「ついに復活したか……」
感嘆したような怜桜の声に顔を上げると、要石は煌々と空色の光を放っていた。
ここに来た時の消え入りそうな淡い光ではなく、どこまでも照らすような強く美しい光だった。
「綺麗……」
「ああ……んっ? なんだこれは?」
要石に触れていた怜桜の手の甲には、菫の花の紋様が浮かび上がっていた。それは柊詩も同じで、怜桜の手の甲に刻まれたものと同じ紋様が要石に添えた手の甲にあったのだった。
「私の手の甲にもありますね。何でしょうか?」
「この『菫花の陣』の正式な守り手に選ばれたということか。どうやら国を守る大結界は俺達を離縁させるつもりは無いらしい」
これまでは怜桜が一人で「菫花の陣」の管理を担っていたが、本来は陰陽師と巫女の夫婦が管理することになっている。
つまりこれが正しい形なのだろう。仮初でもなく一時的でもなく、柊詩まで「菫花の陣」の守り手に選ばれるとは思わなかったが。
「離縁できないって……それじゃあ私達の一時的な結婚は?」
「継続……いや離れるなということか。死が二人を分つまで夫婦関係であるように……『菫花の陣』からのお達しだな」
そして「これじゃあ仕方がないな」と、憑き物が落ちたといった穏やかな顔をした怜桜が振り返る。
「国を守る大結界様からも許されたんだ。この結婚を続けるぞ」
「続けるというのは、契約結婚をですか……?」
「そっちは目的を達成した以上は終いだ。新たに結婚の条件を決める。結婚の期限は『菫花の陣』が続く限り。条件は一つだけ……『生涯添い遂げる』こと。受けてくれるな?」
つまりそれは怜桜からの求婚ということだろうか。耳まで真っ赤になった柊詩がこくりと頷けば、菫の紋様が刻まれた手を取られる。
「お受けいたします、旦那様。誠心誠意、永久に愛します。『菫花の陣』を守る巫女として、旦那様を愛する一人の女として」
「頼りにしている……柊詩」
そして菫花の紋様に口付けを落とされると、柊詩の心臓がバクバクと大きな音を立て始める。
何か言わなければと焦る気持ちがあるものの、何を言えばいいのか分からなくて魚のように口をパクパクさせていると、足元から「コン!」と聞き覚えのある声が聞こえてきたのだった。
「コンちゃん!? 屋敷でお留守番してたんじゃなかったの!?」
柊詩の足に戯れて白い身体を寄せているのは、屋敷に残る浅葱に託したはずの式神のコンちゃんだった。
儀式の間は式神も立ち入り禁止とのことだったので、珍しく同行したがるコンちゃんを断腸の思いで引き離して留守番をさせていた。
「俺たちの帰りが遅いからって、屋敷の奴らがコン子を遣いに出したらしいな」
怜桜が伸ばした手に頭を擦り付ける姿は式神というより、飼い狐のようだった。
一緒に暮らすうちにこのふたりもすっかり仲良しになったらしい。
「コン子……? コン介やコン太郎じゃなくてコン子ですか?」
「何でその辺の小僧みたいな名前なんだよ。コン子と呼ぶべきだろう。雌なんだから」
「コンちゃん、女の子だったの!?」
仰天してまじまじと手の中の子狐を見つめる。意味を理解しているのかいないのか、雪色の毛に覆われたコンちゃんは「コンッ!」と元気に返事したのだった。
コンちゃんが雌だったことに驚きだが、それを怜桜が知っていた理由も気になる。
ただ尋ねようにも「主人なのに知らなかったのかよ」と、呆れた様子で嘲笑されるのはどことなく悔しかった。
やがて大神社の地下から地上に戻れば、いつの間にか夜は明けて早天の白い空に朝陽が昇ろうとしていた。
新しい一日の始まりを告げる大神社の鐘楼が鳴り響くと、鐘声に驚いたコンちゃんが柊詩にしがみついたのだった。
「俺達も帰るか」
「戻ったら、朝餉の用意をいたします」
「……お前は休むことを覚えるべきだ。あまり無理をすると倒れるぞ」
「旦那様に一日の活力となる美味しい朝餉を提供するのも妻の役目。これも夫婦仲が円満であるために必要な『契約』の一つです。旦那様の好みは把握済みです」
「本当にとんだ娘を嫁に選んだものだ。俺の心だけじゃなくて胃袋まで掴んでいるんだからな」
顔を見合わせて自然と微笑みを浮かべると、どちらともなく菫花の刻印が浮かんだ手を伸ばす。
これからは契約ではない。
互いの意思で結ぶ、本当の約束だった。
感嘆したような怜桜の声に顔を上げると、要石は煌々と空色の光を放っていた。
ここに来た時の消え入りそうな淡い光ではなく、どこまでも照らすような強く美しい光だった。
「綺麗……」
「ああ……んっ? なんだこれは?」
要石に触れていた怜桜の手の甲には、菫の花の紋様が浮かび上がっていた。それは柊詩も同じで、怜桜の手の甲に刻まれたものと同じ紋様が要石に添えた手の甲にあったのだった。
「私の手の甲にもありますね。何でしょうか?」
「この『菫花の陣』の正式な守り手に選ばれたということか。どうやら国を守る大結界は俺達を離縁させるつもりは無いらしい」
これまでは怜桜が一人で「菫花の陣」の管理を担っていたが、本来は陰陽師と巫女の夫婦が管理することになっている。
つまりこれが正しい形なのだろう。仮初でもなく一時的でもなく、柊詩まで「菫花の陣」の守り手に選ばれるとは思わなかったが。
「離縁できないって……それじゃあ私達の一時的な結婚は?」
「継続……いや離れるなということか。死が二人を分つまで夫婦関係であるように……『菫花の陣』からのお達しだな」
そして「これじゃあ仕方がないな」と、憑き物が落ちたといった穏やかな顔をした怜桜が振り返る。
「国を守る大結界様からも許されたんだ。この結婚を続けるぞ」
「続けるというのは、契約結婚をですか……?」
「そっちは目的を達成した以上は終いだ。新たに結婚の条件を決める。結婚の期限は『菫花の陣』が続く限り。条件は一つだけ……『生涯添い遂げる』こと。受けてくれるな?」
つまりそれは怜桜からの求婚ということだろうか。耳まで真っ赤になった柊詩がこくりと頷けば、菫の紋様が刻まれた手を取られる。
「お受けいたします、旦那様。誠心誠意、永久に愛します。『菫花の陣』を守る巫女として、旦那様を愛する一人の女として」
「頼りにしている……柊詩」
そして菫花の紋様に口付けを落とされると、柊詩の心臓がバクバクと大きな音を立て始める。
何か言わなければと焦る気持ちがあるものの、何を言えばいいのか分からなくて魚のように口をパクパクさせていると、足元から「コン!」と聞き覚えのある声が聞こえてきたのだった。
「コンちゃん!? 屋敷でお留守番してたんじゃなかったの!?」
柊詩の足に戯れて白い身体を寄せているのは、屋敷に残る浅葱に託したはずの式神のコンちゃんだった。
儀式の間は式神も立ち入り禁止とのことだったので、珍しく同行したがるコンちゃんを断腸の思いで引き離して留守番をさせていた。
「俺たちの帰りが遅いからって、屋敷の奴らがコン子を遣いに出したらしいな」
怜桜が伸ばした手に頭を擦り付ける姿は式神というより、飼い狐のようだった。
一緒に暮らすうちにこのふたりもすっかり仲良しになったらしい。
「コン子……? コン介やコン太郎じゃなくてコン子ですか?」
「何でその辺の小僧みたいな名前なんだよ。コン子と呼ぶべきだろう。雌なんだから」
「コンちゃん、女の子だったの!?」
仰天してまじまじと手の中の子狐を見つめる。意味を理解しているのかいないのか、雪色の毛に覆われたコンちゃんは「コンッ!」と元気に返事したのだった。
コンちゃんが雌だったことに驚きだが、それを怜桜が知っていた理由も気になる。
ただ尋ねようにも「主人なのに知らなかったのかよ」と、呆れた様子で嘲笑されるのはどことなく悔しかった。
やがて大神社の地下から地上に戻れば、いつの間にか夜は明けて早天の白い空に朝陽が昇ろうとしていた。
新しい一日の始まりを告げる大神社の鐘楼が鳴り響くと、鐘声に驚いたコンちゃんが柊詩にしがみついたのだった。
「俺達も帰るか」
「戻ったら、朝餉の用意をいたします」
「……お前は休むことを覚えるべきだ。あまり無理をすると倒れるぞ」
「旦那様に一日の活力となる美味しい朝餉を提供するのも妻の役目。これも夫婦仲が円満であるために必要な『契約』の一つです。旦那様の好みは把握済みです」
「本当にとんだ娘を嫁に選んだものだ。俺の心だけじゃなくて胃袋まで掴んでいるんだからな」
顔を見合わせて自然と微笑みを浮かべると、どちらともなく菫花の刻印が浮かんだ手を伸ばす。
これからは契約ではない。
互いの意思で結ぶ、本当の約束だった。



