あやかしを鎮める契約夫婦ですが、恋だけは禁止です〜陰陽師の契約夫と契る3つの約束事〜

(こればかりは仕方ないよね……)

 怜桜の後ろを歩きながら、柊詩は斜め前に目線を移す。怜桜の隣にいるのは笹丘であった。

「先日は失礼いたしました。天華家の怜桜様の任務に同行できて感激ですぅ!」
「……そうか」

 先程から猫撫で声で怜桜に媚びを売る笹丘に対して、怜桜はほぼ無視して周囲の警戒に当たっていると言っていい。柊詩も他の陰陽師や巫女たちに倣ってあやかしが紛れ込んでいないか気配を探ることに注力するが、どうしても目の前の笹丘と怜桜の様子が気になって集中が途切れてしまう。
 各自の実力や相性の良さを考慮して陰陽師と巫女を二組に分けた場合、新米巫女の柊詩は陰陽師で随一の実力者である怜桜と組まされる。夫婦関係であることも踏まえれば問題無いのだが、見習い巫女の笹丘までこっちに来てしまったのは予想外だった。
 柊詩の意図を汲んだ怜桜が小千谷に笹丘を頼もうとしたが、「実力派の陰陽師として名高い怜桜と組んで巫女の役割を学びたい!」と言って聞かなかった。
 小千谷たちが説得しても考えを変えず、また巫女の名家の娘という笹丘に強く言うこともできないまま話が平行線を辿ると、これ以上は時間の無駄と判断したのか怜桜は柊詩と共に自分が指揮する班に入れたのだった。

「普段の任務もこんな感じで、奥様も同行されるんですか?」
「いや。俺一人で向かうが」
「え~! そんなのあり得ません! 怜桜様がおひとりで戦うなんて。怜桜様の奥様は何をされているのかしら」

 おそらくどこからか怜桜が伴侶となった巫女の柊詩を連れ歩かない話を聞いたのだろう。
 こちらとしては「一人で構わん」という怜桜の言葉に従っているだけであって拒否したわけではないのだが、悪意ある笹丘の言葉にどこか釈然としない。
 浅葱がしてくれた話では、以前から怜桜は巫女の力に頼らずに単独で任務を遂行しているとのことだったので、柊詩が頼りないから連れて行かないというよりは、元々巫女の助力を必要としていないのだろう。
  よほどの強敵相手でない限りは巫女を頼らないのかもしれない。
 そんなことを考えていると、人混みの向こうにほんの一瞬だけ黒い靄が揺らめく。
 あやかし特有の穢れを纏った靄だと気付いたところで、怜桜も同じものを見つけたのだろう。無言で片手を挙げると、笹丘を除いた陰陽師と巫女たちの間に緊張が走ったのだった。

「……行くぞ」

 怜桜の言葉で祭りの喧騒の中へと歩みを進めた一行だったがあやかしも柊詩たちの姿に気付いたか、屋台と屋台の間へ溶け込むように消えてしまう。

「取り逃がすな。このまま追うぞ」

 怜桜が低く告げて颯爽と人を避けながらあやかしが消えた屋台の間へと向かい、陰陽師と巫女たちもその後に続く。柊詩も追い掛けるが、途中で笹丘の姿が見えないことに気付いてしまう。
 笹丘のことは気になるが、今はあやかしの討伐を優先するべきだと考え直すと、前方の黒い靄を追跡したのだった。

「右へ曲がりました」

 巫女の指示で柊詩たちは祭囃子や赤提灯の光が届かない鬱蒼とした木々の間へと入る。
 先の見えない闇に警戒を強めつつ、やがて天頂に月が昇る頃に古びた蔵を見つけると、その前でゆっくりと犬ほどの大きさに形を変え始める黒い靄の姿を捉えたのだった。

「人の気を喰っているな」
 
 実体を伴わないあやかしということは低級から中級までのあやかしだろうが、それにしては全身から漂う瘴気が濃い。祭りの熱気や人が放つ邪気を吸ったのだろうか。
 怜桜が霊力を込めた霊符を取り出した途端に、あやかしの赤い眼がギラギラと釣り上がる。
 一触即発の空気にこれが初任務の柊詩は胃がひっくり返りそうになったが、怜桜の「ここで祓うぞ」が覚悟を決めさせた。

「このまま放置すれば力を増す。多くの市民を巻き込む前に全て片付ける……無理に出るな。怖いならそこで待機していろ」

 最後の言葉が恐怖で身体を強張らせた柊詩に向けられたものだと気付くが、すぐに首を振ると「いいえ」と自分を奮い立たせるように怜桜の隣へと踏み出す。

「私も巫女です。あやかしから多くの市民を守るのが私の務め。旦那様や皆さんと戦います」
「……とんだ娘を嫁に迎えたものだ」

 満足そうに笑った怜桜は祓い詞を唱えながらあやかしの懐に入ると、指先に挟んでいた符を飛ばす。

「封!」
 
 血のように濁った赤々しい両眼と低いうなり声に怯みかけるが、あやかしが地を蹴った次の瞬間には「旦那様」と柊詩が結界を展開する。
 怜桜を中心に清浄な結界が広がり、巫女の一人が巫女鈴を鳴らして援護してくれた。澄み切った軽やかな音色が響く中で犬型あやかしは柊詩の結界に阻まれて地に転がり、すかさず他の陰陽師が術を使って捕縛してくれたのだった。

「終わったの……?」
「造作もないな。さっさと浄化するか」
 
 呆気ない討伐に油断していたのだろう。暗がりから飛び出してきたもう一体の犬型あやかしへの反応が遅れた。
 柊詩が気付いた時には目前に迫っており、護符を構える暇さえ無かったのだった。