「お父さん、明日の夜ごはん何がいいと思います?」
「…寒くなってきたし、豚汁とかでもいいんじゃないか」
「そうですね。そうしましょうかね」
昔吸っていたタバコもあって、肺炎になりがちのお父さん。若い頃はタクシー運転手で仕事中に詐欺を見抜いて表彰されたり、日曜大工が得意で家周りのものは何でも作ったり、そんなお父さんも80を過ぎた今、杖をついて酸素のチューブを鼻につけている。
「くるみはどうするんだろうねぇ」
「大学に行きたいみたいですよ」
「おう、そうか」
あの厳しかったお父さんも、孫のこととなると途端に甘くなる。毎週日曜日は、娘家族と一緒に夕食をとる。この前まで小さな赤ん坊だったのに、気づけば音読の宿題をするから聞いていてと走ってくる。そんな孫ん子がかわいくて、つい甘やかして娘に怒られるのだけど。
「くるみさん、おやつにしようか。じいじ、呼んできて」
「わかった!」
そう言って、畑へと裸足で走っていく姿がかわいくて、10時のチャイムを聞きながら熱いお茶とお菓子を食べる。よく泊まりに来る孫はかわいくて、でも元気すぎて帰ると少し疲れてしまう。それでも、庭にござをひいてどこからか持ってきたタンポポを茶色い瓶に入れておままごとをするその姿がとても愛おしい。
「ばあば、くるみね、運動会でね、旗持つんだよ!」
「そうね、すごいね」
まん丸の瞳でまっすぐにこちらを見ながら一生懸命話している。娘家族は共働きで、日中は学校が早く終わるとどうしても面倒を見る人が必要になる。とてもいい子で優しい子だと自分の孫ながら誇らしく思う。
「お父さん、くるみさんが来てくれましたよ」
あんなに小さかったあの子がいつの間にか私よりも大きくなって、お顔もいつの間にか、ずいぶんと大人びて、自分の歳を嫌でも実感してしまう。声を押し殺しながら布団に横たわるお父さんの手を握っているくるみを見て、やっと息ができたように感じた。ただでさえバタバタで、病院にも入れなくて、心配で、心配で。でも、電話がかかってきたときに返事をする自分の声がずっと落ち着いていて、まるで自分ではない誰かがしゃべっているようで。
二人を見ながら初めてお線香の匂いが鼻についた。何をするのも手続きが必要で、お金が必要で、連絡も対応も、私がしっかりしなくてはと気づけばお父さんと向き合えていなかった。
久しぶりに会えた二人はどんな話をしているのだろう。
いま、目の前でお父さんがずっと気にかけていた可愛い孫がそばにいますよ。

