あやかしを鎮める契約夫婦ですが、恋だけは禁止です〜陰陽師の契約夫と契る3つの約束事〜

「きゃあっ……!?」
「伏せろっ!!」

 傍らの怜桜に庇われる形で地面に転がった柊詩の鼻が風に含まれた血の臭いを嗅ぎ取る。
 それが柊詩の代わりに攻撃を受けた怜桜の肩口から流れるもので、着物の袖が大きく裂けて血に染まっていたのを目の当たりにした途端に顔から血の気が引いたのだった。

「旦那様っ!?」
「こんなの擦り傷だ……俺よりあやかしに集中しろ。コイツら、あやかしのくせして群れを成している……俺たちが見つけたのは囮だ」

 どうやら柊詩たちが祭り会場で見つけたのは、この犬型あやかしの群れの一体だったようで、この古い蔵までおびき寄せるのが目的だったらしい。

「あやかしが群れを作るなんて、聞いたことありません……!」
「それだけ『菫花の陣』が弱っているってことだ……」
 
 鬼や天狗などの上級あやかしは別として、基本的に低級のあやかしは単独で行動する。
 本能のままに人の負の感情や穢れを食べてやがて人を脅かす脅威となるが、そうなる前に祓うのが柊詩たち巫女と怜桜たち陰陽師の役目であった。
 しかしこの犬型のあやかしたちは集団で生活する獣と同じように頭領となる一頭を決めて、その頭領のもとで統制を取って陰陽師や巫女の目を掻い潜って生きてきたのだろう。
 柊詩を襲った犬型のあやかしの咆哮を合図に同じ姿をしたあやかしたちが現れ、いつの間にか柊詩たちは囲まれていたのだった。

「全員怯むな! ここで殲滅する!」
 
 怪我を負いながらも戦いの場に戻った怜桜に加えて他の陰陽師と巫女は各々霊力を帯びた刀や符、巫女鈴で応戦するが、柊詩たちを上回る数の多さに加えて、動きが速い犬型あやかしたちを捕らえるのに苦戦しているようだった。

(何か……私も何かしないと……)

 このまま足手まといになりたくないと周囲を見渡した柊詩は、この混戦から離れた場所で戦いを眺める笹丘を見つけて瞠目する。
 柊詩一人で犬型あやかしを祓うのは難しいが、笹丘の手を借りればできるかもしれない。
 一縷の望みに賭けて柊詩は駆け出したのだった。

「笹丘様!」
「おいっ! 行くな……っ!!」

 怜桜の制止を振り切り、もつれそうになる足を動かして辿り着いた柊詩だったが、鋭い刃のように柊詩を睨む笹丘の手にはあやかしと同じ黒い靄を纏った霊符が握られていた。

「笹丘様。その霊符は……?」
「あんたが悪いのよ。売れ残りの分際で天華様と結婚なんてして、名門家出身の私の顔に泥を塗るから……」

 笹丘に突き飛ばされた柊詩だったが、身構えていなかったこともあってその場に尻餅をついてしまう。
 気付いた時には黒い靄を纏った霊符が柊詩の肩に貼り付いており、笹丘が唱えた詞に合わせて犬型あやかしたちが一斉に柊詩に目を向けたのだった。

「その霊符はあやかしを呼び寄せるものなの。本来は隠れているあやかしをおびき出す時に使うものなんだけど、どさくさに紛れてあんたがあやかしたちに襲われたって分からないわよね」
「そんなっ……!」
 
 グルルルッ……と唸り声が近くで聞こえれば、今にも柊詩に飛び掛かろうと犬型あやかしたちが体勢を整えているところだった。
 他の陰陽師と巫女たちは状況についていけず、当の怜桜でさえ信じられないというように目を丸くしたのだった。

「ああ……」

 膝がガクガクと震えて抑えられない。懐から護符を取り出そうにも指先に力が入らず、何度も指から滑り落ちてしまう。
 そうしてもたついている間に、あやかしたちは大きく跳躍すると荒い息を吐きながら柊詩に向かってきたのだった。

(もう駄目……)
 
 目尻に涙を溜めてなす術なくあやかしたちを眺めていたところで、月明かりを受けた刃の一閃が空気を震わせて柊詩の目の前に現れる。

「滅!」

 風圧で舞い上がる長い黒髪と切り裂かれた紺色の着物、そして微かに漂う血の臭い。
 頬や手足に細かな引っ掻き傷を受けながらも、柊詩を背に庇ってあやかしたちを斬り捨てたのは満身創痍の怜桜であった。