「ふあぁ~。お、ついたか」

 転移ゲートの移動がやけに長くて思わず寝てしまった。最近仕事が立て込んでたからな。
 俺は目を擦りながら、周囲を見渡す。

 ここが地上(人間界)か。

 あたりは木々が生い茂っていた。どうやら森の中のようだ。

 人間界については、死んだ親父から色々教えてもらった。
 親父は魔王軍にいた頃、人間界行ったことがあるので当時の話をしてくれたのだ。

 捨てられていた赤ん坊の俺を拾ったのもその時だ。

 しかし……まさか俺が人間界に来ることになるとは……

 とにかくここにいても何も始まらないので、森の中を進みはじめる。


 ―――ガサガサ


 少し進むと、なにか聞こえてきた。

 「ひぃいい! いやぁああ!」
 「わぁ~~ん」

 んん? なんだ? 悲鳴?

 声の元へ行ってみると、人間がいた。母とその娘のようだ。
 2人してその場に座り込んで、おびえている。

 長いものが、2人の前にジワジワと近づいていた。


 ―――ああ、ミミズか。


 たしかに……うにょうにょしてて、見た目気持ち悪いんだ。チロチロ出し入れする舌も不気味だし。女性は苦手かもな。
 いずれにせよこのままでは、2人はミミズに襲われてしまう。


 ―――ボウッ!


 俺は【焼却】(しょうきゃく)を発動した。
 ボウッと燃えると同時にミミズは灰となって消えていく。

 人間界でも俺の固有能力は発動できるようだな。
 ミミズなので出来る限り出力を絞ったが。


 「や、薬草を取りに来たら、急に襲われて。本当にありがとうございました!」
 「おじちゃん~~ありがとう~~かっこいい~~」

 母親がなにかお礼をと言ってきたが。そんなもんは不要だ。
 俺の親父が生きていたら、「ミミズごときで何を言う?」と言ってただろう。

 2人は深く頭を下げると、去って行った。

 無事で良かったな。

 地上(人間界)にも魔物はいる。さっきのミミズも魔物だ。

 はるか昔は、魔界と人間界の境界があいまいだったらしい。
 なのでミミズのように、どちらの世界にもいるやつは多いと親父は言っていた。

 ちなみに魔物と魔族は違う。大きな違いは知性があるかどうかだ。
 魔物は基本的に知性のないやつが多い。魔族のように魔王軍や清掃局といった組織も存在しない。

 魔族にとっても魔物は害獣なので基本的に駆除対象となる。
 魔界は広いので、魔族が住んでいない地区は山ほどある。そんなところまで駆除しに行くことはないが、魔族の居住地域に近づく奴は討伐される。

 まあ一部魔物を使役する魔族もいるが。これは魔王軍の許可が必要だ。

 そして魔物は好んで他生物を攻撃する。捕食の為という場合もあるだろうが、どちらかというと殺意で動くことの方が多い。
 かつて、神がそういう存在として生み出したという事になっている。

 まあ、真実は俺も知らん。
 そして俺の腹の方は事実を知らせてくる。


 「ぐぅ~~」


 さて……俺も町へ行くか。

 2人が去った方に行けばいいだろう。
 まあ第二の人生だ。ゆっくりいこう。



 ◇◇◇



 森を抜けると町にでた。
 当たり前だが、人がいっぱいいる。

 店もたくさんあるぞ。いい匂いにつられていくと、肉の串を焼いているではないか。

 「おう、おっさん。どうだ一本? 焼きたてだぜ」
 「おお……」

 なにこれ、めっちゃ美味そうだ。

 死んだ親父の話によれば、魔界と人間界の社会はそれほど変わらないらしい。
 なので親父に教えてもらった知識がある俺は、人間界でも最低限度の常識は備えているはずだ。

 つまりここは飲食店であり、金を払えば食べることが出来る。

 俺は手持ちの金を店員に渡して、肉串のひとつに手を伸ばす。
 が、俺の手は肉串に届く前に止められた。

 「なんだぁ、この金は? あんた他国から来たのか? ここじゃ王国の金しか使えねぇよ」

 しまった、つい魔界のお金を出してしまった。
 俺は人間だから大丈夫だろうけど、あまりこの金は人に見せない方が良いな。魔族は人間に良いイメージはないだろうからな。

 しかし……これはピンチだ。

 たった今俺は無一文ということが確定したのだから。

 早急にこの国のお金を稼がねばならん。

 つまり職を見つけなければならない、ということだ。


 しかし俺……


 燃やすしかできんぞ。


 魔界でも転職経験があればなぁ。俺ずっと燃やすしかしてこなかったよ。

 いやいや、無いものはしょうがない。
 とりあえずこの町でなにかあるかもしれん。そう思ってあたりをキョロキョロしながら歩いていると、張り紙が俺の眼に入って来た。

 お、従業員募集だと!

 いきなりあった。

 俺は早速、張り紙のお店に入ってみる。

 飲食店のようだ。旨そうなにおいを漂わせた皿がたくさん。

 うわぁ~~食べたい……
 さっきの肉串も食べられなかったしな。

 よだれがたれそうになったのをこらえて、店員さんに声を掛けると奥のキッチンに案内された。

 「おう、おめぇか雇って欲しいってのは?」
 「はい、張り紙を見て」

 若干いかつい感じの男が俺をギロリと睨む。この男が店長らしい。

 「おめぇ特技はなんだ?」
 「燃やせます! 燃やす仕事ありますか?」
 「ああ? なんだそりゃ? なめてんのかおまえ?」
 「いえ、なめるんじゃなくて燃やします!」

 とにかく俺の出来ることをアピールするしかない。
 魔界ではずっとゴミ焼却しかしてこなかったからな。

 「ケッ! なら奥の古窯に火を入れて見せろ」

 奥に行くと、古びた窯がある。これを燃やせばいいんだな。うまく調整してと―――

 「いっとくがそいつは普通の火魔法じゃ火は入らねぇぜ。そいつは俺の先々代から続く……」


 ―――ボウっ!


 うおっ! 調整ミスった!

 窯がドロドロに溶けてしまった……


 ヤバイヤバイヤバイ……どうしよう。店長、固まってしまったぞ。


 「……なんだぁ、あんた高位の火魔法使いだな?」
 「はい?」

 なんのことだ? 俺は魔法なんか使えん! ていうかそんなことより、先々代から続く窯がドロドロなんだぞ! 気にするのはそっちだろ! 

 「そんな奴はうちでは雇えないな、もっと別のとこにいきな。王都に行けば魔法師団や、魔法学校もある。あんたを必要とするやつらがいるだろう」

 まあそうだろう。窯を台無しにして雇ってくれるはずがない。
 魔法師団? 魔法学校? つまり基礎から学んで出直してこい、ということか。しかし俺には学校に行く金もなければ、今日の飯すらないんだ。王都になど行っていたら餓死してしまう。

 ただ、根はやさしい人なのか窯は弁償しなくてもいいらしい。随分前から使ってもいないとのことだ。

 しかしおかしいな。

 かなり出力は絞ったはずなんだけどなぁ。
 人間界だと少し勝手が違うのかもしれん。

 まあ、はじめから上手くはいかないさ。
 次だ、次。


 気を取り直して俺は就活に勤しんだのだが……


 ―――ヤバイ。


 まったくもって雇ってくれない。

 ゆいいつの取柄である【焼却】を見せると、同じような断りを入れられてしまう。
 「魔法の学校へ行け」とかそんな感じだ。


 やはり燃やすだけとかは、そもそも需要がないのだろうか。

 「聞いた~? 最近森にグレートスネークが出るそうよ~怖いわ~」

 俺が町中をトボトボ歩いていくと、買物帰りなのか、かごに食材をたくさん詰めたご婦人たちの会話が聞こえてきた。
 なるほど夕飯の食材か。なんか完成料理を想像しただけでよだれ出そう。

 「なんでもレッドドラゴンが現れて、グレートスネークが奥地の住処から追われて出てきたかもしれないって」
 「王国の騎士団は討伐に来てくれないのかしら」
 「騎士さまが、こんなド田舎地方に来てくれるわけないじゃない」

 グレートスネークにレッドドラゴンだと?
 聞いたいこともない魔物だけど、会話を聞く限りだとヤバイ魔物のようだ。名前からして強そうだし。

 「でも、騎士団は来てないけど、レッドドラゴン討伐に聖女様がこの町に来ているらしいわよ」
 「ああ~~あたし知ってる。例の出来損ない聖女でしょ~~」
 「そう言えば並みの氷魔法しか使えないんだっけ? 表情も死んでて氷の聖女とか言われているらしいわよ」
 「そんなんでドラゴン討伐とか無理よね~~レッドドラゴンてS級魔物でしょ? その聖女、護衛も騎士団もついてないらしいし。死ねって言ってるようなものよね~」
 「王都では新しい聖女様がアースドラゴンを討伐したらしいし。お古の聖女様は完全にやっかい払いよね~~」


 なんだか良く分からんが、単身でドラゴンに立ち向かう人がいるらしい。

 聖女か……たしかごく一部の選ばれた人間しかなれないと、親父が言ってたな。
 S級魔物って最上位のランクじゃなかったか? それに挑むとか、とんでもない人なんだろう。

 しかし今はそんなことより金がない。

 当然ながら金が無いと、宿にも泊まれない。



 結局俺は街の近くの森で野宿するしかなかった。

 明日こそは職に就かんと、グぅ~となるお腹をさすりながら草むらにゴロンと転がった。


 「はよ寝よ……明日は朝一から職探しだ。おやすみなさ~~い。
 ―――――――――ブフォ!!」


 俺が目をつぶろうとした瞬間、森の奥からなにか飛んできた。

 強い衝撃と柔らかい感触、そしてなんかほんのりいい匂い。

 俺の上に落ちてきたのは若い女。
 衣服は汚れているが、どうみても美少女。

 その美少女が口を開いた。


 「クッ……あ、あなたこんなところでなにをしているのですか! 早く逃げなさい!」


 どうやら少女はなにかと戦っているらしい。


 森の奥から長いものが、ニョロニョロと出てくる。


 ―――ああ、またミミズか。