「必要ない。これくらい掠り傷だ」
「それでも見せてください。穢れで傷が膿んでしまうかもしれません」
細かい傷はいくつかあるが、特に酷いのは柊詩を庇って受けた肩口の傷であった。裂けた着物を開いて傷口を確かめたところで、「あれ?」と呟く。
出血こそ多いものの、怪我は浅く治りかけていたのだった。
「怪我がこれだけ?」
「これのおかげだろうな」
怜桜が取り出したのは、柊詩が半ば強引に渡した護符の残骸だった。役目を終えた護符は焦げて燃え殻を残す程度だったが、それも空気に触れた途端に二人の前から消えてしまう。
「礼を言う……さっきは不要と言って悪かった」
風に掻き消えるような囁き声だったが、それでも柊詩への感謝がこもっていた。巫女として、怜桜の契約妻として、ようやく役に立てた喜びに胸が震える。
そういった歓喜を飲み込むと、「いいえ」と答えたのだった。
「これも巫女としての務め。それに……契約ですから」
その一言に何を思ったのか、怜桜は静かに目を閉じると大きく息を吐き出す。
何も話さなくなった怜桜の様子は気になるが、その間に柊詩は肩口の傷に布を巻いて応急処置を施したのだった。
「心配……したか? 俺が怪我を負った時に」
「は、はい……庇っていただきましたし、それに『菫花の陣』までは旦那様の身に何かあっては心配ですから」
「それも『契約だから』か?」
「それは……」
いつもなら「はい」と答えただろう。ただ今はその言葉が喉の奥でつっかえたように出てこない。まだ戦いの余韻が覚めていないからだろうか。
だからといってここで「違う」と答えることは、最初に提示された契約結婚の条件を違反してしまわないか不安になる。
三つの条件のひとつである「恋をしたら即離婚」に。
怜桜に気があると思われて離縁されてしまわないか。
迷いつつも柊詩はおずおずと答えたのだった。
「旦那様が私を巫女にしてくれました。そんな恩人である旦那様がお怪我をなさるのは……嫌です」
「そうか……」
何を期待したのだろうか。端的に返した怜桜に気持ちが萎んでしまう。
「『菫花の陣』の強化を終えて、この関係を解消しても……巫女が必要な時は呼んでやる。それくらいの実力があることは分かったからな」
「ありがとうございます」
柊詩は社交辞令のように頭を下げたが、内心では巫女を頼らない怜桜に認められた感動で天にも昇る心地になっていた。
それ以上にこの契約結婚を解消した後も、怜桜と会う口実ができたことが嬉しくて頬が緩みそうになる。
そんな話をしていると、「ご歓談中に恐れ入ります」と一人の巫女が現れる。
「先程大神社から天華様に急ぎの文が届きましたので、お渡しいたします」
「こんな時に大神社から? 確認しよう」
一礼した巫女が去るのと同時に文に目を通した怜桜は、無言のままそれを柊詩に押し付けると立ち上がってしまう。
状況についていけない柊詩だったが、背を向けた怜桜の言葉に息を呑んだのだった。
「『菫花の陣』の展開の日取りが決まった。十日後の残夜に行う」
「それでも見せてください。穢れで傷が膿んでしまうかもしれません」
細かい傷はいくつかあるが、特に酷いのは柊詩を庇って受けた肩口の傷であった。裂けた着物を開いて傷口を確かめたところで、「あれ?」と呟く。
出血こそ多いものの、怪我は浅く治りかけていたのだった。
「怪我がこれだけ?」
「これのおかげだろうな」
怜桜が取り出したのは、柊詩が半ば強引に渡した護符の残骸だった。役目を終えた護符は焦げて燃え殻を残す程度だったが、それも空気に触れた途端に二人の前から消えてしまう。
「礼を言う……さっきは不要と言って悪かった」
風に掻き消えるような囁き声だったが、それでも柊詩への感謝がこもっていた。巫女として、怜桜の契約妻として、ようやく役に立てた喜びに胸が震える。
そういった歓喜を飲み込むと、「いいえ」と答えたのだった。
「これも巫女としての務め。それに……契約ですから」
その一言に何を思ったのか、怜桜は静かに目を閉じると大きく息を吐き出す。
何も話さなくなった怜桜の様子は気になるが、その間に柊詩は肩口の傷に布を巻いて応急処置を施したのだった。
「心配……したか? 俺が怪我を負った時に」
「は、はい……庇っていただきましたし、それに『菫花の陣』までは旦那様の身に何かあっては心配ですから」
「それも『契約だから』か?」
「それは……」
いつもなら「はい」と答えただろう。ただ今はその言葉が喉の奥でつっかえたように出てこない。まだ戦いの余韻が覚めていないからだろうか。
だからといってここで「違う」と答えることは、最初に提示された契約結婚の条件を違反してしまわないか不安になる。
三つの条件のひとつである「恋をしたら即離婚」に。
怜桜に気があると思われて離縁されてしまわないか。
迷いつつも柊詩はおずおずと答えたのだった。
「旦那様が私を巫女にしてくれました。そんな恩人である旦那様がお怪我をなさるのは……嫌です」
「そうか……」
何を期待したのだろうか。端的に返した怜桜に気持ちが萎んでしまう。
「『菫花の陣』の強化を終えて、この関係を解消しても……巫女が必要な時は呼んでやる。それくらいの実力があることは分かったからな」
「ありがとうございます」
柊詩は社交辞令のように頭を下げたが、内心では巫女を頼らない怜桜に認められた感動で天にも昇る心地になっていた。
それ以上にこの契約結婚を解消した後も、怜桜と会う口実ができたことが嬉しくて頬が緩みそうになる。
そんな話をしていると、「ご歓談中に恐れ入ります」と一人の巫女が現れる。
「先程大神社から天華様に急ぎの文が届きましたので、お渡しいたします」
「こんな時に大神社から? 確認しよう」
一礼した巫女が去るのと同時に文に目を通した怜桜は、無言のままそれを柊詩に押し付けると立ち上がってしまう。
状況についていけない柊詩だったが、背を向けた怜桜の言葉に息を呑んだのだった。
「『菫花の陣』の展開の日取りが決まった。十日後の残夜に行う」



