真冬に路面電車を待つのは
 滅茶苦茶、寒いけど
 君と二人きりになるのは
 すごくラッキーだ。

 会話は妙に途切れるけど
 青いシャーベットを溶かせるくらい
 胸が熱くなっている。

 そんなんだから
 君が巻いているマフラーのフリンジが
 風でなびくのが妙に気になるし、
 マフラー誉めてみよっと。






「――そのマフラーいいね」
「――ありがとう」
 柚斗(ゆずと)は前を見たまま、空を見上げていた。
 もう12月に入り、あと2週間もすれば、冬休みに入る。高校二年生のクリスマスはきっと、一番遊べると思う。まだ、将来のことはふわふわとしか、考えなくていても、なにも言われない。

 玄関で柚斗に話しかけられて、そのまま、千代台の電停まで二人で流れで歩くことになった。冬至が近い所為でまだ4時すぎなのに、もうあたりはすっかり暗くなっていて、オレンジ色の街灯があたりの色を作っていた。
 お互いに妙に会話が弾まずに、何かを聞いても、お互いにそれに対して、端的に答えて、そうだね。でその都度、会話が終わった。
 11月に一度、降り積もった雪は嘘みたいに消えてしまい、また、しばらくの間、雪がない世界に戻った。

 もう一度、横目で私の隣に立っている柚斗をちらっと見る。
 ちょうど、風が吹き、黄色いマフラーのフリンジがきれいになびいていた。

 ゆずだから、黄色? と私はくだらない考えがふと浮かび、それを言うと絶対に柚斗は冷めてしまうじゃんって、思いながら、次の会話をどうしようか悩んでいた。
 こんな冷たい風の中、続かない会話を考えているのは一人ぼっちな感じがした。
 これが奥手な男の子との会話なのかな――。

「なあ、雪芽(ゆきめ)」
 急に柚斗は沈黙を破った。

「な、なに?」
「小学校のときから、一緒なのにさ、こうやって話すの6年ぶりだな」
 そう言われて、私は思わず柚斗を見る。柚斗は照れくさそうに微笑んでいた。
 見慣れた顔だ。

 まだ、あどけなかった頃から知っているから、こんな雰囲気になると思わなかった。
 小学校を卒業するときは背か私と同じくらいだったのに、いつの間にか抜かされて、私よりも10センチ以上差が出た。
 170センチくらいの身長だから、あまり威圧感もない柔らかな感じ。高校生になった今も一重だけど、ぱっちりした目で、痩せているのに丸顔の輪郭。だから、柔らかな印象で、昔から、女子からモテることを知っているし、その癖に少しだけ、天然で抜けているところも知っている。

「そうだね」
 あーあ、また、会話が途切れそうだ。
 こんなこと言われて、なんて返したらいいのか、よくわからない――。

「――俺はチャンス伺ってたんだけな。こんなに時間経っちゃった」
「えっ」
「なーんてね。ただ、それだけ今、何気なく話せてるのが嬉しいってこと」
 急に顔に熱が一気に上るのを感じた。ちょうど、警笛がして、右手を見ると路面電車がゆっくりと電停に滑り込んできた。



 湯の川行きの電車は比較的、空いていた。昭和から変わってなさそうな色あせたオレンジ色のシートが目立つくらい、車内には数人の客しかいなかった。きっと、2つ先の五稜郭公園前から、けっこうな人が乗ってくると思うから、一瞬でこの静けさは終わるのはいつものことだってわかっていた。

「なあ」
「なに?」
「幼なじみって、――厄介だよな」
「えっ? なにそれ」と私は急にふっかけられた柚斗からのその言葉の本当の意味なんて読めないまま、そう返した。

「小学校から、高校までいるとなんか、近くにいるみたいに感じちゃうよな」
「そうだね」
 私と柚斗の家は同じ町内で、同じタイミングで分譲された比較的、新しい住宅街の中にお互い、住んでいる。私は幼稚園のときにすでにその町内に住み始めていたけど、柚斗はちょうど小学校に入学するタイミングで引っ越してきた。だから、学校の集団下校は一緒だったし、小学校、中学校のとき、あわせて5回、同じクラスだったことがある。

「だから、いつも当たり前なんだなって思っちゃってたけど、その当たり前も一年ちょっとで終わっちゃうんだって思うとさ――」
 急に中途半端なところで柚斗の言葉が途切れたから、私は思わず柚斗の顔を見た。一重だけど、大きな目が前を見たままだった。かすかに柑橘系の匂いがする。ヘアバームがついている髪は毛先はそのまま整っている。
 だけど、小ぶりな耳が出ているショートで清潔感があるマッシュの束感は失われていた。

「思うと?」と私が聞き返すと、柚斗は鼻でふっと笑ったから、何それと聞き返して、私も笑った。

「こんな話、電車でするもんじゃないな。帰り、湯川イオンのフードコートで続き話すわ」と言われて、ドキッとした。
 6年間なかった展開が初めて前触れもなかったのに。
 今、起きていることに急に緊張し始めたとき、電車は五稜郭公園前の電停に着き、入口からたくさんの客が入ってきた。







「単純に好きだってことに気づいたんだよ」
 そんな大切なことも、会話の延長みたいに柚斗は簡単に言っているように見えた。
 その普段から何に対しても動じない雰囲気が好きだけど、私の前だけは昔みたいに少し抜けているところ、見せてもいいんだよって思った。
 小さくて古いイオンにある、比較的最近にリニュアルされた小さなフードコートの中心で、しかも今日、告白を受けるとは思わなかった。

 もちろん私だって、柚斗のことが、ずっと好きだったから、うんと小さく頷きながら、嬉しすぎて、頬が緩むのを我慢することができなかった。

「よかった。――本当は海辺とか、スタバとか、そういうところで告白したかったけど、我慢できなくなった」
「――いいよ。どこだって」
 たぶん、私の顔はすでに赤くなっていると思う。
 足元は左側にある入口からの風でしっかり冷えているけど、しっかりと、胸から上は熱くなっている。
 膝に乗せて握ったままの両手の平は汗ばみ始めているし、頭はのぼせているみたいにぼーっと甘い感覚で麻痺しそうだった。

「だってさ、こんなに寒いのに海行ったら、死んじゃうよ」
「冬の海にダイブはしたくないな。雪芽が落ちたら別だけど」
「ちょっと、私のこと、落とさないでよ」
「違うって、俺が突き落とすんじゃなくて、雪芽が勝手に落ちるんだよ」
「どっちかと言えば、柚斗のほうが落ちそうじゃん」
「だよな」と柚斗はそう言いながら、白いマグカップを持ち、コーヒーを一口飲んだ。だから、私も同じマグカップに入っているココアを一口飲み、マグカップをそっと、テーブルの上に置いた。だけど、カップはしっかりと、ことっと音を立てた。

「ねえ」
「なに?」
「いつからブラックで飲めるようになったの?」
「去年から。高校生になったから、舌慣らしていこうと思って頑張った」
 右手でピースをして得意げにかっこ悪いこと言う、柚斗はやっぱり無邪気だった。その表情を見て、中学2年生の夏、そのときもたまたま、二人きりになる時があって、近くの浜辺で缶コーラを飲みながら、身長、ここ最近で5センチも伸びたんだよって、そのときも得意げに言っていたのを、ふと思い出した。

「へえ。頑張ったんだね」
「そうだよ。だって、そのほうがかっこいいじゃん」
 元からすでにかっこいいから、いいんだよ。そんなこと考えなくてもって、返そうかと思ったけど、付き合ってすぐなのに、水を差すようなことしても無意味だなって思ってやめた。

「――なあ、雪芽」
「なに?」
「クリスマスらしいこと、しようぜ。週末」
「いいよ」と返して、私はそっと柚斗に微笑み返してあげた。



 



 友達とイルミネーションと花火を見ると親に嘘をついて、私は待ち合わせ場所の湯川イオンのフードコートで柚斗が来るのを待っていた。LINEで一通り回り歩くことを言われたから、白のダウンジャケットのその中に厚手のセーターを着込んだ。そして、黒のスキニーパンツのその中にレギンスを履いてきた。
 初デートなのに色気もない格好をできるのは、きっと、幼なじみだからかもしれない。
 本当は秋に買ってもらったばかりの赤いスカートを履いていこうか悩んだけど、絶対に底冷えすることがわかっていたから、諦めることにした。

 iPhoneを取り出し、画面を軽くタッチして待ち受け画面を表示した。
 ――14時37分。
 まだ待ち合わせの時間まで20分もある。

 そもそも、ドキドキしすきたからか、早く準備できて、そわそわしたから家を出てしまった。
 あと、路地一本挟んで、すぐそこに柚斗の家があるから、柚斗とばったり会うのはせっかく待ち合わせをしよとしているのに、会うのは嫌だったから、先に出てしまおうと思った。

 頭の中では、今日、どこまで関係が進むんだろうって、そわそわが甘い考えが浮いては沈んでいる。少しでも気を紛らすために紙コップを右手で持ち、水を一口飲んだ。

 ――スカートにすればよかったかも。
 まだ、雪は降っていない。だけど、午後から急に気温が下がって、マイナスになるらしい。それに雪も夕方から降るらしい。

「おまたせ」
 早いと思いながら、声がした方を見ると、左手を軽く上げながら、こっちに歩いてくる柚斗が見えた。

「早いよ。柚斗」
「そっちだって、早いだろ。てか、早すぎ」
「――早いに越したことないでしょ」
「そうだけどさ、初めてこういうことするから、先に着いて驚かそうとしたのに」
 そう言いながら、柚斗は私の向かいの席に座った。柚斗は黒のダウンジャケットを開けっ放しにしていた。インナーは白いセーターを着ていて、首元にはいつもの黄色のマフラーが巻かれていた。

 柚斗もしっかりと暖かそうな格好をしてきたから、私は少しだけ安心した。これで、きれい目のコートなんか着てたら、ずっと赤いスカートのことを気にするところだったかも――。

「――マフラーいいね」
「いいでしょ。お気に入りだから」
 柚斗が柔らかく微笑んできたから、私は急に今まで意識したことなかったのに、恥ずかしい気持ちが胸からこみ上げてきて、思わず視線をそらした。







 電車の中は暖房がしっかりかかっていて、少しだけ暑かった。
 電車が発車する前に1日乗車券を買った。1日乗車券を買うのは初めてで、毎日、同じ電車に乗って、学校へ行っているのに、新鮮に感じた。
 そして、一昨日ぶりに座っている柚斗といるのも懐かしいようで、新鮮に感じた。だけど、あまり会話も弾まずに電車は五稜郭公園前に着き、電停から多くの客が乗り込んできた。

「なあ」
「なに?」
「格好悪いこと言ってもいい?」
「え、どうしようかなー」
「いいだろ。言っちゃうよ」
「うん、いいよ」
「俺、緊張してる。なんでかわからないけど」
 柚斗を見ると、柚斗は右手で鼻を触っていた。だから、本当にはずかしいだってなんとなく、私は感じ取ってしまった。

「鼻、触る癖、治ってないね」
「えっ、鼻?」
「うん。発表のときよく触ってたじゃん。中学校のホームルームで一分間スピーチするときとか、グループでなにか発表したときとか」
 私がそう指摘しても柚斗は右手を鼻から離さずに私の方を見ていたから、私は右手で指さして、
「ほら、今もしてるじゃん」
 と言うと、柚斗は、ばつが悪そうに舌で左頬をつんと立てながら、そっと右手を鼻から離した。

「それで、最初、どこに行くの?」
「え、どうしようかなー」
「ちょっと、真似しないでよ」
 私がちょうど言い終わると、電車が停まり、目の前の入口が開いた。自動音声が谷地頭行きだってことを何度も知らせたあと、ブザーが鳴って、ドアが閉まった。

「せっかくだし、終点まで行こうぜ」
 終点ってことは、谷地頭? と柚斗に聞く前に柚斗は
「雪芽と一緒に海みたい」と言われたから、私は単純にそう言われたことが嬉しくて、静かに頷いた。






「一緒に海見るの4年ぶりだな」
「そうだね。覚えてたんだ」
「当たり前だろ。忘れたことなんてないよ。まだ、中2で雪芽、幼かったけどな」
「お互いにね」
 そんな会話されるとは思わなかった――。
 電車を降りて、私と柚斗は岬を目指して歩いている。

 空はすっかり灰色になり、湯川で電車に乗ったときよりも気温が急に低くなったような感じがした。
 風は弱いけど、冬の凛とした匂いがしたから、本当にあと少しで雪が降るんだって感じた。
 緩やかな坂を登り、静かな住宅街を抜けると目の前に海が見え始めた。まだ、対岸は見えるから、遠くでは雪は降り始めていないんだと思った。

「俺、あのとき、本当は告白しようと思ってたんだ」
「えっ」
 そんな素振り、あのときはあんまりなかったのに――。
 コーラを楽しく飲んで終わった淡い思い出の出来事の一つなのかと勝手に思ってたよ。

「そしたら、私のこと、あのときから意識してたってこと?」
「そう。そういうこと。単純だろ、俺」
 私だって、そのときから意識し始めていたのに、なんか、先にそういういことカミングアウトされて、ズルいなって言いたくなった。だけど、こうして付き合ってくれて、初めてのデートなんだから、柚斗にそうやって問い詰めないでおくことにした。

 さっきまで見えていた海は車一台がやっと通れるくらいの道を昇っていくと、辺りの木々で見えなくなってしまった。道は上り坂になっていて、道の先は灰色の空だった。

「だから、一昨日、思いつきだけど、行動してよかったって思った」
「え、思いつきだったの?」
「そう。かっこいいだろ?」
「かっこよくはないね。もっと計画的にしてほしかった」
「フードコートの中心で告白するなんて、俺も思ってもみなかったけど、あの日、天気よかったら、確実に海に連れ出して、告白してたと思うよ。俺も。ほら、見えてきた」
 柚斗は右手を前に突き出して、指を差した。
 坂を登りきると急に視界が開けて、左側から右斜め前まで藍色の冷たそうな海が広がっていた。
 右手は函館山の付け根で急な斜面に葉を落とした茶色い木々が迫っている。岬の先まではもう少しある。奥に駐車場が見えるけど、車は数台しか止まっていなかった。
 
 黙々と進んでいき、駐車場の脇に広がる広場を抜けて、展望スペースに出た。標石には『立待(たちまち)岬』と白い行書体で書かれている。茶色い柵の先には大きな海が広がっていて、藍色の間に白い線が入るくらい、荒い波が立っていた。下まで続く岩肌は急で、その岩肌は巨人が人差し指でなぞったみたいに右側の函館山まで荒々しく続いていた。
 この岬は函館のイルカの尾びれの右端に当たる場所だから、きっとこの岬は函館から、少しだけ三角形に突き出ているんだと思う。

「さすがに本州、見えないね」
「こんな天気で見えたら奇跡だよ」
 当たり前のこと言われたから、思わず、当たり前のことを柚斗に返してしまった。対岸に広がる雲は低くなっていた。もしかしたら、もう、青森は雪が降っているのかもしれないと思った。無自覚のまま、柵に触れると、冷たくて思わず右手をすっと引いた。

「冷たかった?」
 そう言われて、思わず左側を見ると、またいつものように柚斗は人懐っこいニヤニヤとした表情をしていた。だから、私はそっと、うんと頷いた。

「冷えただろ」
 そう言われて、思わず左手を見ると、すでに左手は柚斗に繋がれていた。ようやっと、柚斗との関係性が進んで私はゆっくりとドキドキし始めた。

「――柚斗も冷たいじゃん。手」
「お互いさまだね」
 私の身体はそのまま左に寄せられて、柚斗と繋がったままの手は柚斗のダウンジャケットのポケットに一緒に入れられた。
 そんなドキドキを感じていたら、綿みたいな大きさの雪が急にひらひらと降り始めた。






 手を繋いだまま、来た道を戻っている間に、辺りはあっという間に暗くなった。
 まだ16時を過ぎたばかりなのに、低くなり始めた雪雲の所為で、晴れているときよりもより早く暗くなってしまった。
 さっきまで灰色のコンクリートはむき出しだったのに、辺りはあっという間に道が白くなり始めた。

 柚斗にフードかぶれよと言われて、そのままダウンジャケットのフードを頭にかぶせられた。
 私の白くなった姿を見て、アザラシみたいになったなって言われたから、なにそれって返したら、かわいいってことって言われて、初めてのかわいいに私は浮かれた。
 そのあと、柚斗も自分の頭にフードをかぶったから、くまになったねって言ったら、がおーって返された。
 
 冬至前は残酷だなってこの時期になるといつも、そう考えてしまう。
 ただでさえ、日の出が7時過ぎだから、本当に日が出ている時間は9時間ちょっとしかない。

「暖かくなったね、手」
「お互いさまだな」
「私より手、冷たかった癖に」と言うと、柚斗は弱く笑った。

 こんなにしっかりと男の子に手を温めてもらうのも初めてだし、こうやって手を繋いだまま、男の子と人気のない暗くなった住宅街を歩くのも初めてだった。
 まっすぐのゆるい下り坂を緑がかった薄暗い白色の街灯が等間隔で道を照らしている。その先に谷地頭の電停が坂の底にあり、電停から先に広がる線路は坂を上っていた。

「――そうだ」
 急に柚斗がその場に立ち止まったから、私は柚斗に引っ張るような格好で柚斗の一歩先で立ち止まり、柚斗の方を振り向いた。
 ちょうど理容室を少し過ぎたところで、立ち止まってしまったから、柚斗のすぐ後ろ、理容室の入口の柱に付けられている赤白青のバーバーポールがぐるぐると回っているのが視界の隅に見えた。
 私は一歩、後ろに戻り、左側にいる柚斗の方を向いた。
 
「――なに?」と返した瞬間、繋いだ手から私は引っ張られて、気がつくと私の顔は柚斗の左肩の上にあった。
 お互いのダウンジャケットのナイロンがかすかに掠れる音がした。ダウン越しのハグは遠く感じ、もっと近づきたいと思った。

 背中で力強く抱きしめられているのを感じる。私は息をすっと吐き、左側を見ると、黄色いヘッドライトで降り続けている雪を照らしながら、坂を下ってくる市電が見えた。







 雪の中、柚斗のことを思い出した。
 私たちはまだ、若くて、純粋だったんだ。

 今でも柚斗のことが好きだけど、すれ違う連絡や、年に一度しか会えない関係性にお互いに疑問を持ち、そして、今年の秋、通話で別れることにした。
 一人、雪の中、電停で電車を待っていると、惨めな気持ちになる。

 だから、私と柚斗は、17歳で付き合い始めて、20歳になる前に私たちは別れてしまった。
 付き合って3年ちょっとだったけど、実質一緒にいれたのは、1年ちょっとだけだった。

 柚斗は高校を卒業して、地元を離れると、簡単に私のことを忘れてしまったみたいだ。言いたいこともろくに言えずに、札幌と函館の遠距離恋愛は簡単に終わってしまった。

 通り過ぎる車の音や、大学二年生になった私は、また、あのときのときめきを簡単に失ってしまった。
 なんで函館なんてとどまっちゃったんだろうって、私は別れてから何度も自分のことを責め続けている。
 こうやって責め続けたところで、なにも変わりやしないのに――。

 そんなこと、考えていたら雪で白くなっている向こう側から、電球色の二本の光が、差し込んだ。
 そして、湯の川行きの電車がゆっくりと電停に滑り込んできた。



 電車はいつものように空いていた。
 今日の講義は2講目までしかないから、こんな平日のお昼に湯の川方面に行く人はまばらだった。
 右手に持ったままのiPhoneでフォトを開き、3年前の12月を指定して、写真を遡った。

 ベイエリアの海に浮かぶ、大きなクリスマスツリーと一緒に自撮りした私と柚斗が楽しそうな表情をして浮かれている画像が表示された。クリスマスツリーは枝に張り巡らされた電球色と下からの青いライトで幻想的な雰囲気が出ていた。
 その前の画像には雪で白くなった八幡坂とライトアップされた街路樹、その坂を下った先に見える函館の青い海と函館駅の横に停まっているライトアップされた摩周丸、そして、私と柚斗の顔が下の方に大きく写っている写真が出てきた。

 たぶん、この画像が私と柚斗と二人で初めて撮った画像で、あとでベイエリアのカフェで晩ごはんを食べたときに、立待岬で取り忘れたねと二人で笑い合った。
 だから、あのとき、初めて手を繋がれたときの記念は残っていない――。 

 フォトを閉じて、LINEの画面を開き、柚斗とのトークを開いた。
 もちろん、トークは1か月前に止まったままで、『今までありがとう』と柚斗からのメッセージで止まっていた。
 私はそれを既読スルーしたままだった。

 そういえば、あのとき、気持ちがいっぱいいっぱいになって、私は柚斗にありがとうとも返してなかった――。

 トークを遡ると、今、考えるとくだらないところから、気がついたら別れ話に進んでいた。

『ごめん、この年末も帰れないかも。バイトでシフト埋まらないって言われた』
『そんなにバイトが大事なの?』
『いや、そうじゃない』
『じゃあ、やめちゃおうよ そんなところ』
『そんな急には無理でしょ』
『いや、やめてほしいです』
『は? どうして』
『まともに会えないから』
『俺だって会いたいよ』
『じゃあ、やめてよ』
『だから、そんな急には無理でしょ』
『私だって会いたいのに、バイトなんか優先しないでよ』
『働いてる以上はさ、協力しないと……』
『は? したら、付き合ってる意味ないじゃん』
『通話するね』
✆音声通話が終了しました
68:05

『今までありがとう』

 もうすぐ、付き合い始めてからの記念日だったのに――。
 大きくため息を吐いたあと、人差し指でそっとLINEを閉じた。







 自然に湯の川イオンに足が向いていた。
 雪は降り積もり始め、辺りは一気に冬の冷気に包まれていた。今年の根雪は早いかもしれないと思いながら、私は横断歩道を渡った。

 今更、過ぎ去った思い出なんて、戻らないし、私が別れる原因を作ってしまったんだ。
 たぶん、普通の女の子だったら、きっと、私よりいい人がいるよとか、次の人も見つけられるよとか、思うんだろうけど、私は全然、そんなこと、柚斗に対して微塵に思うことできなかった。
 何度も二人で歩いた道を一人で歩くのは寂しくて、さっきよりも強く降り始めた雪に負けちゃいそうなくらい、思い出の重さでつらくなった。
 初めて手を繋いだときは優しく感じた雪がものすごく冷たく感じた。



 イオンのフードコードのパン屋でパンを買って、いつものようにフードコートの真ん中の席で一人で、クロワッサンを食べ始めた。一人でこの場所で黙々と食べていると、だんだん悲しくなってきた。
 先月までは同じ行動をしても、そんな感情、一切感じなかったのに――。

 ため息を吐き、テーブルに置いたiPhoneでタイムラインを適当に遡っていたら、LINEの通知が表示された。
 その通知の所為で左手に持っていたクロワッサンを落としそうになった。
 そっと、右手の人差し指で通知をタップすると柚斗とのトークが表示された。

『22日、早めだけど帰る 会って話したい』

 私は画像の添付を開き、3年前に撮った画像をドキドキしながら送った。