アリスは醒めない夢をみる。




帽子屋の作戦内容はこうだ。


1、女王様のお気に入りである私が女王様の所へ行き、女王様の気を引き、狂気のクロッケー大会から女王様の意識を逸らす。

2、その隙に帽子屋率いるチェシャ猫、三月ウサギ、起きていればヤマネがハリネズミ達をクロッケー大会会場外に誘導する。

3、そして誘導完了後、私が「突然全員消えた」と騒ぎ立てる。


これなら、バレずに全員を避難させることができ、私が犯人の1人であると、疑われる心配もない。
その後また開かれるであろう女王様のクロッケー大会をどうするかは、また考えるとして、とにかく、この作戦は1がとても重要で、ここが上手くいかなければ、何もすることができない。

つまり私の任務は要中の要で、失敗が許されないものなのだ。



「みんなシンプルなものだが、作戦は頭に入ったね?それじゃあ始めようか」



帽子屋の言葉に、みんな1度だけ頷くと、それぞれが持ち場へと移動する。

私が向かうのはもちろん女王様の所だ。



「女王様!ただいま戻りました!」

「あらアリス。帽子屋たちとの話は終わったのね」

「はい!」



にっこにこの笑顔で女王様の所へ向かうと、女王様は、待ってましたと言わんばかりに嬉しそうに笑い、私を迎えてくれた。


女王様は男性よりも女性の方が好き。
そして大人の女性より、幼さの残ったちょうど私くらいの年齢の女の子が何よりも大好き。

そう帽子屋が言っていた。


『いいかい?アリス。女王はきっと君のお願いなら何でも聞くし、甘えてもらうことを何よりも望んでいるはずだ。…うまくやるんだよ?』


先ほど、帽子屋が最後に念を押すように言っていた言葉を思い出す。

つまり帽子屋からもらった情報を整理すると、女王様は、甘えん坊の妹のような女の子が好きなのだ。

うまくやってやろうじゃないの。
甘えん坊、妹アリス、いざ出陣!



「ねぇ、女王様?私、ちょっと疲れちゃった。あっちで少しお茶しない?」



するりと女王様の腕に手を回して、疲れたアピールをする為に、女王様の肩に頭をこてんと乗せ、私は少し向こうのお茶スペースを指さす。

甘えつつ、場所移動願う攻撃!どうだ!



「いいわよ。アリスの願いなら何でも叶えるわ」



私の甘えん坊妹作戦が効いたのか、女王様は持っていたフラミンゴを地面に投げると、私の頭を優しく…それはもう優しく嬉しそうに撫でた。

そして移動しながら「大至急そこのテーブルにお茶セットを!」と周りのトランプ兵たちに声をかけていた。


本当に私のお願いを聞いてくれた…。
帽子屋の情報合ってた…。
さすがこの世界の情報通だ…。



「あぁ、アリスは本当に可愛らしいわね。アリスだけでお茶が何杯も飲めるわ」

「あ、あはは~、またまたぁ」



失敗はできない、とプレッシャーを感じながらも、私は何とか自然に、女王様を誘導し、狂気のクロッケー大会会場が女王様の真後ろになるように座らせる。
それから私はそのままの流れで、机を挟んでその向かい側に座り、早速お茶を飲み始めた。

この位置なら、女王様の気を引きながらも、狂気のクロッケー大会の様子が見える。

女王様越しに見えるそこでは、私と女王様の動きをさりげなく確認した様子の帽子屋たちが、作戦通りに動き始めていた。

うまくいきますように。



「ん?アリス?どこを見ているの?」



女王様ではなく、女王様の後ろを見ていた私の視線の先に、疑問を持った女王様が、私の視線の先を辿るように後ろへと振り向こうとする。

や、やばい!
このまま振り向かれると全部バレちゃう!



「じょ!女王様!」



女王様の気をこちらに向ける為、私は咄嗟に女王様を呼び、ガタッと勢いよくその場から立った。



「…っ。え、あ、えっと…」



だが、何も頭に思い浮かばない。
私に突然呼ばれた女王様はというと、振り向くのをやめて、私をじっと見つめ、私の次の言葉、行動をただ不思議そうに待っている。

ゔぅ!どうしよう!



「ア、アリス!歌います!女王様のために!」



右手をビシッとあげて力強く出た言葉はこれで。
自分でも何言っているかよくわからない。



「あら!アリスが私の為に歌を!そこのメイド!今すぐ映像に残す用意を!」



自分の言動に冷や汗をダラダラと流していると、女王様はそんな私とは裏腹に嬉しそうに頬を赤く染め、、近くにいたメイドに声をかけていた。

ええ!?映像に残されるの!?

考えなしの私の提案が今まさに黒歴史として残りそうになっている現実に頭が痛くなってくる。
だが、女王様越しに見える作戦はまだ終わっていない様子で、私はまだ女王様の気を引き続けるしかない。
その為にももう歌うしかないようだ。

ええい!なるようになれ!



「じょ、女王様は~美しい~、優しい~、素敵~、大好き~、愛してま~す~」



音痴ではないと思うが上手くもない。
つまり微妙な歌声にして、微妙な歌詞。

そんな歌と言えるのかも分からないものが、この場に静かに流れ、溶けていく。

ただただ恥ずかしい。

こんな批判するのもある意味難しい何とも言えない微妙なものを聞かされて、女王様も期待外れだと失望するだろうと思ったが、それは違った。



「素晴らしい!恥じらう姿はまるで可憐な花のよう!歌声は小鳥のように聞いていて心地よい!そして何より歌詞!私への愛が痛いほど伝わる芸術的でセンスしか感じられない!」



えぇ……?

興奮した様子で早口に感想を述べ、その場から勢いよく立ち、割れんばかりの拍手を女王様が1人でする。

そして「みんなもそう思うわよね!感動して動くこともできないのね!」と、私をはじめ、微妙な表情を浮かべて固まっていた使用人たちに声をかけ、さらに拍手の輪を広げていた。

女王様、盲目的ではありませんか?

女王様の盲目さに呆れながらも、「あはは」と乾いた笑い声を出していると、女王様越しに見えていた作戦がついに無事終わった
ところが見えた。

あの狂気のクロッケー大会会場には、クラブのフラミンゴもボールのハリネズミもアーチのトランプ兵もいない。

女王様以外のこの場にいる全員が状況を理解していたが、誰もその邪魔をせず、むしろ協力的だった。
やはり、皆、あのクロッケー大会を心のどこかでおかしいと思っていたのだろう。

あとはタイミングを見て、全員が突然消えたのだと、騒ぎ立てれば…。



「アリス?」



私の視線にまた気づいた女王様が不思議そうに私を見る。



「さっきから後ろを気にしてどうしたの?何かあるの?」



騒ぎ立てるなら今しかない。
きっとこの様子だと女王様はもう後ろを振り向いてしまう。



「あ、じょ、女王様!う、後ろが…」



私は今がそのタイミングだ、とわざとらしく驚いたように目を見開き、女王様の後ろを指さした。



「…あら」



後ろを振り向き、状況を把握した女王様からいやに冷静な声が聞こえる。

空っぽになっている会場を見ても、驚いている様子がない。



「…私の可愛いアリス。アナタの企み事はこれだったのね」



そして女王様は全てを見透かしているかのように冷たく笑った。