そして、それからしばらく経った夜のことです。
 わたしと片桐くんは、バイト帰りの道をふたりで歩いていました。
「ねぇ、クリスマスイヴもうすぐだね♪ どこかに出かける?」
「そのことなんだけど……末来、当日は僕の部屋に来てくれないか?」
「片桐くんの部屋に?」
「うん。狭いところだけど、いっしょに静かな夜を過ごしたいんだ」
「もちろん、喜んで!」
 わたしは天にものぼる心地でした。
 冬の寒さなんてまるで感じないくらい、心があたたかくなっていました。
 ですが、そんな心地の良いひとときは、突如打ち破られたのです。

 わたしたちのほうに向かって、ゆっくりと歩いて来る人影。
 セミロングの髪に、くっきりとした目元。
 どこかわたしに面影のある女のひと。

「実樹人――」
 薫さん……! 
 動揺しているわたしの手を片桐くんがしっかりと握りしめます。
「あなた、まだその子に付きまとってるの」
 薫さんは冷酷な視線を片桐くんに投げかけました。
「変な言いかたはやめてくれ。僕と末来は、ただふたりで幸せになりたいだけなんだ。きみにとやかく言われる筋合いはない」
 片桐くんにそう言い返されると、薫さんはワナワナと唇をふるわせながら、
「いったいいつまでこんなバカなことを続けてるの? あなたの『運命のひと』探しのせいでどれだけ――!」
「バカなこと? 自分の運命のひとを探すことのなにが悪いっていうんだ? 未来こそ僕の運命のひとなんだ。彼女だって、そのことを受け入れてくれてる」
「なんですって……」
 わたしは顔をあげて、
「そうよ! わたしは彼の運命のひとなの! あなたになんて言われたって、彼のそばにいるって決めたの!」
 と、薫さんに向かって叫びました。
 薫さんは、しばらくぼう然とわたしを見つめたあと、
「もう、手遅れなのね――今度こそ大丈夫だと思ったのに」
 と、悲しそうにつぶやきました。
「そうだ、きみの言葉は彼女に届かない。なにを言ってもムダだ!」
 片桐くんは、強い口調で薫さんを責め立てます。
 その横顔にはわたしが今まで見たことほどの怒りが刻みこまれていました。
 すると、薫さんはわたしに
「もしも……」
 と、ささやきました。
 その声はとても小さかったため、わたしにはとても聞き取れません。
「もしものときは……て」
(え?)
「――げて」
 まるで訴えかけるような視線をわたしのほうに投げかけます。
「さあ、早くぼくたちの前から消えるんだ。もう二度とあらわれないでくれ!」
 片桐くんがそう叫ぶと、薫さんはじっと片桐くんをにらみつけて、闇夜に消えて行きました。
 暗くて静かになった路上に、わたしと片桐くんのふたりだけが佇んでいました。