アリスは醒めない夢をみる。




1日の終わりには当然のように太陽が沈み、辺り一面が闇と静寂に支配される。
この世界だってそうだ。

ここはお茶会をしていた庭のお屋敷、帽子屋屋敷の数ある客室の中の1つである、豪華なお部屋。

あの後、長い本当にながーいお茶会を明日のために終えた私たちは、各々何故か用意されていた部屋へと案内されていた。
そのことを疑問に思い、何故なのかと聞くと、帽子屋曰く「客人は毎日のようにいるからね。慣れているのさ」とのこと。
その後、三月ウサギとヤマネに視線を移していたので、おそらく〝毎日〟のお客様は三月ウサギとヤマネのことなのだと察した。



「はぁー。疲れた!」



用意されていたふわふわのベッドに私は体を沈める。

今日1日だけで本当にたくさんのことがあった。

まずは、喋る白ウサギが現れて、大きな穴に入って。
EATMEセットで体が大きくなったり、小さくなったり。
意地悪なチェシャ猫、お茶狂の帽子屋、乱暴な三月ウサギに、眠り続けるヤマネ。

今日起きたことは、どれもヘンテコでおかしなことばかりだったが、まるであの不思議の国のアリスのアリスになり、絵本の世界を冒険しているようで楽しかった。


明日は何が起きるのだろう。
絵本と同じなら、明日はトランプ兵やハートの女王に会うことになるし、クロッケーの試合にも参加できる。

だが、狂気のクロッケー大会は阻止しなければ。
阻止する代わりにちゃんとしたクロッケーができるように私がきちんと教えよう。
そしてみんなでクロッケーを楽しむんだ…。



「……うん、なかなか、……いい」



私は明日のことを考えながらも、ふわふわと襲いかかってくる眠気と戦い始めた。

ーーーーーー白ウサギに会えたら必ず帰り方も聞かなくては。




ーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーー

ーーーーーー




「嫌っ!痛いっ!」



座り込む私の白く長い髪をグッと掴まれ、乱暴に上へと引っ張られる。
それによって走る痛みに、私から悲鳴にも似た声が発せられ、この空間に響いた。



「はっ、離して!」



頭皮と髪の境目が引き裂かれそうだ。

だが、どんなに痛くても、実際にはなかなか引き裂かれることはなく、たくさんの髪と一緒に私は強制的に上へと向けさせられた。



「気持ちが悪い」「何でそんな色なの?」「普通じゃない」「化け物」「近寄るな」「こっち見んな」「お前なんて生まれて来なければよかったのに」



気がつけば私の周りには、たくさんの人が私に悪意に満ちた言葉をぶつける。

終わらない言葉の暴力。
心も体も痛くて痛くて苦しい。

抵抗しようともがいても、たくさんの人に押さえつけられ、掴まれる私にはなんの力もなくて。
ただただその暴力を無力にも全て受けることしかできない。

だから私はただ祈ることしかできなかった。


あぁ、お願い。
夢なら早く覚めて。

誰か私をここから連れ出して。



ーーーーーーー

ーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーー




「ブッサイクな寝顔だね」

「……っ!」



仰向けで寝ていた私の上に、いつの間にか現れた白いうさ耳を生やした美少年がバカにしたように私に微笑み、私の頬の涙を拭う。


ゆ、夢だったんだ。


最悪な夢だった。
いや、あれは悪夢だった。
だが、この美少年が声をかけてくれたおかげで、私はあれ以上辛い目に遭わずに済んだ………て。



「ええ!?どちら様!?」



悪夢から解放された安堵で、少しばかり驚くタイミングが遅れてしまったが、何故か寝る時にはいなかった美少年の姿に驚きで大きな声が出てしまう。



「アリスの目は節穴ぁ?見てわからないかなぁ?」



そんな私の様子を見て、美少年は小馬鹿にしたようにこちらを見てきた。

ちなみに未だに美少年の位置は私の上、つまり、寝ている私に跨がっている何とも不思議な位置だ。

白いうさ耳に見覚えのあるおしゃれな水色と白のスーツに可愛らしい赤の蝶ネクタイ。



「…」



あるぞ、あるぞ。
このおしゃれで可愛らしいスーツとウサ耳のコンボには見覚えがある。ありすぎるぞ。



「ま、まさか、白ウサギ?」

「そうだよ。やーっとわかったんだね」



記憶を辿って出た答えを口にしてみると、美少年、いや、白ウサギは小馬鹿にした態度を崩すことなく私に頷いた。


いやいやいや。
ツッコミどころしかないんですけど。


私が朝見た白ウサギは、こんな美少年ではなく可愛らしいただの白いウサギだった。
しかも口調も大変可愛らしくて、少なくともこんな終始人を小馬鹿にするような感じではなかったはずだ。

記憶の白ウサギと今目の前の白ウサギのギャップが凄すぎる。



「あ、あなた、朝の白ウサギ…でいいんだよね?」

「それ以外の何者でもないけど」

「じゃあ、あの朝の可愛らしかった白ウサギは一体……」



どうしても同じには見えなくて、私の質問に対して眉間にしわを寄せる白ウサギにさらに質問を続ける。

すると…



「あぁ、あれ?あの方が可愛くて追いかけたくなるでしょ」



と、にっこりと白ウサギから今度は可愛らしい笑顔で答えが返ってきた。

つ、つまり、朝の白ウサギは私に白ウサギを追わせる為にただ猫をかぶっていた偽りの姿だった、と。



「…ねぇ、じゃあ、どうして私に白ウサギを追わせたの?あとここはどこ?帰り方は?」



白ウサギのギャップの原因はわかった。
なので、次に私の口から出てきたのは、白ウサギに追いつき、会えた時に、どうしても聞きたかった疑問の数々だった。
この世界への疑問が尽きず、私の口からどんどん質問が出る。



「アリスは何も知らなくていい。ただこの世界を楽しんでいればいいんだよ」



だが、返ってきたのは疑問に対する答えではなくて。
白ウサギは、もう乾ききった頬の涙をもう一度拭うように、私の頬に触れ、優しく微笑んだ。



「僕はアリスに幸せになってもらいたいんだよ」



カーテンからわずかに漏れる月明かりに照らされて、白ウサギのその笑顔は輝きを増す。


だけど少し寂しそうに見えてしまうのはなぜ?



「さぁ、おやすみアリス。今度はきっといい夢を見られるはずだよ」



私が白ウサギへと一瞬感じた違和感を口にするよりも早く、白ウサギが私の頭に優しく触れる。
すると何故か急に瞼が重くなり、眠気が私を襲ってきた。

聞きたいことや言いたいことが、まだまだいっぱいあるというのに、思考が全くそれに追いつかない。



「しろ……うさ……ぎ」



それが私が深い眠りに就く前に言えた最後の言葉だった。




「明日のクロッケー大会楽しんでおいで、アリス」