「おはよう」
 そんな、柚木(ゆずき)君の声を聞くたびに顔が熱くなって、うまく話せなくなる。
「お、はよう」
つっかえながらも、さいごまで言えた。
「あ、秋斗(あきと)
靴箱からひょこっと顔を出した柚木君の友達である大月(おおつき)君は,柚木君の肩に腕を回す。そんなことができる大月君がうらやましい。でも、友達だったら意識なんてしてくれないだろう。
 大月君と柚木君を見送った。そして、カバンの中に入れていたスマホを取り出し、
「今日、いつものところで集合!」
ある人に、ラインを送る。すると、すぐ既読が付き、「了解」よ送られてきた。スタンプでもなく、ビックリマークもない、そっけない一言。スマホをカバンに入れた。
 放課後、彼から教えてもらってから足を運ぶようになった喫茶店。
「よっ」
彼の前におかれているコーヒーは、冷めていた。
「ごめん」
「いや。で、どうしたの?」
私は一泊おいて口を開く。
「告白しようと思ってるの」
「ふーん」
「いつまでもこのままじゃダメだって思ってさ。―――大月君はどうするの?」
「俺は、いない」
「そっか、じゃあ、フラれたらおごってね」
 私は柚木君のことが好きだ。もちろん、恋愛的な意味で。そして、大月君も柚木君のことが好きだ。柚木君のことが好きで目で追っていた。だから、大月君も見かけていた。大月君が柚木君に向ける視線は、友情じゃなくて、あきらかに恋愛感情だった。そう気づいてしまった。
 大月くんが柚木くんを好きと気づいた日の放課後、大月君と日直の仕事を任されてしまった。教室には、プリントを留める音だけが響いていた。
「ねぇ」
「うん?」
「大月君って、柚木君のこと好きでしょ」
教室が静まり返り、大月君が私をジーと見つめてくる。
「だまってるなら肯定だってとるから」
「いいよ。だって、瀬田(せた)さんも好きでしょ。秋斗のこと」
「うん。知ってたんだね」
「あれだけ、見てたらね。そっか、バレちゃってたか。あ、瀬田さんが秋斗のことを好きってことに気付いてるの、俺だけだから」
「そう。大月君は隠すの、うまいからバレてないはずだよ。私には隠せてなかったけど」
あれから、日直の仕事が終わって大月君のが気に入っている喫茶店で柚木君について話した。彼の好きな物。そして、好きなところ、好きになったきっかけ。そんな関係を続けていた。
 「それだけを言いたかったの」
私は席を立ち、お金をテーブルの上に置いて店を出た。

 「好きでした。あの日、困っている人に優しくしてるのを見てから、ずっと目で追ってて、柚木君の笑顔が好きです」
「うん、ありがとう。でも、ごめん」
うん、知ってたよ。柚木君が誰を想っていたか、なんて。
「最後にさ、一ついい?」
「うん。何?」
私は精一杯の笑顔で言う。
「素直に言わなきゃ、伝わらないよ?」
「・・・何のこと?」
「はは、私は柚木君のことが好きだよ。だから、知ってたよ」
柚木君は、困ったように眉を下げる。
「大月君は、屋上にいるはずだよ」
柚木君は、「ありがとう」と呟いて、屋上へ走っていった。
「あー、大月君におごってもらわなきゃね」
なんで、応援しちゃったんだろう。知っていた。二人が互いに想い合っていたこと。でも、二人は思いを告げようとはしなかったこと。だから、昨日、告白すると大月君に言った。意味がなさそうにだったから、柚木君の背を押した。
 二人が好きだ。好きな二人が幸せになるためには、これしか思いつかなかった。
「いい恋、できたな」
 これで良かったって思えてる。でも、本気で好きだった。本当に好きだった。初恋だった。
「あれ、なんで?なんで、泣いてるんだろう?」
涙がとまらないや。告白するために、人気がない所に呼び出してよかった。ここで泣いていても、誰にも気づかれない。
 恋って甘いだけじゃない。時には、ものすごく苦い。まるで、コーヒーだ。
 なんとなく、大月君に教えてもらったあの喫茶店のコーヒーが飲みたくなってきた。
 涙をぬぐい、喫茶店へと。
「あ、いらっしゃい」
いつのまにか、店長にも顔を覚えられていて常連のようになっている。
「いつものコーヒーでいい?」
「あ、はい。おねがいします」
 初めてカウンター席に座る。そして、気づいてしまった。
 ああ、もうこうして大月君とこれないのか。私って失恋したんだ。
 とまっていた涙が、また溢れていく。ポタポタと、瞳から溢れた涙は落ちていく。店長はなにも言わず、コーヒーを置いて店の奥へ入っていった。
「てんちょー、コーヒーちょうだって、何で泣いてんの?」
 何も言えず、黙っていると、男の人は私の隣に座る。
「どうした?話、きこうか?」
頭をポンと撫でながら、心配そうに聞いてくる。
那津(なつ)、パワハラ」
店長が男の人をジトーと見つめ、男の人、もとい那津さんはあわてはじめる。
「ふはっ、だいじょうぶですよ」
思わず笑ってしまう。あの様子だと那津さんは常連さんのようだ。那津さんは目を細め、
「うん。笑った方が可愛いよ」
 ドキッと音を立てる。
 うん。恋ってやっぱり、苦くて甘い。