「おお! これがたこ焼き!!」
移動屋台の方は親切な方で、馬車を止めて売ってくれました。
ですが……途中で私に気付いたようです。
とたんにいつもの目に変わります。
汚いものを見る目……
お金を渡すと、無言でさっさと行ってしまいました。
「どうしたリズ? たこ焼きだぞ!」
「あ……はい。そうですね、ではそこにかけて食べましょう」
私とバートスは倒木に腰をかけて、たこ焼きを口に運ぶ。
「熱いので気を付けてくださいね」
そう言ってバートスに視線を向けると―――
すでに一気にぱっくりいっちゃってました……。
ああ……それは熱いでしょう。口中やけどコースですよ。
両手で口をおさえて、完全に涙目になっているおじさん。
「―――むぅう!?」
ほらぁ、熱いんですね?
「うまぁあああああ!!!」
森中におじさんの大声が響きわたる。
いやいや、ただのたこ焼きですよ。
「こ、これはなんだ! 柔らかくて、ハフハフで、中に何か入っているぞ!」
「タコをぶつ切りにしたものですよ」
「タコか! だからたこ焼きか! なるほど!」
たこ焼きを次々と口に入れるバートス。
本当に美味しそうに食べますね。
「ところで、熱くないんですか?」
「それは平気だ」
どうやら熱くて泣いてるのではなく、おいしすぎて感激のあまり泣いているようです。
火を使うのが得意なようですから、熱耐性も高いのでしょうか。
「リズは天使だな! ありがとう! ありがとう!」
なんかめちゃくちゃ感謝されてます。
お礼を言われるなんて……本当に久しぶりですね……
まあ、とにかく食べましょう。実は私も久しぶりの温かい食事です。
その後しばらく沈黙が続いた。
「いや~~うまい~~こんなものは初めて食べたぞ~」
ご満足頂けたようです。良かった。
あ……バートスの額が、擦り傷だらけです。
グレートスネークとの戦いのあと、凄い勢いで走り抜けた時の傷ですね。
私は懐から小瓶を出して、バートスの額にかけます。
「んん? なんだそれ?」
「ポーションですよ。これで綺麗になりましたね」
「おお! 顔ヒリヒリしてたのが無くなったぞ! リズは凄いな!」
凄い?
私は聖女なんですよ。
普通に考えてポーション使うんなんて、おかしいじゃないですか。
「私、聖女なのに治癒魔法が使えないんです。笑えますよね」
「治癒魔法ってのは、さっきのポーションみたいなもんだよな?」
「そうですよ。傷ついた人の体を元通りに回復させる魔法です」
そしていま使ったポーションが最後の一本でした。もうポーションを買うお金もありません。
本当に……笑うしかないですね……
「私は―――出来損ないの聖女なんです」
あれ? なんでこんなことを話しているんでしょう?
でも、このおじさんには話したくなってきました。
「少し私のことを話してもよろしいですか? バートス」
「ああ、もちろんだ。リズ」
バートスが真剣な眼差しで私を見てくれた。
「私は2年前に聖女として認定されました。私が15歳の時ですね」
「てことはリズはまだ17歳なのか?」
「はい、教会で女神様から天啓を受けました。私は聖女に選ばれたと」
「女神……ということは天界のやつらか。そう言えば、人間に特別な力を与える神がいると親父が言ってたな」
「バートスの言う方かはわかりませんが、直接私の頭に女神さまのお声がひびきました」
「しかし町の人が言ってたが、なんでリズがドラゴンを退治せにゃならんのだ?」
「私がレッドドラゴン討伐の任を王国から受けているからです」
「17歳の少女がドラゴン討伐なんて、無茶苦茶じゃないか」
「いえ、本来聖女とは国を守る者、そして悪しき魔物を討伐する者なのです。歴代の聖女様は治癒魔法はもちろんのこと、強大な魔力と強力な魔法を授かります」
私は何も授かりませんでしたけど……
「そして聖女は王国の騎士たちを従えて、魔物を討伐する役目を果たすのです」
「なるほど、しかしリズは1人だぞ?」
「それは……私が婚約破棄されたことに関係しています……」
そう、それが悪夢のはじまり……
いえ……聖女に選ばれたことが間違いだったんでしょうね。
「私は聖女に選ばれる以前に、この国の王子と婚約していました。ですが聖女に選ばれて状況が一変してしまったんです」
「王子? 王の息子か……もしかして、リズはとんでもない人なのか?」
「これでも一応侯爵令嬢なんですよ。元ですけどね」
いまやボロボロの法衣に、使い古された聖杖。
これが元貴族令嬢だなんて、とてもそうには見えないでしょうね。
「聖女に選ばれる人はごくわずかです。ですから聖女には大きな期待が集まります。でも私は何の力も発揮できませんでした……初歩の治癒魔法さえできません」
王子も私が聖女に選ばれてとても喜んでいました。
でも、何も出来ない私を見て、日に日にその態度は変わっていき……
「1年前に一方的に婚約破棄を宣言されました……」
それからは地獄の日々です。
実家も私を守ってくれませんでした。家名に泥を塗ったと言われ、僅かなお金を渡されて追い出されてしまいました。
それまで私に近づこうしていた人たちもみんな離れていきました。
私の顔から笑顔なんてものは消えて、出来損ない聖女、氷の聖女、なんて言われるようになって。
こんな私に絡んでもなにもいい事はありませんし、下手に関係すると王子の不興を買うかもしれませんからね。
しかも婚約破棄された日に、王国からレッドドラゴン討伐の任を受けました。
なんの支援もなく1人で討伐とか……明らかに王子が裏で動いたのでしょう。
彼からしてみれば、私は消し去りたい汚点です。
はじめはまだ発現していない力があるのでは?
と思って頑張りましたが……
なにも変わりませんでした。
そして気力もお金も尽きた今日、魔物に襲われている旅人と偶然遭遇して思ってしまいました。
―――ここで終わりでいいやと。
どのみち逃げても、どこにも安住の地はありません。
唯一使える氷魔法で魔物の注意を引いて、旅人はなんとか逃げられたようですが、私は魔物に弾き飛ばされてしまいます。
相手はグレートスネーク。本来の聖女なら討伐できるでしょう。
でも―――
私は出来損ないの聖女。
なんの力もない。
これで最期と諦めていたら―――
おじさんがクッションになって。
しかも、グレートスネークを一瞬で灰にしてしまいました。
「あ……」
少しとか言って、随分と話してしまいました。
というか後半は完全に私の回想シーンをつらつらと。
バートスがなにやらウンウン唸ってます。
そうですよね。
こんな欠陥聖女の暗い話を一方的に延々と聞かされたら、嫌になりますよね。
「―――よし! 俺も手伝ってやる」
―――え?
なに言ってるの、この人?
「1人よりは2人のほうが良いだろう。それに聖女は供を引き連れているものなんだろう?」
「私の話を聞いていましたか?」
「ああ、だから手伝うと言ってるんだ」
私に絡んでも何も得しませんよ?
そんなの見ればわかりますよね。
バートスになんのメリットもありません。
というかリスクしかない。
「私の討伐対象はドラゴンですよ? 王国指定のS級魔物ですよ? それをわかっているのですか?」
「ああ、わかっている。俺はそのドラゴンとやらを見たことは無いが、とてつもなく恐ろしい魔物なのだということは町の人の話や、リズの話からわかる」
ドラゴンは魔物のなかでも完全に上位個体。グレートスネークも強敵ですが、ドラゴンはそのはるか上をいく存在です。
「でしたら……」
「たこ焼きの恩は生涯忘れんのだ! だから俺も手伝う!」
いやいや、恩と言うなら、私はあなたに命救われてますよ!!
たこ焼きなんて、誰でも買えますよ!
なんなんだろうこの人。
変わっているけど……でも……なにか温かい感じがします。
久しぶりに思い出したような。
「ところでリズ」
「なんでしょうか?」
「最後の1個、食べていい?」
「……フフ、もちろんです」
「なんだ、そんな顔もできるんじゃないか」
「……え?」
「俺は笑ったリズの方が好きだな」
満足そうに最後の1個を食べ終えたバートスが、思いもかけない事を口にする。
あれ? もしかして私は笑っていたのですか?
絶望の笑いではなく、本当の笑み。
そんな感情は随分前に無くなったと思っていましたが。
そうですか……笑っていたんですね。
女神様も最後に温かい思い出をくれたんですかね。
この人なら……
少しだけ元気が出てきました。
もう一度だけ、希望を取りもどしてもいいのかも。
私は汚れた法衣を整えて、背筋を正す。
「わかりました。
――――――私を手伝ってください、バートス」
「ああ、もちろんだ」
ですが、やはり勝ち目の薄い戦いになるのは間違いありません。
私の事情に巻き込んで、この人を死なせるわけにはいかない。
私はスッとバートスに顔を近づける。
この人だけは生き残れるように……
「どうした? もう顔の傷は治ったぞ?」
「静かに。バートス、少し目をつぶってください」
私の唇にやわらかい感触が伝わり、ほのかに青い光が周囲を照らした。
これは聖女の加護。
良かった、これは私も使用できるみたいですね。そうそう試すことなんて出来ないですから。
「―――んあ? もう目を開けていいか?」
「はい、構いませんよ」
自分の唇に手を当てて、「あっ!」と何かに気付いた様子のバートス。
それはビックリしますよね……でも私だって初めてだったんだから。
「なんだ? リズも最後の一個が欲しかったのか?」
「ち、違いますよ! もう!」
「そうか、良く分からんが顔が真っ赤だぞ?」
「大丈夫ですから! さっきのは忘れてください。ただのおまじないですからっ!」
これは、そういうのじゃないですから!
加護を発動させる為に止む無くしたんです!
本人は気付いてないかもですが、けっこういい顔のおじさんなんですよっ!
あ、なに言ってんの私……
と、とにかく加護はしっかり付与できました。
私の薬指に指輪のように2本の線が浮き上がってきました、加護の印です。
黒と赤の線。おそらくバートスにも浮き上がっているはず。
黒い線は、バートスに万が一の事があれば、私の命と引き換えに彼を救うことが出来ます。
赤い線は……強力な加護を発動したことによる私への制約ですね。
10日以上この人と離れると……
―――私は永遠の眠りにつきます。
移動屋台の方は親切な方で、馬車を止めて売ってくれました。
ですが……途中で私に気付いたようです。
とたんにいつもの目に変わります。
汚いものを見る目……
お金を渡すと、無言でさっさと行ってしまいました。
「どうしたリズ? たこ焼きだぞ!」
「あ……はい。そうですね、ではそこにかけて食べましょう」
私とバートスは倒木に腰をかけて、たこ焼きを口に運ぶ。
「熱いので気を付けてくださいね」
そう言ってバートスに視線を向けると―――
すでに一気にぱっくりいっちゃってました……。
ああ……それは熱いでしょう。口中やけどコースですよ。
両手で口をおさえて、完全に涙目になっているおじさん。
「―――むぅう!?」
ほらぁ、熱いんですね?
「うまぁあああああ!!!」
森中におじさんの大声が響きわたる。
いやいや、ただのたこ焼きですよ。
「こ、これはなんだ! 柔らかくて、ハフハフで、中に何か入っているぞ!」
「タコをぶつ切りにしたものですよ」
「タコか! だからたこ焼きか! なるほど!」
たこ焼きを次々と口に入れるバートス。
本当に美味しそうに食べますね。
「ところで、熱くないんですか?」
「それは平気だ」
どうやら熱くて泣いてるのではなく、おいしすぎて感激のあまり泣いているようです。
火を使うのが得意なようですから、熱耐性も高いのでしょうか。
「リズは天使だな! ありがとう! ありがとう!」
なんかめちゃくちゃ感謝されてます。
お礼を言われるなんて……本当に久しぶりですね……
まあ、とにかく食べましょう。実は私も久しぶりの温かい食事です。
その後しばらく沈黙が続いた。
「いや~~うまい~~こんなものは初めて食べたぞ~」
ご満足頂けたようです。良かった。
あ……バートスの額が、擦り傷だらけです。
グレートスネークとの戦いのあと、凄い勢いで走り抜けた時の傷ですね。
私は懐から小瓶を出して、バートスの額にかけます。
「んん? なんだそれ?」
「ポーションですよ。これで綺麗になりましたね」
「おお! 顔ヒリヒリしてたのが無くなったぞ! リズは凄いな!」
凄い?
私は聖女なんですよ。
普通に考えてポーション使うんなんて、おかしいじゃないですか。
「私、聖女なのに治癒魔法が使えないんです。笑えますよね」
「治癒魔法ってのは、さっきのポーションみたいなもんだよな?」
「そうですよ。傷ついた人の体を元通りに回復させる魔法です」
そしていま使ったポーションが最後の一本でした。もうポーションを買うお金もありません。
本当に……笑うしかないですね……
「私は―――出来損ないの聖女なんです」
あれ? なんでこんなことを話しているんでしょう?
でも、このおじさんには話したくなってきました。
「少し私のことを話してもよろしいですか? バートス」
「ああ、もちろんだ。リズ」
バートスが真剣な眼差しで私を見てくれた。
「私は2年前に聖女として認定されました。私が15歳の時ですね」
「てことはリズはまだ17歳なのか?」
「はい、教会で女神様から天啓を受けました。私は聖女に選ばれたと」
「女神……ということは天界のやつらか。そう言えば、人間に特別な力を与える神がいると親父が言ってたな」
「バートスの言う方かはわかりませんが、直接私の頭に女神さまのお声がひびきました」
「しかし町の人が言ってたが、なんでリズがドラゴンを退治せにゃならんのだ?」
「私がレッドドラゴン討伐の任を王国から受けているからです」
「17歳の少女がドラゴン討伐なんて、無茶苦茶じゃないか」
「いえ、本来聖女とは国を守る者、そして悪しき魔物を討伐する者なのです。歴代の聖女様は治癒魔法はもちろんのこと、強大な魔力と強力な魔法を授かります」
私は何も授かりませんでしたけど……
「そして聖女は王国の騎士たちを従えて、魔物を討伐する役目を果たすのです」
「なるほど、しかしリズは1人だぞ?」
「それは……私が婚約破棄されたことに関係しています……」
そう、それが悪夢のはじまり……
いえ……聖女に選ばれたことが間違いだったんでしょうね。
「私は聖女に選ばれる以前に、この国の王子と婚約していました。ですが聖女に選ばれて状況が一変してしまったんです」
「王子? 王の息子か……もしかして、リズはとんでもない人なのか?」
「これでも一応侯爵令嬢なんですよ。元ですけどね」
いまやボロボロの法衣に、使い古された聖杖。
これが元貴族令嬢だなんて、とてもそうには見えないでしょうね。
「聖女に選ばれる人はごくわずかです。ですから聖女には大きな期待が集まります。でも私は何の力も発揮できませんでした……初歩の治癒魔法さえできません」
王子も私が聖女に選ばれてとても喜んでいました。
でも、何も出来ない私を見て、日に日にその態度は変わっていき……
「1年前に一方的に婚約破棄を宣言されました……」
それからは地獄の日々です。
実家も私を守ってくれませんでした。家名に泥を塗ったと言われ、僅かなお金を渡されて追い出されてしまいました。
それまで私に近づこうしていた人たちもみんな離れていきました。
私の顔から笑顔なんてものは消えて、出来損ない聖女、氷の聖女、なんて言われるようになって。
こんな私に絡んでもなにもいい事はありませんし、下手に関係すると王子の不興を買うかもしれませんからね。
しかも婚約破棄された日に、王国からレッドドラゴン討伐の任を受けました。
なんの支援もなく1人で討伐とか……明らかに王子が裏で動いたのでしょう。
彼からしてみれば、私は消し去りたい汚点です。
はじめはまだ発現していない力があるのでは?
と思って頑張りましたが……
なにも変わりませんでした。
そして気力もお金も尽きた今日、魔物に襲われている旅人と偶然遭遇して思ってしまいました。
―――ここで終わりでいいやと。
どのみち逃げても、どこにも安住の地はありません。
唯一使える氷魔法で魔物の注意を引いて、旅人はなんとか逃げられたようですが、私は魔物に弾き飛ばされてしまいます。
相手はグレートスネーク。本来の聖女なら討伐できるでしょう。
でも―――
私は出来損ないの聖女。
なんの力もない。
これで最期と諦めていたら―――
おじさんがクッションになって。
しかも、グレートスネークを一瞬で灰にしてしまいました。
「あ……」
少しとか言って、随分と話してしまいました。
というか後半は完全に私の回想シーンをつらつらと。
バートスがなにやらウンウン唸ってます。
そうですよね。
こんな欠陥聖女の暗い話を一方的に延々と聞かされたら、嫌になりますよね。
「―――よし! 俺も手伝ってやる」
―――え?
なに言ってるの、この人?
「1人よりは2人のほうが良いだろう。それに聖女は供を引き連れているものなんだろう?」
「私の話を聞いていましたか?」
「ああ、だから手伝うと言ってるんだ」
私に絡んでも何も得しませんよ?
そんなの見ればわかりますよね。
バートスになんのメリットもありません。
というかリスクしかない。
「私の討伐対象はドラゴンですよ? 王国指定のS級魔物ですよ? それをわかっているのですか?」
「ああ、わかっている。俺はそのドラゴンとやらを見たことは無いが、とてつもなく恐ろしい魔物なのだということは町の人の話や、リズの話からわかる」
ドラゴンは魔物のなかでも完全に上位個体。グレートスネークも強敵ですが、ドラゴンはそのはるか上をいく存在です。
「でしたら……」
「たこ焼きの恩は生涯忘れんのだ! だから俺も手伝う!」
いやいや、恩と言うなら、私はあなたに命救われてますよ!!
たこ焼きなんて、誰でも買えますよ!
なんなんだろうこの人。
変わっているけど……でも……なにか温かい感じがします。
久しぶりに思い出したような。
「ところでリズ」
「なんでしょうか?」
「最後の1個、食べていい?」
「……フフ、もちろんです」
「なんだ、そんな顔もできるんじゃないか」
「……え?」
「俺は笑ったリズの方が好きだな」
満足そうに最後の1個を食べ終えたバートスが、思いもかけない事を口にする。
あれ? もしかして私は笑っていたのですか?
絶望の笑いではなく、本当の笑み。
そんな感情は随分前に無くなったと思っていましたが。
そうですか……笑っていたんですね。
女神様も最後に温かい思い出をくれたんですかね。
この人なら……
少しだけ元気が出てきました。
もう一度だけ、希望を取りもどしてもいいのかも。
私は汚れた法衣を整えて、背筋を正す。
「わかりました。
――――――私を手伝ってください、バートス」
「ああ、もちろんだ」
ですが、やはり勝ち目の薄い戦いになるのは間違いありません。
私の事情に巻き込んで、この人を死なせるわけにはいかない。
私はスッとバートスに顔を近づける。
この人だけは生き残れるように……
「どうした? もう顔の傷は治ったぞ?」
「静かに。バートス、少し目をつぶってください」
私の唇にやわらかい感触が伝わり、ほのかに青い光が周囲を照らした。
これは聖女の加護。
良かった、これは私も使用できるみたいですね。そうそう試すことなんて出来ないですから。
「―――んあ? もう目を開けていいか?」
「はい、構いませんよ」
自分の唇に手を当てて、「あっ!」と何かに気付いた様子のバートス。
それはビックリしますよね……でも私だって初めてだったんだから。
「なんだ? リズも最後の一個が欲しかったのか?」
「ち、違いますよ! もう!」
「そうか、良く分からんが顔が真っ赤だぞ?」
「大丈夫ですから! さっきのは忘れてください。ただのおまじないですからっ!」
これは、そういうのじゃないですから!
加護を発動させる為に止む無くしたんです!
本人は気付いてないかもですが、けっこういい顔のおじさんなんですよっ!
あ、なに言ってんの私……
と、とにかく加護はしっかり付与できました。
私の薬指に指輪のように2本の線が浮き上がってきました、加護の印です。
黒と赤の線。おそらくバートスにも浮き上がっているはず。
黒い線は、バートスに万が一の事があれば、私の命と引き換えに彼を救うことが出来ます。
赤い線は……強力な加護を発動したことによる私への制約ですね。
10日以上この人と離れると……
―――私は永遠の眠りにつきます。

