チュンチュンと小鳥たちが朝を知らせる中、柊詩は摺り足で昔ながらの茅葺屋根の屋敷の廊下を歩く。それを真似して隣を歩くのは赤い首輪をした白い子狐であった。
辿り着いたのはこの屋敷の主である怜桜の寝室の前。その前に腰を下ろした柊詩は深く息を吸うと、そっと声を掛けたのだった。
「おはようございます、旦那様。朝でございます」
そのまま待つが、部屋の中は変わらずシーンとして物音一つ聞こえなかった。仕方がないというように柊詩が隣の子狐に視線を移すと、主人の意図を汲んだ子狐は「コンッ!」と頼もしい返事をしてくれたのだった。
そして「失礼します」と障子をわずかに開けた瞬間、するりと滑り込むように中に入った子狐に命じたのだった。
「コンちゃん! いつものように旦那様を起こして!」
その言葉が合図となって怜桜の身体に登った子狐ことコンちゃんは、怜桜の顔に向かって蝋燭のような小さな火を吐く。すぐに「あちちちっ……!」と、怜桜が飛び起きたのだった。
「おはようございます。旦那様。朝でございます」
「お前……もっと静かに起こすことはできないのか!!」
寝起きで乱れた寝間着と長い黒髪を整えながら憤慨する怜桜とは対照的に、柊詩は「これが最善の方法ですから」と冷静に返す。
「寝起きの悪い旦那様の朝の支度を手伝うのも妻の務め。普通に起こしても起きないことは最初の数日で学びましたので、コンちゃんに手伝ってもらうことが合理的と判断したまでです」
この屋敷で暮らし始めて半月が経とうとしているが、柊詩と書類上の夫となった怜桜の寝起きの悪さはこの屋敷で働く者たちの悩みの種でもあった。
陰陽師の仕事で毎日夜遅くに帰ってきては、身体を休めるのもほどほどに新しい術式の研究に没頭する。その割に寝起きは悪いので使用人たちが毎朝あの手この手で主人を起こしているという話を聞いたからには、屋敷の女主人となった柊詩が黙って見ていることはできなかった。
今では毎朝の怜桜の世話は柊詩が担うようになり、あれこれ試行した結果としてほとんど無害に近いコンちゃんの火で顔を熱して起こすのが最善の策ということに気付いたのだった。
「その子狐に頼まなくても起床ぐらい一人でできる! 毎朝前髪や枕を焦がされる身にもなってくれ」
「御髪ぐらい私が整えます。寝具の新調も。これも契約ですから」
「……とんだ娘を相手に選んだものだ」
怜桜と利害一致の婚姻を結んでからというもの、口癖のようになっている「契約ですから」の言葉。
それに対して「とんだ娘を選んだ」と返されるのも日常茶飯事となっているが、そのやり取りをする度に怜桜の眉間に深い皺が刻まれるのを柊詩は気付いていた。ただ何も言われないのを良いことに、見ていないふりを決め込んでいたのだった。
やがて「着替えるから出て行け」とコンちゃんを投げ渡されて部屋を追い出されてしまうと、その足で炊事場に向かう。
「旦那様が起床されました。間もなく朝餉の席に着きます」
「奥様! 今朝もありがとうございます!」
炊事場で働く者たちの間に感激がさざ波のように広がる中、特に感動して柊詩の両手を握るのは、怜桜に長年仕える式神の浅葱であった。
見た目は品の良い妙齢の女性だが元は青女房と呼ばれる女官風のあやかしとのことで、何代も前の天華家の当主に討伐されてからは天華家の式神として仕えているとのことだった。
柊詩が暮らし始めてからは、怜桜の命令で柊詩の世話役と護衛役も担ってくれていた。
辿り着いたのはこの屋敷の主である怜桜の寝室の前。その前に腰を下ろした柊詩は深く息を吸うと、そっと声を掛けたのだった。
「おはようございます、旦那様。朝でございます」
そのまま待つが、部屋の中は変わらずシーンとして物音一つ聞こえなかった。仕方がないというように柊詩が隣の子狐に視線を移すと、主人の意図を汲んだ子狐は「コンッ!」と頼もしい返事をしてくれたのだった。
そして「失礼します」と障子をわずかに開けた瞬間、するりと滑り込むように中に入った子狐に命じたのだった。
「コンちゃん! いつものように旦那様を起こして!」
その言葉が合図となって怜桜の身体に登った子狐ことコンちゃんは、怜桜の顔に向かって蝋燭のような小さな火を吐く。すぐに「あちちちっ……!」と、怜桜が飛び起きたのだった。
「おはようございます。旦那様。朝でございます」
「お前……もっと静かに起こすことはできないのか!!」
寝起きで乱れた寝間着と長い黒髪を整えながら憤慨する怜桜とは対照的に、柊詩は「これが最善の方法ですから」と冷静に返す。
「寝起きの悪い旦那様の朝の支度を手伝うのも妻の務め。普通に起こしても起きないことは最初の数日で学びましたので、コンちゃんに手伝ってもらうことが合理的と判断したまでです」
この屋敷で暮らし始めて半月が経とうとしているが、柊詩と書類上の夫となった怜桜の寝起きの悪さはこの屋敷で働く者たちの悩みの種でもあった。
陰陽師の仕事で毎日夜遅くに帰ってきては、身体を休めるのもほどほどに新しい術式の研究に没頭する。その割に寝起きは悪いので使用人たちが毎朝あの手この手で主人を起こしているという話を聞いたからには、屋敷の女主人となった柊詩が黙って見ていることはできなかった。
今では毎朝の怜桜の世話は柊詩が担うようになり、あれこれ試行した結果としてほとんど無害に近いコンちゃんの火で顔を熱して起こすのが最善の策ということに気付いたのだった。
「その子狐に頼まなくても起床ぐらい一人でできる! 毎朝前髪や枕を焦がされる身にもなってくれ」
「御髪ぐらい私が整えます。寝具の新調も。これも契約ですから」
「……とんだ娘を相手に選んだものだ」
怜桜と利害一致の婚姻を結んでからというもの、口癖のようになっている「契約ですから」の言葉。
それに対して「とんだ娘を選んだ」と返されるのも日常茶飯事となっているが、そのやり取りをする度に怜桜の眉間に深い皺が刻まれるのを柊詩は気付いていた。ただ何も言われないのを良いことに、見ていないふりを決め込んでいたのだった。
やがて「着替えるから出て行け」とコンちゃんを投げ渡されて部屋を追い出されてしまうと、その足で炊事場に向かう。
「旦那様が起床されました。間もなく朝餉の席に着きます」
「奥様! 今朝もありがとうございます!」
炊事場で働く者たちの間に感激がさざ波のように広がる中、特に感動して柊詩の両手を握るのは、怜桜に長年仕える式神の浅葱であった。
見た目は品の良い妙齢の女性だが元は青女房と呼ばれる女官風のあやかしとのことで、何代も前の天華家の当主に討伐されてからは天華家の式神として仕えているとのことだった。
柊詩が暮らし始めてからは、怜桜の命令で柊詩の世話役と護衛役も担ってくれていた。



