あやかしを鎮める契約夫婦ですが、恋だけは禁止です〜陰陽師の契約夫と契る3つの約束事〜

 迎えた「菫花の陣」の強化日。
 この日の柊詩は朝から緊張で落ち着かなかった。

(これが終わったら、旦那様と離縁するのね……)

 契約結婚を提案された時は巫女として独り立ちするためだけに話に乗ったはずが、あの祭りの日をきっかけに怜桜のことが気になって仕方なかった。
 老婆に言われて貸してくれた怜桜の逞しい腕、柊詩を守って怪我を負った身体。暇な時はコンちゃんの遊び相手にもなってくれるが、その時は年相応の微笑を浮かべる。
 今日を終えたらもう怜桜と任務以外で顔を合わせることも、笑顔を見ることも無いと考えるほどに気持ちが沈んでしまう。
 いつの間にか怜桜の存在は当たり前になっていたらしい。自分でも変わり様に驚いたくらいである。
 それでも日が暮れて外が宵闇に包まれると、柊詩は怜桜と揃って屋敷を出発していた。
 やがて月が沈みかける頃に辿り着いたのは、「菫花の陣」とその要石のある大神社の地下だった。

「……始めるぞ」

 心の準備が整ったところで、怜桜に声を掛けられてこくりとうなずく。
 唯一の光源だった燭台の火を怜桜が消してしまうと、霊力を帯びる要石の空色の淡い光が地下を満たす。
 手順は怜桜から教わっていた。「菫花の陣」の源である要石に夫婦で触れて、同時に祝詞を捧げて霊力を注ぐ。
 成功すれば要石は光を増して、「菫花の陣」は強化されて元の大結界へと元通りになるのだった。
 事前に怜桜からは「全て俺に合わせるだけでいい。霊力は俺だけで事足りる」と言われたので、要石に手を添えた怜桜を真似して柊詩も触れる。
 冷たく硬質な石の感触を掌に感じつつ両目を閉じると、怜桜に合わせて祝詞を奏上したのだった。

「この国を守りし天上の神々に申す。我は『菫花の陣』の守り人なり……」

 祝詞を紡ぐほどに、要石は怜桜の霊力を吸収して力を増していく。やがて祝詞を全て唱えるが、隣から聞こえた「そんな馬鹿な……」と動揺する言葉に耳を疑った。

「儀式は成功したのに、なぜ『菫花の陣』は元に戻らない……」

 その言葉で柊詩も要石を凝視するが、怜桜が言うように要石はここに来た時から何も変わりなかった。
 祝詞は間違っておらず、怜桜の霊力も確実に要石に注がれた。
 それなら何が違う? どこを間違えた?
 儀式の方法と怜桜に間違いが無いとしたら、考えられる原因は一つだけ——柊詩しかあり得ない。
 すぐに柊詩は頭を下げると、「申し訳ございません!」と謝罪する。

「私が至らぬばかりに、儀式を失敗させてしまいました……」
「……お前が原因だと考える理由は何だ?」
「そっ、それは……旦那様に落ち度は無く、儀式の手順にも問題が無かったからです……」
「つまりお前がしくじったから、儀式は成功しなかったと言いたいんだな? どこをどう間違えた?」

 詰問する怜桜から目を逸らして失敗した原因を考えるが、頭の中がグルグルと回るばかりで何も思い付かない。
 結局真っ青になった柊詩の口から出たのは、「分かりません」の一言だけであった。