「出てきなさい! ゴースト! もう逃げられませんよ!」

 リズの叫びで俺たちは一気に戦闘モードに切り替わる。

 どーなつ泥棒、許すまじ。

 「シスターノエナ、マリル。子供たちを連れて外へ出るんだ。ここは俺たちに任せろ」

 シスターたちが頷き、キッチンには俺たち3人とゴーストのみとなる。

 天井からするりと床に降りてきたゴースト。
 薄い灰色のモヤモヤとした体。向こう側が微妙に透けている。

 間違いないく人ではないな、こりゃ。


 『むきぃ~~せっかく今までうまくいってたのに~モグモグ』


 クソ、なにモグモグしてんだ。このゴースト。

 「もう観念しなさい! ゴースト!」

 『うるさいのじゃ! こうなったらやってやるのじゃ~~モグ』

 灰色の影から2本の太い腕があらわれて、その大きな拳をブンブンと振り回し始めた。

 動きがデタラメで避けるまでもないのだが、拳がそこら中にぶつかり被害が拡大する。


 「……くっ! こんな狭い場所で何考えてるの!」

 『うるさ~い! こんなところでわれを見つけるからいけないのじゃ~~』

 どういう理屈だよ。子供みたいなやつだ。

 ゴーストが拳を振り回すたびに、ガッシャんガッシャんと調理器具が散乱する。

 「おいおい、キッチンをぶっ壊す気か?」

 「……バートス! このままでは被害が拡大する一方です! 出力を抑えて魔法を使用します!」
 「バートスさま~あたしもいくよ~~」

 リズは氷魔法でゴーストの動きを止めるつもりなのだろう。
 カルラは【活性化】で筋肉ムキムキになっていた。


 「氷の精霊よ! その凍てつく針で敵を刺し尽くせ!
 ――――――氷針魔法(アイスニードル)!」

 『アハハ~~無駄なのじゃ~~』

 「……ウソ。実体がないからですか?」

 リズの放った氷の針は、すべてゴーストの体を通過してしまった。
 ダメージは一切ないっぽい。


 「こんどはあたしの番だよ~~カルラ~~パァ―――ンチ!!」

 筋肉カルラから繰り出される強力な拳。

 が―――


 「うわわっ―――!」


 カルラの拳はゴーストを突き抜けて虚しく空をきった。

 『アハハ~~どうしたのじゃコムスメ~デカ乳が揺れておるだけじゃ~~』
 「むう……デカ乳いうな!」


 「バートス……魔法攻撃も物理攻撃も効果がないようです」

 なるほど、こいつはやっかいだな。
 実体がないからなのか、攻撃が素通りしてしまう。

 だが、その前に確認しなければならないことがある。

 非常に重要な事を。


 「―――おい、取り合えずさっき盗ったどーなつを返すんだ!」


 『はぁ? なのじゃ。もう全部ここにあるのじゃ』

 そう言うとゴーストはおなかであろう部分をサスサスとさする。

 「マジかよ……全部って」

 『アハハなのじゃ~~美味かったぞ~』

 美味かったって……

 「俺は食ってない……どーなつ」

 『アハハなのじゃ~~からあげも美味かったぞ~』

 「俺は食ってない……からあげ」

 『当然なのじゃ~~我が全部食べてやったからの~~アハハなのじゃ~』

 ケタケタと高笑いするゴースト。


 俺の体からふつふつと熱い怒りが溢れ出て来る。


 【焼却】……発動。


 ―――――ボウゥウ!!


 俺の炎がゴーストを取り囲む。

 『アハハなのじゃ~まだわからぬのか~~われに火魔法などきかぬ……え? これもしかして……』

 俺の炎は魔法じゃない。
 が、そんなことは今はどうでもいい……

 『はれれ? わ、われ燃えている!? なんで? アチチなのじゃ~~』


 「からあげ、どーなつの恨みぃいいい! ――――――思い知れぇええ!!」


 俺の怒りの炎がゴーストを燃やしていく。

 『ふえぇええ~~なんじゃこりゃ~~アチ、アチ、あちぃいい~~!』

 ゴーストは真っ赤に燃えさかる炎の中、崩れて灰になっていく。


 「す、凄い……ゴーストって燃やせるんですね……」

 リズの言葉に少し周りが見えて来た俺。
 彼女と視線を合わせた時に、2人ともあることに気付いた。


 「「―――あっ!」」


 ここ室内だった……

 ヤバイ……やっちまった。

 火事になってしまう!


 「氷の精霊よ、その凍てつく吹雪で敵を砕け!
 ――――――氷結風魔法(アイスウインド)!!」


 ―――さすがリズ!

 彼女がすぐさま氷魔法でキッチン全体を冷やしてくれたおかげで、大事には至らなかった。

 ふぅ~俺の安堵の息を漏らしたが、それもすぐに取り消された。
 灰にしたはずのゴーストが、モゾモゾと動いている。

 おかしいぞ、手応えはあったはずだ。


 『ふぃいい……アチチなのじゃ……』


 「バートス! ゴーストがまだ生きています!」

 ゴーストがむっくりと起き上がった。

 黒焦げの灰がボロボロと崩れ落ちて……

 んん? 

 なんか出て来た。

 「ば、バートス……人が……」

 リズの言うとおり、灰の中から人が出て来た。

 ぱっと見たところ、小さな女の子のように見える。

 見えるんだけど……

 なにかキラキラと光るものが見えているんだが。

 「ええ? バートス、あれって……」
 「バートスさま~~これあたしが天界にいた時のにおいだよ~~ってことはあれって……」

 リズとカルラの視線はその光に集中している。

 ゴーストの中から女の子が出て来ただけでも驚きだが、さらに俺たちが驚く理由。


 この子の頭上に、光輝く輪っかが浮いてんるんだが。