は朝からよく話しかけられる。
「後輩が呼んでるぞ」
眠たい頭がその言葉を認識して教室の入り口を見ると、あの猫っ毛が教室のドアからはみ出ていた。小森陽向だ。
急に心拍数が上がる。真実はわからないが、仮にも告白してきた相手だ。なんか妙に意識してしまう。
なぜ教室にきたのか、昨日のことで何か言いにきたのか、俺にはわからないがいい気はしなかった。もし可能の告白がドッキリだったら茶化されるかもしれない。最悪いじめに発展するかも。
俺の悪い癖が思考を埋め尽くす。
いや、今はこんなことを考えている場合じゃない。真実は本人の口から聞かないとわからないことだ。1人で考えたって、可能性しか出てこない。
そう、ツバサが似たようなことを言っていたのを思い出した。
絶対に聞こう。俺がこれ以上傷つかないために、変な期待をもたないために。
肺いっぱいに息を吸って心を固め彼の元へ向かう。
「どうしたの?」
動揺を隠すよう、優しく声をかける。
「先輩に会いにきたんです」
予想と異なる回答が飛んできた。てっきり茶化されるものかと。
俺はポカンと彼を眺める。その顔は昨日と変わらず真剣そのものだった。
「一緒にお昼食べませんか?」
突然のお誘いに一瞬心が揺れる。だが先約があったことを思い出した。
「ごめん…俺、いつもお昼は友達と食べてるからさ。さすがに友達との約束断りたくないかな」
「友達ってあのチャラい人ですか?」
「あーうん。ツバサっていうんだけど、チャラそうだよね」
彼の顔が急に曇りだした。
「…です」
ボソッと何かつぶやく。
「ダメです!今日は俺が先輩をもらいます!!」
「え、ちょっと!小森くん!」
こんな小さな体からでているとは思えないくらい、迫力のある声が俺の耳に突き刺さる。
気づいたときには彼は俺の手を取り、強引にどこへ引っ張りだしていた。
俺よりも一回り小さい体に生えた腕が思ったよりも力強くて、俺はその手を振り解くことができなかった。
一体これからどうなるのか、不安なことばかりだ。
