「わぁ……」
ずっと待ち望んでいたクリスマスイヴの夜が訪れました。
朝からしんしんと雪が降り続き、町じゅうが真っ白に染まっています。
一片の邪さもない清らかな世界が広がっているようです。
わたしはプレゼントを抱えて、彼の部屋に急ぎました。
「末来、よく来てくれたね」
彼はわたしを迎え入れてくれました。いつものようにあたたかい笑顔を浮かべて。
「おじゃまします」
片桐くんと過ごすはじめてのクリスマス・イヴ。きっとすてきな聖夜になるよね。
少しドキドキしながら中に入ったときです。
「え?」
わたしは、自分の目をうたがいました。
からっぽなんです。
部屋のなかにはテーブルもイスをはじめ、生活に必要な家具などが、なにひとつ置かれていません。
ただ、なにもない空間がガランと広がっているだけでした。
「ここは? 片桐くんの部屋じゃないの……?」
わたしは彼のほうをふり向きました。
片桐くんは穏やかな顔つきのままで、
「僕の部屋だよ。末来が僕の『運命のひと』かどうか確かめるためのね」
と口を開きました。
「確かめるって?」
わたしがたずねると、片桐くんは
「あの夢には続きがあってね」
と、わたしに液体の入った小瓶を手渡しました。
「僕の運命のひとは、いつも僕にほほえみかけてくれて、そして、僕に生涯の愛を誓うんだ。この世界のあらゆる穢れをはらう薬を飲んで、深い眠りにつくんだよ」
「眠りに……?」
「そう。そして、翌朝、僕のくちづけで眠りから目覚めるんだ。そしてふたりは永遠に結ばれる。僕はいつだって探してた、この夢をはじめて見たときからずっと運命のひとを探し続けてたんだよ」
片桐くんの目に異様な光が宿りました。
まるで獲物をとらえた豹のような美しくも残忍な視線がわたしに向けられます。
「――だけど、これまで出会った子はみんなニセモノだった。家出少女とか社会人とかいろいろいたけどね。その薬を飲んだとたん、泡をふいて倒れたり、白目をむいて痙攣したり、あっという間に息をひきとって。そのたびに、まがいものをわざわざ棄てに行くのは苦労したよ。薫も、僕のことを好きだったのに、薬を見せたとたんに僕を殺人鬼呼ばわりして、むりやり僕のもとから離れたんだ。でも……自分の運命のひとを探し求めることの、いったいなにが悪いんだろう? ひとがひとを愛すること、それ以上にすばらしいことなんて、この世のどこにもありはしないのに」
わたしは、ようやく分かりました。
片桐くんはほんとうに『運命のひと』を愛しているんです。
彼女以外の存在は、まるでなんの価値も持たないほどに。
彼の見る夢こそが、彼の世界のすべてだったんです。
そのことを知っていた薫さんは、わたしに警告していたんでしょう。
自分や他のひとたちのような犠牲者が、これ以上増えないようにと。
先日の夜の路上では聞きとれなかった彼女の言葉が、今ならはっきりと理解できます。
「もしも……」
「もしものときは……て」
「逃げて」
片桐くんは、わたしの両肩にそっと手を触れると、まるで魔法をかけるかのように耳元でそっとささやきました。
「さぁ、未来。きみなら僕の夢を叶えてくれるね?」



