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「……ゆ、夢?」
狂気のクロッケー大会で息絶え、もう一度目覚めると、そこはいつもの私の部屋で、私の目の前には見慣れた天井が広がっていた。
今見ていたものは全て夢だったのだ。
見慣れた景色を目にした時、そう今までのことを理解した。
だってそうでなくてはおかしすぎるから。
白ウサギを追って不思議な世界に迷い込んだのも、不思議の国のアリスのように冒険したことも。
ーーーーそして最後には死んでしまったことさえも。
変な夢だった。
よく寝ていた割には、やけにスッキリしている頭で先ほどまで見ていた夢のことについて、思案する。
私がイメージしていた〝不思議の国のアリス〟よりも狂っていて、絵本の物語ほど可愛いものではなかったが、なかなか面白い夢だった。
現実として考えていた時には、クレイジーすぎると思っていたが、やはり夢だと思うと、それはそれでスリルがあってよかった、と思う。
いや、現実だと思っていても、私はあの世界を楽しんでいたが。
部屋はカーテンで閉め切られている為、まだ薄暗いが、もうすぐ朝だろうか。
そんなことを何となく思いながらも、いつものように体を起こし、朝の支度を始めようとする。
「……っ!」
だが、それは目の前に広がるあり得ない光景によって、止められた。
目の前に広がるのは先ほど、夢で見たのと同じ赤で。
先程のこともあり、この赤が一瞬で、血の赤だと理解する。
何で現実の世界でもこんな赤が広がっているの?
そもそもこれは誰の血?
「アリス」
状況が呑み込めず、パニックになっていると、私の膝の上に可愛らしい白いウサギがちょこんと現れた。
そのウサギが身にまとっているのは水色と白のスーツに赤の蝶ネクタイで。
喋る白いウサギに、見覚えのあるスーツ。
「白ウサギ?」
人間の姿はしていないものの、私の膝上にいるのはおそらくあの白ウサギだと、私は何となくわかった。
夢でもそうだったからだ。
何でウサギが喋っているの?
今は夢ではないはずなのに。
ぐるぐるぐるぐる頭の中をたくさんの疑問がただただ巡る。
意味なんてない。
考える力もない。
ただ言葉が頭の中で溢れて、消えていく。
「アリス。大丈夫。何も考えないで。もう一度目を閉じて」
そんな私を見て、白ウサギは私を落ち着かせるように、ゆっくりと優しく言葉を発した。
「……う、うん」
何もできない、何も分からない。
だから私は考えることをやめて白ウサギの言葉に従おうとする。
だが…
「い、嫌」
閉じかけたまぶたを私はもう一度、無理矢理開いた。
現実から目を背けない。
私は〝本当〟が知りたいのだ。
「ねぇ、教えて、白ウサギ。これは夢なの?現実なの?この赤は何?」
考えることを放棄すれば、本当のことを知ることなんてきっと一生できない。
先ほどまでただ意味もなく頭の中で回り続けていた言葉の答えを、おそらく白ウサギは知っている。
「そういうところがアリスの悪いところだよね」
強い意志を持ち、じっと白ウサギを見つめていると、白ウサギは困ったように肩を落として笑った。
「ねぇ、アリス、本当に知りたいの?これは君が望んだことなのに?」
「え…?」
私が望んだこと?
何が、どれが、何のことが?
思い当たることが何一つとしてない。
「君は誰?」
「ア、アリス…」
「違うよ。ちゃんと名字から名前を言ってごらん。それから〝君〟が何者なのか教えて」
ゆっくり、ゆっくりと丁寧に白ウサギが言葉を紡ぐ。
そしてその言葉はゆっくり私の頭へと入ってきた。
私は〝アリス〟よ。
どうして違うの。
いや、違う。
私には〝アリス〟以外にも名前があった。
名字。名字があったの。
だけどどうして。
あんなにも言葉にしてきた名字が驚くほど頭に浮かんでこない。
まるでそこだけ綺麗に取り除かれたようにぽっかりと頭の中から消えてしまっている。
名字だけじゃない。
私自身がわからない。
家族は?友達は?
今までどんな生活を送っていたの?学校はどうだったの?
夢での出来事以外、私の頭の中は何もなかった。
どんなに考えても何も浮かばない、からっぽだったのだ。
「何もわからないよね、アリス。それでいいんだよ」
白ウサギが私の様子を見て満足そうに微笑む。
「いい訳ないでしょ!?何もわからないことの何がいいのよ!それじゃあ、私の存在なんてないことと同じじゃない!」
白ウサギの訳の分からない言動に腹が立ち、私は気がつけば大きな声で白ウサギを怒鳴りつけていた。
「私は知りたいの!〝本当〟が知りたいのよ!」
そう叫びながらも、白ウサギの小さな瞳を力強く見つめる。
ねぇ!教えてよ、白ウサギ!
「どうしても知りたいんだね」
そんな私を白ウサギは悲しそうに見つめる。
そして…
「絶対に教えない」
悲しそうなものから、何か強い意志を感じさせるものへと表情を変え、私の願いを拒んだ。
そのハッキリとした言葉と表情により、白ウサギの強い意志が私に痛いほど伝わってくる。
私には何も教えるつもりはないのだと。
辛そうだと思ったのは私の気のせいなのだろうか。

