あやかしを鎮める契約夫婦ですが、恋だけは禁止です〜陰陽師の契約夫と契る3つの約束事〜

「いえ。私にはこれくらいしか出来ませんから……」
「旦那様を起こすことは、私達式神でさえ戦闘に次ぐ至難の業。奥様が来られてからというもの、旦那様は人間らしい生活を送るようになりました。これも奥様と旦那様の信頼関係によるものですね」
「信頼なんて、私達の間にはありません。きっとコンちゃんが頑張ってくれているからです。ねぇ? コンちゃん」
「コ~ン?」

 首を傾げるコンちゃんの姿に炊事場が明るくなる。それぞれが朝の支度を続ける中で、柊詩が浅葱たちを手伝うのもすっかり日常の光景となっていた。
 この屋敷で働いている使用人は怜桜が使役している式神のみで、人間の使用人は通いで訪れる数人だけ。
 式神以外の住人は怜桜と柊詩しかおらず、怜桜の両親や兄弟姉妹は「雪消の変」で命を落としたとのことであった。
 それもあって陰陽師の名家でありながら柊詩の輿入れの際に豪華な婚姻の儀などは行われなかったが、唯一残念がったのが浅葱たちこの屋敷の式神であった。
 大切な主人とその伴侶の一生に一度の晴れ舞台が簡素なものになることが不服のようだったが、柊詩と怜桜の婚姻が契約結婚であることを知った途端に二の句が継げなくなったらしい。
 残念がった浅葱たちの気持ちに感謝しつつ、その想いは今後怜桜と夫婦関係になる巫女に向けてくれたらと他人事のように考えてしまう。
 あくまで柊詩は「菫花の陣」を展開するまでの、一時的な花嫁でしかないのだから。

「待たせた。早速いただこう」
 
 やがて支度を終えた怜桜が食堂に姿を現すと、式神たちが朝餉を運んでくれる。会話も無く食事する二人だったが、しばらくして汁物に口を着けた怜桜は訝しむように片眉を上げると、傍らの柊詩を凝視したのだった。

「この汁物はいつもと違うな」
「今朝は吸い物をお手伝いさせていただきました」
「巫女にしては腕が良いんだな」
「巫女は山籠もりもしますし、陰陽師の方と数日野宿することもあります。その際に自分で食事を作れないと困るんです」

 見習い巫女は年に数日間ほど山奥の拝殿に籠もって修行をすることになっているが、その際に交替で食事係を担う。食事の作り方を学ぶことは、陰陽師たちと戦う際の野戦に向けた自炊の練習も兼ねられていたが、笹丘たちは柊詩に食事係を押し付けていた。

「最近の巫女なんて、戦いの場に使用人を引っ張ってきて作らせている。手ずから作る奴なんて減ったぞ」
「慣れれば平気です。お師匠様と暮らしていた時は家事全般を請け負っていたので。それに……これも契約ですから」

 その言葉に怜桜はピタリと止まると、「とんだ娘を選んだものだ」と決まり文句が返ってくる。

「ところでお前は師匠の養い子だと聞いているが、実の両親はどうした?」
「母は巫女で、父は陰陽師でした。二人は『雪消の変』で命を落としたとお師匠様から聞いています」
 
 幼かった柊詩はおぼろげにしか覚えていないが、小倉の話によると二人の亡骸はあやかしたちに喰われて見つからず、母親が世話になっていた神社に預けられていた柊詩だけは難を逃れたとのことであった。
 この「雪消の変」で柊詩の親族も行方が分からなくなり、遺された柊詩は父親と懇意の仲だった小倉が引き取って養育することになったと聞かされたのだった。
 柊詩の両親のことは聞かされていなかったのか、怜桜は「そうか」と答えただけであった。
 
「あの『雪消の変』では多くの陰陽師と巫女が民を守って土に還った。お前の両親も立派に務めを果たされたのだな」
「……そうですね」

 膝の上で固く手を握りしめている柊詩をどう思ったのか、朝餉を完食した怜桜は提案したのだった。