あやかしを鎮める契約夫婦ですが、恋だけは禁止です〜陰陽師の契約夫と契る3つの約束事〜

「おふたりはお前に婚約者となる陰陽師さえ見つかれば、すぐにでも独り立ちさせると約束してくれた。お前の養父もお前が良いのなら、相手の陰陽師にこだわりは無いとお言葉をいただいている」
「お師匠様も?」

 いつの間に柊詩の養父である元陰陽師の小倉にまで話を取り付けたのだろう。
 そんな柊詩の疑問が伝わったのか、「ちょうど調べ事があって立ち寄った時にな」と端的に答えてくれる。

「あの方は俺の陰陽師における恩師でもある。『雪消の変』で負った大怪我を機に前線から身を引いたが、それまでは第一線で妖害対策に奔走されていた。『雪消の変』で弱った『菫花の陣』は言うまでもなく、あの時に俺が敷いた代わりの結界にも限界が生じていてな。それの解決策を考えるために、師匠のもとに邪魔したのだ」
「良案は見つかりましたか?」
 
 歩き出した怜桜の後ろを歩きながら尋ねた柊詩の耳に「無い」という即答が返ってくる。

「『菫花の陣』を敷いた初代陰陽師と巫女の記録を読ませてもらったが後半が欠けていた。師匠によれば『雪消の変』の時には失われていたという。『菫花の陣』より強固な結界を敷く方法も不明なままだ」
「それならどうするおつもりですか?」
「そのためのお前だ」
「私……ですか?」

 その時、橙色の秋空に入相の鐘声が響き渡る。
 大神社で働く者や参拝客に時刻を知らせるため定刻になると当番の宮司が鳴らすが、大きな音に吃驚した子狐は柊詩の腕の中でますます丸くなってしまう。
 
「師匠から聞いたぞ。大神社に所属している巫女見習いで未だに婚約者が決まっていないのはお前だけだと」
「……それが何か?」
「そしてこの俺にも巫女の婚約者がいない。だが『菫花の陣』を強化するには結界を張る陰陽師に加えて、巫女の存在が必要不可欠となる。霊力を暴走させないように愛し合わないことを前提に、ただし強力な術の使用を政府に認めてもらうために書類上は夫婦になれる相手がな。ようは定石通りに結界強化の術式を実施するということだ」

 あの「雪消の変」以降、陰陽師が強力な術を使う前には政府から許可を得ることが義務づけられていた。
 陰陽術の使用者は必ず術が暴走した際に止められる者を、保証人として政府に提出しなければならなかった。
 陰陽師や巫女が術を使うのに必要な霊力は人の心の機微と密接しており、それ故に心を取り乱すような出来事が起これば、あっという間に制御が不能となってしまう。それこそ「雪消の変」のように。
 これから怜桜がやろうとしている「菫花の陣」の強化には、怜桜と同等の霊力を持つ巫女が必要となる。
 国を守る大結界の補強の成否は言い換えれば国の命運を握ることを意味し、それは必然的に第一級に相当する強力な術として数えられていた。
 大結界の強化にも政府から許可を得る必要があるが、特級並の霊力を持つ者を止められる者は限られてしまう。それに最適なのが共に大結界の強化を行う巫女であった。
 本来であれば巫女は陰陽師の保証人になれないが一つだけなれる方法があり、それがその陰陽師と夫婦関係になった巫女であった。
 陰陽師と巫女の夫婦がお互いを保証人として国に認められることで、始めて「菫花の陣」の強化が実行できる。
 ただし霊力を暴走させないようにお互いに愛し合わないこと——書類上だけの夫婦関係でいることが条件であった。

「巫女が一人前になる条件の中に、『共に戦う陰陽師を見つけること』というのがあったな。巫女は前線であやかしと戦う陰陽師を護符や結界で補助するのも役目の一つとされている。それがいつからか『婚約者となる陰陽師を見つけること』と、嫁入り先を探すものに変わっていたが」
「詳しいですね。巫女のことに」
「これでも俺にとって都合の良い巫女を探していたんだ。巫女として独り立ちさせることを条件に、俺と書類上の夫婦関係になってくれる女をな」

 異性を虜にする嬌笑が怜桜の顔に浮かんだ瞬間、強引に腕を引かれる。頬に接吻されているような体勢になると、誰にも聞かれないように耳元で囁かれたのだった。

「俺がお前を巫女にさせてやる。その代わりに俺の嫁となれ……売れ残り巫女」

 怜桜の申し出に目を大きく見開いて言葉を失ってしまう。巫女として独り立ちすることは、ずっと願っていたことだった。
 早く一人前の巫女になって育ててくれた養父に恩返ししつつ、どんな状況でもあやかしの魔の手から人を救える巫女になりたいと。
 けれども身分もない孤児にして実力や見た目など特段の秀でたところもない柊詩には叶わない夢だった。そうでもなければ、この歳まで売れ残るわけがない。
 どんなに巫女が実力者であろうと、性格や見目、家柄に難があれば、行く先々で嘲笑に晒されて婚約者である陰陽師の自尊心にも傷が付いてしまう。
 彼らも人間である以上は、誰よりも優れた傑物として周囲から褒め称えられたい。つまるところ陰陽師といえども、所詮は醜聞を気にする気位の高い人間だからである。
 
「つまりそれは契約結婚……ということですか?」
「利害一致の白い結婚と思って構わない。お前の実力も最初から当てにしていない。全ては歴代随一の陰陽師である俺一人でどうにかできる。お前はただ俺が『菫花の陣』を展開する際の保証人になってくれるだけで良い。それさえ済んでしまえば離縁でもなんでもしてやるさ」

 柊詩の心臓がバクバクと激しく音を立てる。
 やっと巡ってきた千載一遇の機会を逃したくない気持ちと、最初から柊詩を当てにしていないことへの不満が混ざった感情が渦を巻く。
 それでも乾いた唇を動かしてどうにか口を開くが、出てきたのは「それだけですか?」の一言だけだった。

「この利害一致の契約結婚について、他に条件はありますか?」
「それを聞くということは、この話を引き受けると考えていいんだな?」

 こくりと頷けば、口角を上げた怜桜が満足そうに微笑む。どんな顔も様になるのは、巫女見習いたちが噂するように美丈夫だからなのか。

「ここでは人目がある。詳しくはうちの屋敷で話そう。心配しなくても師匠からはすでに許可を得ている」
「用意周到ですね。まるでこうなることが分かっていたようで」
「先を読む力も陰陽師として必要な技術だ。表に車を待たせているからついて来い。その子狐もな。今この瞬間からお前はもう一人前の巫女だ。その子狐を式神として連れて来るといい」

 そう言って柊詩を置いてさっさと行く怜桜を小走りで追いかける。
 この青年から三つの決まり事を告げられて、夫婦として書面に名を書くことになるのは、それから数刻後のことであった。

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