アリスは醒めない夢をみる。




帽子屋屋敷を出て、次に向かった場所はもちろん白ウサギが待っている女王様のお城。

女王様のお城は帽子屋屋敷の倍広く、最初の頃は1人だとよく迷子になっていたが、ここでの生活も長いので、もう迷子になることはなくなった。

今日も歩き慣れた廊下を歩いて、目的の場所へ向かっていると、メイドさんたちに会い、目的の場所へではなく、何室もある内の中で、1番豪華な応接室に案内された。



「あぁ!私の可愛いアリス!」



そこにはすでにソファに腰掛けている女王様と白ウサギがいた。そして私が部屋に入るなり、女王様は満面の笑みを私に向けた。



「こんにちは!女王様!」



私もそんな女王様に応えるように笑みを浮かべる。
すると女王様はいつもの調子で「相変わらず愛らしい娘ね」とうっとりした顔で私を見た。



「アリス、こっちへおいで」

「うん」



白ウサギに手招きで呼ばれ、私は白ウサギの隣に座る。女王様は机を挟んで、向かい側にゆったりと座っている。



「女王様、白ウサギ、お仕事お疲れ様。はい、これ差し入れだよ」



席に着くなり、私は手に持っていた袋からクッキーが入っている箱を取り出した。

女王様の表情は、私がいるからなのか、とても上機嫌でにこやかだが、目の下には化粧でも隠し切れていない濃い隈があるし、どこか疲れたがある。
それに対して白ウサギは飄々としているが。



「帽子屋のお茶会のクッキーだよ。味はとっても保証します」

「やったぁ!ありがとう、アリス」

「さすが、私のアリスだわ。丁度甘いものが食べたかったのよ。そこのメイド、このクッキーに合う紅茶を用意しなさい」



私作のクッキーではないのだが、このクッキーがとても美味しいことを、私は知っている。
先程帽子屋たちと食べたので間違いない。

なので、自信たっぷりにクッキーの箱を開ければ、白ウサギも女王様も嬉しそうに箱の中を見つめていた。



「お待たせ致しました」



女王様に声をかけられたメイドさんが、すぐに3人分の紅茶を用意し、箱に入っていたクッキーを大皿に入れ替える。
そして本日2回目のお茶会in女王様のお城が始まった。



「この世界には自由すぎる者たちが多すぎるわ!毎日毎日目を光らせ、起きた事件の裁判に駆り出され、後始末の報告書に目を通す!事件を起こした者など皆死刑にすればいい!」

「た、大変だね…。毎日…。でも死刑にするのはダメだからね、女王様」

「アリスがそう言ってるし、やっぱりその案は通らないよ。通る訳がないよね」

「っ、白ウサギっ。わかっているわよ、そんなこと。この世界はアリスのものだもの」



楽しいお茶会が始まったはずだが、女王様の顔から疲れの色は取れない。それどころか、より一層濃くなっていく。

先ほどから女王様が仕事の愚痴を言う、それに対して私が女王様に労いの言葉を言う、だが、白ウサギが涼しい顔で女王様全否定、の繰り返しなのだ。

今の私たちのしていることは、お茶会という名の、この世界の政治のあり方について議論をしている、というものになっていた。
まあ、この3人でここに集まれば、いつものこうなのだけれど。



「あ、そうだ!ねぇ女王様。聞きたいことがあるんだけど」

「ん?なぁに?アリス」



ふと帽子屋からの頼みを思い出し、女王様に、ダンジョンと竜の話を、私はこの重苦しい空気が少しでも柔らかくなるように、気分転換ついでに聞いてみることにする。
女王様は私の急な言葉に、にこやかに首を傾げた。



「私、このお城の向こうにある森のダンジョンに行って、そこにいるらしい竜に会ってみたいんだけど、何かあの森や竜のことについて知っていることない?」

「え!アリス今度はあの森に行こうと思っているの!?しかも竜に会いたいの!?」



女王様に話をしたはずなのだが、反応したのは白ウサギで。
とても驚いた様子で、だけどどこか呆れも混ざった様子で私を白ウサギが見る。



「また冒険したいってことだよね?危なすぎる。もうここで生きている生き物たちは僕の管理下にはないんだよ?下手すればアリス死んじゃうかもなんだよ?」

「何をするかわからないから楽しいんでしょ?それにこの世界は同じ1日を繰り返しているよね?そこだけは変えなかったはず」

「…その通りだよ」

「じゃあ私が言いたいこともわかるよね?」

「…傷ついて欲しくない。明日には生き返れても死ぬほど痛いのは確かでしょ」



白ウサギの表情がどんどん曇っていく。何を言っても、白ウサギは折れる気がないようだ。
ここで生きるようになって気がついたが、白ウサギは私にとても過保護だ。



「白ウサギ、アナタがいつも私に言っていることをそのまま言ってあげるわ。この世界はアリスのもの。この世界ではアリスが全て」



なかなか話が進まない私たちの会話に入ってきたのはもちろん女王様で。
女王様は白ウサギにおかしそうに続けた。



「アリスが望むことは例えどんなことでも叶える。それを叶える為の私たちであり、それがこの世界の全て。この世界の在り方そのもの。だから白ウサギ。例えアナタでもアリスにだけは逆らえないのではなくって?」



疲れの色こそ残っているが、女王様はその美しい顔に意地の悪い笑みを浮かべ、白ウサギを見つめている。
まさに悪役といった顔つきである。



「…お前にそれを言われるなんてね」

「あら、可愛らしいウサギさんの仮面が取れているわよ?」

「…うるさい。黙らせるよ?」

「あぁ、怖い怖い」



楽しげな女王様と不機嫌な白ウサギの会話。普段とは立場が逆転しているとても珍しい場面だ。



「アリス。その冒険には必ず僕を連れて行ってね。1人で行こうとしないで。約束だよ」

「もちろん!帽子屋たちとも行く約束をしているよ!」

「そう…」



まだ納得していない様子の白ウサギがどこか悲しげに私を見つめた。
元気よく返事をしても、白ウサギはそのままで、笑顔を私に見せない。
まだ納得していない、と瞳だけは抗議の気持ちでいっぱいだ。



「さて私の可愛いアリス。森と竜のことについてだったわね」

「…」



私の隣で未だに認めていませんオーラを放つ白ウサギ。だが、そんな白ウサギなんてお構いなしに女王様は楽しそうに口を開いた。



*****



あれから楽しくお茶会を続けた後、女王様と白ウサギは、まだ仕事があるからと仕事をし始め、私は私でやることがなくなったので、家に帰ることにした。

きっと今日の白ウサギは、一日中仕事で疲れているだろうから私が夜ご飯を作った方がいいだろう。

そう思い、夜ご飯のメニュー候補を頭に思い浮かべながらも、森の中を進む。



「カレー、シチュー、グラタン。んーもっと簡単な鍋とか?ステーキとか!」



考え出したらメニューが溢れて止まらない。
しかしよくよく考えると、私は今の冷蔵庫の中を詳しく覚えていない。
メニューをたくさん考えるのもいいが冷蔵庫の中身は何があっただろうか。

考え事に夢中になっていると、木の下にあるとんでもないものが私の目に入った。
簡単に言えば死体だ。



「っ」



さすがに怖くて後ずさる。
…が、なんだかよく見たことのある姿なのだ。



「ん?」



怖かったが、気になるので恐る恐るその死体に近づいてみる。



「ヤ、ヤマネ!?」



すると、その死体がヤマネだと私は気がついた。
よく見たら死んでいるのではなく、木の下で、気持ちよさそうに熟睡しているだけのようだ。


いや、さすがヤマネだけど!こんな所で寝たら風邪引くって!


この世界での生活も大分長いが、ヤマネを起こすことには、未だ手こずるのが現実で。
どうやって起こそうか私は頭を捻りまくって考える。

チェシャ猫の名前は絶対、ぜーったい、最終手段でしか使わないようにして、なんとかヤマネを起こさないと。



「ヤマネー!起きてー!風邪引くよー!」



まずはとりあえず大きな声を出すから始めよう。

そこからのヤマネとの戦い、約1時間は、あまりにも長すぎる為、割愛させて頂きます。



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「アリス?」

「ヤマネーっ、やっと、やっと起きてくれたぁ」



1時間もの格闘の末、ヤマネが寝たそうに瞼を開ける。そのことに私は半泣きで歓喜した。


あぁ、本当に長すぎた!
何してもヤマネが起きなさすぎて、終わりが見えなかったよ!



「さあ、ヤマネ、帽子屋屋敷に帰ろう?こんな所で寝ていたら風邪引くよ?」

「んー。僕は寝られたらどこでもいいし、今は動きたくないかも」

「ええー!お願いだからせめて帽子屋屋敷とか屋根のある所で寝てよ!」

「んー…」

「こら!隙あらば寝ようとしない!」



嫌がるヤマネの腕を引っ張って、隙あらばすぐ寝ようとするヤマネに度々声をかけながら森の中を進む。ここなら帽子屋屋敷まで、目と鼻の先なので、もう着くはずだ。



「あぁそういえば」



ふと何かを思い出したかのようにヤマネが呟く。



「アリスはあっちには帰らなかったんだね。あんなにも帰りたがっていたのに」



それから眠たそうに、だけどどこか興味深そうにヤマネがこちらを見つめた。


あぁ、そういえばそんな話をずっと前にヤマネとした気がする。



「帰りたかったんじゃなかったの?帰りたい場所があったんでしょ?」

「そう、なんだけどね。私が帰りたかった場所がここだったから帰らなかったの」

「ふーん」



自分から聞いたんでしょ!と言いたくなるくらいヤマネのリアクションは薄い。
まあ、いつものことだからいいのだが。



「…」

「ん?」



なんだか静かだと思い横を見れば、立ち止まって、立ったまま寝ようとするヤマネの姿が目に入る。



「…ヤマネー!寝るなー!」



私はヤマネが寝ないように再び大きな声を森へ響かせた。



この世界は不思議で、そして楽しいが溢れている。
1日を何度も繰り返す。それでも世界は毎日新しい。

歳を取らないここでは永遠という時間を生きられる。

チェシャ猫は意地悪でイタズラ好きで楽しいことも大好き。そんなチェシャ猫と一緒に遊ぶのはとても楽しい。

帽子屋は物知りでとても紳士。帽子屋とはいくつもの議論を交わし、世界の無限の可能性について考える。

三月ウサギは元気が取り柄。とにかく体力バカ。それからとっても面倒見がよくて、三月ウサギとは、よく遠出をして世界の果てを見に行く。

ヤマネはよく眠っている。そしてとても優しい。本人はどこでも寝られるが、私と昼寝をする時は、いつも最高にいい環境を整えて寝かせてくれる。

女王様は誰に対しても厳しく、徹底した完璧主義。でも私には甘く、誰よりも甘やかしてくれる。私にとって姉のような存在でよく2人でガールズトークをする。


そして白ウサギ。
ここへ来る前からずっと私の生きる意味だった。
ここへ来てから少々過保護がすぎるが、それでも私は白ウサギが大好き。

今も昔も変わらず私の生きる意味。


ねぇ私は幸せよ。
白ウサギが用意してくれた世界で私は永遠にこの愉快な友人たちと生きていく。


あぁ、幸せだ。




end.