アリスは醒めない夢をみる。




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「アリス!起きろ!」

「ふぇっ!?」



ふかふかのベッドの上。
突然三月ウサギに大きな声をかけられて、私は驚きで変な声を上げ、目を覚ました。


あれ?
今のが夢?


まだぼーっとする頭で先程のことを考える。

私は確かに先程まで家にいた。
そしてそこで目を覚まし、ここでの出来事が全て夢だったのだと悟った。

だが、何故かあそこには身に覚えのない血が広がっていたし、白ウサギは訳の分からないことを言い出すしで、パニックになって。
私が誰だかわからなくて。

どっちが夢でどっちが現実なの?
それに私、この世界では死んだよね?



「……わ、私、死んだよね!?ええ!?死んだよね!?何で!?」



今、生きていることに何よりも驚き、目の前にいた三月ウサギの肩を思いっきり掴み、とりあえず動揺を隠せないまま、ユサユサ揺らしてみる。

何で!?これこそ訳がわからない!



「落ち着けクソアリス!何でそんなに動揺してんだよ!?」



そんな私の行動に驚きつつも、三月ウサギは私の動きを止める為に、私の肩を強引に両手で押さえ、こう続けた。



「毎日同じだろーが!驚く要素なんてないだろ!?」

「…は?」



何を言っているの?

三月ウサギの言っている意味がわからず、私はただただ三月ウサギの顔を見つめる。
それからまたぐるぐるぐるぐる思考を巡らせた。

毎日同じって何?
そのことがどうして私が生き返ったことに繋がるの?

だが、どんなに考えても私では疑問に対する答えは出ない。



「三月ウサギ、教えて。毎日同じの意味が私にはわからないの」

「は?」



私の言葉を聞いて、今度は三月ウサギが先ほどの私と同じような表情になる。
だが、少ししてから考える素振りを見せて、眉間にシワを寄せながら言葉を発し始めた。



「…つまりだ。ここでは毎日全部同じなんだよ。1日が終われば、また同じ1日が始まる。たとえ死んだとしても、同じ1日が始まれば、その死はリセットされる。同じ1日にする為にな。だからアリスは今、生きてんだよ。それがここでは当たり前のことだ、わかったか?」

「…な、何となく」



三月ウサギのとんでもない説明を聞いて信じられない話だったが、とりあえず理解する前にまずは頷く。
そして頭の中で、今もらった情報を今までのことを振り返りながら整理し始めた。

この世界では全てが同じ1日が繰り返される。
全て同じにする為に死んだ私は生き返った。

三月ウサギのとんでもない説明は非現実的だが、理に適っている。
帽子屋やチェシャ猫たちが時々口にしていたこととも同じだ。

私がいた世界とこちらとでは、根本的に何か違うとは察していたが、まさかこれほどまでに違うものだとは思わなかった。

〝不思議の国のアリス〟と同じような世界で、同じように物語が進んでいると思っていたが、どうやらそれは違うらしい。

確かに物語の中で、クロッケー大会に参加したアリスが死ぬなんてことはないし、ましてや次の日に生き返るなんてことはなかった。
今の私は物語の主人公ではなく、まるで物語の主人公を脅かすゾンビだ。

心の中で小さな冗談を言える程度には、冷静になったところで、私はまた一つの違和感に気づく。



「ねぇ、帽子屋はどこ?チェシャ猫やヤマネは?」



ここは見覚えのある帽子屋屋敷の一室だ。
だが、今目の前にいるのは家主の帽子屋ではなく、帽子屋の友人である三月ウサギのみだ。
帽子屋をはじめ、チェシャ猫、ヤマネの姿さえもない。

…嫌な予感がするのは気のせいなのか。

私の疑問を聞いて、三月ウサギが表情を歪める。
その表情がまだ何も言われていないのに、私が感じた嫌な予感を肯定しているようで、心が騒いだ。

ーーーお願い。みんなはいつものようにお茶会をしていると言って。



「……裁判所だ。罪は反逆罪。判決は間違いなく死刑だ」



だが、しかし、私の願いなんて届く訳もなく、三月ウサギは私から悔しそうに視線をそらしてそう呟いた。



「嘘でしょ?」



嘘であってほしいと祈りながらも、ポツリと力なく私から言葉が漏れる。



「本当だ」



私の言葉を肯定するしかない三月ウサギもとても苦しそうで、辛そうだ。


私のせいだ。


帽子屋はあの時、冷静だった。
私がチェシャ猫を煽って、帽子屋をその気にさせたんだ。

悪いのは主人公になれなかった〝私〟。



「アリスは女王のお気に入りだからな。だからアリスだけは特別に許された。俺は今や女王のペットだ」



三月ウサギは諦めたようにそう言って笑うと、昨日までは首になかった大きな首輪を人差し指で引っ張って私に見せる。
そこには英語で〝mypet〟つまり私のペットとだと書かれてあった。

あんな狂ったクロッケー大会をするだけあってとんでもなく悪趣味だ。



「俺が女王のペットとして最期に任されたのは、アリスを裁判所に連れて来ることだ。…もちろん来てくれるよな、アリス」

「…うん」



悔しそうだが、諦めてしまった様子の三月ウサギに力なく私は返事をする。


私は不思議の国の〝アリス〟にはなれなかった。
私はただの〝アリス〟。


ねぇ、だけどそれで本当にいいの?

物語の主人公はいつだって前向きで諦めたりなんてしない。

だから奇跡が起きるんじゃないの?

私はただの〝アリス〟だけど、ただの〝アリス〟だからこそできることだってある。

だって私は不思議の国の〝アリス〟とは違って、この世界の、この物語の先を知っているのだから。
違うけれど、同じかもしれない。



「行こう、三月ウサギ」



私はベッドから降りると、先ほどとは打って変わって、力強く三月ウサギにそう言った。


ーーーー必ず救ってみせる。