三月ウサギとやってきたのは、昨日と同じハートの女王様のお城。
だが、昨日と少し違うのは、今日用事があるのは、あの豪華絢爛な女王様の趣味全開お庭兼クロッケー大会会場ではなく、お城の中にある裁判会場だ。
昨日の嫌な記憶を思い出させる庭を横切って、三月ウサギと共に、お城の中へと向かう。
私は確かに昨日ここで死んだ。
体中が焼けつくように熱く、痛くて、どう表現するのが正解なのかわからないほど苦しかった。
それからすぐに全ての感覚を失った。
あれが死ぬということ。
もう二度と味わいたくない感覚だ。
「ねぇ、三月ウサギ」
「何だよ」
「昨日私が死んだ後、あれからどうなったの?」
そういえば、色々ありすぎて昨日のことを聞き忘れていたことを思い出し、すぐにそのことについて、私の前を無言で歩き続けていた三月ウサギに聞いてみる。
「帽子屋の作戦が失敗すると思ってんのか?」
するとこちらに振り向くこともなく、三月ウサギは至極当然のように答えた。
つまり、作戦は成功した?
じゃあ、この状況は何?
三月ウサギの答えは私に新たな疑問を生ませる。
「でも一つだけ誤算があった」
「え?誤算?」
「あぁ、あの後、死んだアリスを抱えて逃げてるとお前が会いたがってた奴が出てきたんだよ、俺たちの前にな」
悔しそうな三月ウサギの言葉に心臓がドクンッと大きく跳ねる。
私がこの世界で〝会いたがっていた奴〟なんて1人しかいない。
「白ウサギに会ったのね」
「そう。で、そいつのせいで今こうなってんだよ」
私の答えは正解だったようで、三月ウサギはますます悔しそうにそう返した。
「簡単に言うと、白ウサギにはめられた。助けるフリをして連れて来られた場所が女王のテリトリー内だったんだよ」
「…」
つまり白ウサギは女王様の味方ってこと?
白ウサギが一体誰の味方なのか疑問に思いながらも、ふと、昨日女王様が言っていた言葉を思い出す。
『残念だけれど、私にもわからないわ。アレはいつも気まぐれで同じ所に留まらないの。招待状を出そうにも出せないのが現状なのよ』
女王様は困ったように白ウサギについてそう言っていた。
招待状を出せれないほど、どこにいるのかわからない人が果たして本当に味方なのだろうか?
それともこの世界の絶対である女王様に白ウサギがたまたま従っただけなのか。
「…でも白ウサギは信じるに値するから着いて行ったのよね?」
そうでなくては、あの状況で簡単に着いて行くはずがない。
何故ならあそこにはあの作戦を成功させた聡明な帽子屋がいたのだから。
「そうだ。アイツは俺たちと同じで自由だからな。何よりそう帽子屋が判断した」
「自由?」
私の疑問に答えた三月ウサギからまた新たな疑問が生まれたので、その疑問を口にする。
そんな〝自由〟というワードに疑問を持った私の様子を見て「あー、これもわかんねぇのか…」とめんどくさそうに三月ウサギは呟いた。
仕方ないではないか。違う世界から来てるんだぞ。わからないことはわからない。
だってここは絵本の世界と同じようでまるで違う世界だから。
「ここでの1日は全て同じだってさっき説明したよな?」
「うん」
「あれ、生き物もなんだよ」
「うんうん。だから私は死んでも生きてるんだよね?それも聞いたよ?」
難しそうに困ったように話す三月ウサギにうんうんと相槌を打つ。
「あー。で、だ。その中で自由に1日を過ごせる奴と決められた動きしかできない奴がいるんだよ」
「へ?」
しかし今度の話にはうんうんと相槌を打つことが出来ずに眉間にしわを寄せた。
どういうことだ?
「生き物は生きてるんだから自由なのは当たり前でしょ?」
「そうじゃないやつもいるんだよ。同じ1日にする為に」
訳がわからず、首を傾げていると、三月ウサギがこちらに振り向き、「ちょうどいい時間だし、見た方が早いだろ」と、今来た道を私の腕を取り、ずんずんと歩き出す。
つまり逆走だ。
「…」
疑問に思いながらも答えがあるのならと黙って三月ウサギに腕を引かれる。
そして三月ウサギに連れて来られた場所には…
「急げ!もうすぐ女王様が通られる時間だ!」
「わかっている!ああ!人手が足りない!」
「このままでは間に合わないぞ!」
3人の大きなリアルトランプの服を着た男の人達が、せっせと白い薔薇に赤いペンキを塗り、赤い薔薇を人工的に作る姿があった。
塗りかけの白い薔薇と塗られた赤い薔薇の数。焦って作業をするトランプ兵達の様子。
それは昨日見たものと全く同じものだった。
「コイツらはこの時間にはいつも必ずここへ来て、薔薇に色を塗っている。必ず、だ」
三月ウサギがわかったか、と言う風に私を見る。
つまり三月ウサギが言いたいことは先程の言葉の通りだということだ。
今まさに見ているこれが〝決められた動きしかできない奴〟なのだろう。
「うん」
今度は疑問に思うことはなかった。だから頷いた。
目の前で昨日と全く同じことをしている事例を見せられれば、納得するしかないだろう。
変だとは思うが。
「自由の意味はわかったけど、自由であることと白ウサギを信じたことにはどういう繋がりがあるの?」
「…お前、ほんっとに何も知らねぇんだな」
話を本題に戻せば、またまためんどくさそうに三月ウサギが私を見つめる。
「…もう疲れた。俺はこういう説明は得意じゃねぇんだよ」
そしてくるりと私に背を向けると、三月ウサギはまた来た道、つまりお城の方へと歩き出した。
え?教えてくれないの?
「ちょっと待ってよ!」
私を置いて歩き出した三月ウサギを私は急いで追いかけた。
*****
それから道中何度いろいろなことを聞いても、三月ウサギからの答えはなかった。
終始前を向いたままで、背中からは話しかけんなオーラが出ていた。
まぁ、苦手なことを随分頑張らせてしまった私も悪いのだが。
やはり説明系は帽子屋が1番適任なのだろう。
三月ウサギの得意分野は食べることと暴れること。
頭を使うことは不得意分野とみた。
「…着いたぞ」
今まで黙っていた三月ウサギが不機嫌そうに前を見つめ、そう私に声をかけてくる。
目の前に広がるのは、これまた豪華絢爛な赤と金の大きな扉で、煌びやかな装飾がされたそれからは、女王様の趣味をお庭同様にひしひしと感じてしまう。
この扉の向こうがあの裁判会場だ。
大丈夫。私はこの物語の行く末を知っている。私が知っている〝不思議の国のアリス〟とは少し…いや、大分内容が違うが、それでもきっと大丈夫だ。
私はアリスだ。
諦めない、そこだけでもきっとあの主人公であるアリスと一緒だ。
「……入る前に1つアリス、お前に言っておく」
扉に手をかけた三月ウサギが、その動きを止めて、私をじっと真剣な表情で、見つめる。
「白ウサギが言っていた。全てはお前、アリスの為だって。〝物語の通り〟に、て」
「…っ!」
「…んじゃ、行くぞ」
言いたいことが言えたらしい三月ウサギは私から再び視線を扉へと戻し、大きな扉を押した。
私の為?
物語の通り?
どういうことなのだろう。
白ウサギは一体何がしたいのだろうか。

