「俺はあの『雪消の変』が許せなかった。国を混乱に陥れて、俺の家族や多くの仲間を奪った人災を。だから『菫花の陣』を任された時、巫女なんか必要が無いくらい自分が強くなればいいと思った。それで大神社でいつまでも見習いでいる落ちこぼれの巫女を引き取ったつもりだった」
居心地が悪い様に前髪を掻き上げた怜桜は「それがどうだ」と嘆息する。
「一方的に恩を被せておけば従順に従う都合が良い女と思っていたら、『契約だから』と一点張り。料理の腕前を褒めても護符をくれたことを感謝しても、『契約』以外の言葉を口にしない。どうやったら本心を聞けるのか、そればかり考えて結局俺が翻弄されていた。四六時中お前のことばかり考えて、俺と同じ気持ちであって欲しいと願って……自分から『契約結婚』なんて言いながらとんだ道化だな」
「私はただ自分の本心を知るのが怖かったのです。『契約だから』と理由をつけて自分に言い聞かせないと、旦那様を好きになってしまいそうでした。万が一にも旦那様に知られてしまったら、契約違反で『菫花の陣』の展開日より前に離縁されてしまうのではないかと不安だったのです」
柊詩の言葉にポカンとして固まった怜桜だったが、やがて破顔したのだった。
「……なんだ。もしかして俺たちは同じことで悩んでいたのか? てっきり俺のことが嫌いだから『契約だから』と突っぱねていると思っていたが」
「そんなことありません。でもこれで安心できます。旦那様の御心を知れたので」
「夜が明ける前に、もう一度『菫花の術』を試したい。ついて来てくれるか?」
「はい。喜んでご一緒します」
怜桜が差し出した掌に柊詩が手を重ねた瞬間、お互いの霊力が溢れて触れ合った手から湧き上がる。
まるで風に吹かれた無数の花びらが一斉に空へと舞い上がるかのように。強く澄んだ力が開花する。
霊力の変化に怜桜も気付いたのか、驚嘆したように目を見開いたのだった。
「こんなにも清らかで強い霊力はこれまで感じたことがない。陰陽師のように猛々しいだけでも無ければ、巫女のように清浄なだけでは無い。祓いと癒しの両方を兼ね備えた霊力……例えるなら『菫花の陣』だ」
「とても温かくて心地良いです。まるで春のお日様のよう……」
そんなことを考えてうっとりと夢見心地になっていたからか、自然と柊詩の頬が緩んでしまう。
力強く攻撃的な怜桜の霊力と、弱くも浄化と清澄を兼ねた柊詩の霊力が絡み合って、新たな霊力として生まれたように思えたのだった。
そんな二人を眺めていた小倉だったが、やがて音もなく立ち上がると「行っておいで」と客間の襖を開けてくれる。
「聞きたいことは山ほどあるが、まずは『菫花の陣』を完成させておいで。全て終えた後、そう遠くないうちに顔を出してくれたらいいから」
「ありがとうございます、お師匠様。必ずまた来ます」
「柊詩は本当に良い子だね。天華君、どんな条件を出して契約結婚なんてものをしたのか知らないけど、うちの柊詩を悲しませたら容赦しないからそのつもりでね」
「……肝に銘じます」
見送る小倉に手を振って、柊詩たちは足早に大神社に戻る。
ここに来た時とは違って、手を繋いだ二人の足並みは揃っていた。柊詩の歩幅に怜桜が合わせているのだろう。
祭りの時は置いていかれないように精一杯追いかけていたのが嘘のように歩きやすい。
やがて大神社に着くと、「菫花の陣」と要石のある地下へと再び踏み入れる。不思議と要石の空色の霊力と、小倉の家で感じた柊詩と怜桜の霊力が同じもののような気がしたのだった。
「行くぞ」
「はい」
要石に片手をついた柊詩の手に怜桜も重ねると、揃って祝詞を唱える。
最初とは違って自分の霊力が要石へと流れていくのを肌で感じつつ、祝詞の最後の一文を言い終えた瞬間に要石の霊力が大きく膨れ上がると地面が揺れだす。
足元がふらついて怜桜に肩を引かれたところで、要石が一際大きく霊力を放って空色の光で地下を満たすと、どこからか爽やかで上品な花の香りが漂い出したのだった。
居心地が悪い様に前髪を掻き上げた怜桜は「それがどうだ」と嘆息する。
「一方的に恩を被せておけば従順に従う都合が良い女と思っていたら、『契約だから』と一点張り。料理の腕前を褒めても護符をくれたことを感謝しても、『契約』以外の言葉を口にしない。どうやったら本心を聞けるのか、そればかり考えて結局俺が翻弄されていた。四六時中お前のことばかり考えて、俺と同じ気持ちであって欲しいと願って……自分から『契約結婚』なんて言いながらとんだ道化だな」
「私はただ自分の本心を知るのが怖かったのです。『契約だから』と理由をつけて自分に言い聞かせないと、旦那様を好きになってしまいそうでした。万が一にも旦那様に知られてしまったら、契約違反で『菫花の陣』の展開日より前に離縁されてしまうのではないかと不安だったのです」
柊詩の言葉にポカンとして固まった怜桜だったが、やがて破顔したのだった。
「……なんだ。もしかして俺たちは同じことで悩んでいたのか? てっきり俺のことが嫌いだから『契約だから』と突っぱねていると思っていたが」
「そんなことありません。でもこれで安心できます。旦那様の御心を知れたので」
「夜が明ける前に、もう一度『菫花の術』を試したい。ついて来てくれるか?」
「はい。喜んでご一緒します」
怜桜が差し出した掌に柊詩が手を重ねた瞬間、お互いの霊力が溢れて触れ合った手から湧き上がる。
まるで風に吹かれた無数の花びらが一斉に空へと舞い上がるかのように。強く澄んだ力が開花する。
霊力の変化に怜桜も気付いたのか、驚嘆したように目を見開いたのだった。
「こんなにも清らかで強い霊力はこれまで感じたことがない。陰陽師のように猛々しいだけでも無ければ、巫女のように清浄なだけでは無い。祓いと癒しの両方を兼ね備えた霊力……例えるなら『菫花の陣』だ」
「とても温かくて心地良いです。まるで春のお日様のよう……」
そんなことを考えてうっとりと夢見心地になっていたからか、自然と柊詩の頬が緩んでしまう。
力強く攻撃的な怜桜の霊力と、弱くも浄化と清澄を兼ねた柊詩の霊力が絡み合って、新たな霊力として生まれたように思えたのだった。
そんな二人を眺めていた小倉だったが、やがて音もなく立ち上がると「行っておいで」と客間の襖を開けてくれる。
「聞きたいことは山ほどあるが、まずは『菫花の陣』を完成させておいで。全て終えた後、そう遠くないうちに顔を出してくれたらいいから」
「ありがとうございます、お師匠様。必ずまた来ます」
「柊詩は本当に良い子だね。天華君、どんな条件を出して契約結婚なんてものをしたのか知らないけど、うちの柊詩を悲しませたら容赦しないからそのつもりでね」
「……肝に銘じます」
見送る小倉に手を振って、柊詩たちは足早に大神社に戻る。
ここに来た時とは違って、手を繋いだ二人の足並みは揃っていた。柊詩の歩幅に怜桜が合わせているのだろう。
祭りの時は置いていかれないように精一杯追いかけていたのが嘘のように歩きやすい。
やがて大神社に着くと、「菫花の陣」と要石のある地下へと再び踏み入れる。不思議と要石の空色の霊力と、小倉の家で感じた柊詩と怜桜の霊力が同じもののような気がしたのだった。
「行くぞ」
「はい」
要石に片手をついた柊詩の手に怜桜も重ねると、揃って祝詞を唱える。
最初とは違って自分の霊力が要石へと流れていくのを肌で感じつつ、祝詞の最後の一文を言い終えた瞬間に要石の霊力が大きく膨れ上がると地面が揺れだす。
足元がふらついて怜桜に肩を引かれたところで、要石が一際大きく霊力を放って空色の光で地下を満たすと、どこからか爽やかで上品な花の香りが漂い出したのだった。



