アリスは醒めない夢をみる。





水色の可愛らしいアリスモチーフのワンピースを着ていたのは、つい先程までの話。
私が今着せられているのは、女王様の趣味全開の真っ赤で豪華絢爛な派手すぎるワンピースだ。

そんな私を鏡で見た時は、驚くほど似合っていなかったので、着ることを全力で拒否したが、それが叶うことはなかった。

ここでの女王様は、絶対の存在で逆らうことなど許されない、逆らえばそれはすなわち死刑、首をはねられることを意味すると、血相を変えたメイドさんに必死に訴えられ、渋々諦めるしかなかったのだ。

さすがに死にたくはないので。



「なるほど。白ウサギの行方ね…」



絶対的な女王様なら知っているのではないかと、一緒に狂気のクロッケー大会に向かう途中で女王様に白ウサギの居場所を聞いてみる。
すると少し考えてから女王様はこう言った。



「残念だけれど、私にもわからないわ。アレはいつも気まぐれで同じ所に留まらないの。招待状を出そうにも出せないのが現状なのよ」

「そうなんだ…」



眉をひそめて答えた女王様を見てガクッと肩を落とす。

女王様でもわからないって白ウサギは一体何者なの?



「落ち込まないで!アリス!白ウサギは招待していなくても、たまにこちらに顔を出したりするわ!今はクロッケー大会だし、もしかしたらこちらに来るかもしれないわよ!」



肩を落とす私の様子を見て、女王様が元気付けようと慌ててこちらに笑顔を向ける。

その姿は気品がある美しい女性なのに、慌てているものだから、ものすごく可愛らしく見えた。

小さいマスコットにして持ち運びたい。



「ありがとう、女王様」

「いいのよ、アリスの為だもの」



そんな女王様にニッコリ笑えば、女王様も安心したかのように、私に柔らかく微笑む。
そして…



「けれどアリス?もし白ウサギがクロッケー大会に現れなかったらどうするつもりなのかしら?また探しに行ってしまうの?」



と、笑みを深めて女王様はそう言った。



「…っ」



ゾクッとその笑顔になぜか恐怖を感じてしまい、すぐに言葉が出ない。
優しい笑みのはずなのに、その瞳の奥の感情が全く見えず、どこか冷たく感じてしまう自分がいる。



「……っ、も、もちろん、探しに行くよ、白ウサギには聞きたいことがたくさんあるから」



それでも何とか言葉を絞り出して私は女王様を見つめた。
だが、この絞り出した言葉が〝間違い〟だったことを、すぐに思い知ることとなる。



「ダメよ、アリス。貴方は私のものよ。私から離れることは決して許さない。例えアリスでも私から離れると言うのなら首をはねるからね?」

「……っ!」



先程も恐怖を感じたあの笑顔で女王様が私の首を優しく撫でる。

この人ならきっとやる。
私が離れようものなら一切の迷いなく私の首をはねる。



「じょ、冗談!冗談だよ!女王様!」



恐怖心をぐっと耐えて、私は何とか女王様に笑いかける。



「フフッ、冗談でもそんなこともう言わないでちょうだい。いいわね、アリス」



するとそんな私を見て、女王様はあの恐怖の微笑みを崩すことなく、私に微笑んできた。

まさに恐怖の微笑。
もうやめてほしい。

だが、ここにずっといることになると、元の世界には当然帰れないし、せっかく面白い世界に来ているのに冒険することすらできない。

そして何よりも白ウサギに会うことができない。
それだけは何としても避けたい。

逃げるならきっと狂気のクロッケー大会中だろう。

1人で逃げるより帽子屋たちに協力してもらう方がずっと効率よく、確実に逃げられるはずだ。

女王様と狂気のクロッケー大会に向かいながら、私は逃走方法を黙々と考え始めた。



*****



『クソ大会だ!ボールはハリネズミだし、クラブはフラミンゴだし、アーチはトランプ兵だし!』



これは昨日三月ウサギがクロッケー大会について私に教えてくれた言葉だ。
今目の前に広がる光景がまさにそれで。

手に持たされているのは、鮮やかなピンクのフラミンゴ。
そこに転がっているのは、ブルブル震えながら丸くなっているハリネズミ。
そして当たり前のように両手をついて四つん這いになっているたくさんのトランプ兵。

まさに狂気。

だが、フラミンゴもハリネズミもチェシャ猫たちのように人間の姿ではなかったので、それだけが唯一の救いだった。

いや、動物でも充分狂っているんだけど。
こんなのフィクションだから面白いんだよ。



「ようこそ、私のクロッケー大会へ。今日は存分に楽しみましょう」



女王様が挨拶をすると周りからパチパチと拍手が起こる。

クロッケー大会の庭には、帽子屋たち以外にも、貴族のようなきらびやかな格好をした人たちが数十名ほどいた。
そこに白ウサギの姿はない。



「では私から」



白ウサギの姿を探す私などよそに、女王様が大きく、クラブという名のフラミンゴを振り上げる。



ボコッ

「「……っ!」」



鈍い音と共に思いっきりぶつかったフラミンゴとハリネズミは、痛みに表情を歪ませながらも、必死に声を押し殺していた。
そんなフラミンゴとぶつかり、転がり始めたハリネズミは、コロコロとトランプ兵のアーチの元へ転がっていった。



「素晴らしい」

「さすが女王様だ」



それを見て、どう考えてもそんなことを言っている場合ではないのに、この会場の人達は気が狂っているのか、パチパチと鳴りやまぬ拍手をし、女王様をこれでもかというほど称える。

おかしい。
やっぱり、こんなことおかしい!



「落ち着いて、アリス」

「…っ!帽子屋!」



今にもクロッケー大会に乱入し、暴れ出しそうになっていた私を、いつの間にか傍にいた帽子屋が左手でそっと制止した。



「ハートの女王はここでは絶対、誰も逆らうことを許されない。死にたくはないだろう?」

「で、でも……っ」

「気持ちは私も痛いほどわかる。だが、三月ウサギも必死に堪えているんだ。だから堪えて」



なかなか引こうとしない私を落ち着かせようと、帽子屋はゆっくりと前を見据えたまま私に声をかけ続け、最後に三月ウサギの方へと視線を移す。
私も帽子屋に釣られる形で、三月ウサギの方へ視線を移した。

するとそこには…



「……クソっ」

「まぁまぁ落ち着いて、三月。ムカつくのはわかるけどさ。ククッ、てかまだ寝てるの、ヤマネ」



怒りでわなわな震える三月ウサギを、宥める気があるのかないのか分からない笑顔で一応形だけ声をかけているチェシャ猫と、何故か先ほどまで三月ウサギに担がれていたはずなのに地面に転がって眠っているヤマネの姿があった。

状況的にヤマネは怒り狂った三月ウサギに投げられたのだろう。

それでも眠り続けるヤマネ、凄すぎ。



「みんな思っていることは同じだ。だけど耐えるしかないんだ」

「でも私たちが耐えたってあの子たちは怪我をするし、最悪死んでしまうんだよ?確かに女王様は絶対かもしれないけど、所詮一人なんだから、みんなで向かえば怖くない、絶対なんかじゃない」



耐えるしかないと言っている割に、帽子屋はやけに冷静でまるでこんなことに慣れているかのような口ぶりだ。
だから私は納得いかなくて帽子屋の言葉に反論する。

すると…



「おかしなことを言うね、アリス。怪我をしても死んでもいいじゃないか。彼らはクロッケー大会の時はいつもそうだよ?」



と、おかしなものを見るかのように帽子屋が私を見つめてきた。