その男はいつも、どこか遠くの空を見つめていた。
初めて会った時、男は、大学のカフェテリアのテラス席で文庫本を広げていた。
薄紅色の桜の花びらが、男の短めの黒髪と、白い肌と、てらてらした黒色の薄物のジャケットの肩に降り、
青空と建物の赤錆色とテラスの白い丸テーブルの上の珈琲のオレンジ色の紙カップと相まって、一片の油彩画のようだった。
ただ、その油彩画は、
僕を見つけて顔を上げ、薄い色の瞳を細めてたおやかに微笑んだ。
そして、
どこからかもう1冊、魔術のように文庫本を取り出してみせた。
謎はすぐに解けた。
男はいつもジャケットのポケットに薄い本を1冊入れていて、ジャケットのかくしにも1冊入れていた。
これだけ書けばその男がどれだけ読書家だろうかと言う話になるのだが。
たわんだ弓のような目の男はこう言って微笑んだ。
- 護身用だよ。
変なやつだと思った。
男の左胸には、いつも薄く古い本が一冊入っていて、
それは漱石の『草枕』だったり、太宰の『走れメロス』だったり、時には三島の『青の時代』だったりした。
要するに薄い本であれば何でも良かったのだ。
僕はその少し妙でとても美しい男がポケットから取り出す本をいつの間にかキャンパスの芝生で寄り添って読むようになり。
その頃は桜も見頃を終え、僕達の頭の上には、
東京の窮屈な青空と、そして、白木蓮。
初めて会った時、男は、大学のカフェテリアのテラス席で文庫本を広げていた。
薄紅色の桜の花びらが、男の短めの黒髪と、白い肌と、てらてらした黒色の薄物のジャケットの肩に降り、
青空と建物の赤錆色とテラスの白い丸テーブルの上の珈琲のオレンジ色の紙カップと相まって、一片の油彩画のようだった。
ただ、その油彩画は、
僕を見つけて顔を上げ、薄い色の瞳を細めてたおやかに微笑んだ。
そして、
どこからかもう1冊、魔術のように文庫本を取り出してみせた。
謎はすぐに解けた。
男はいつもジャケットのポケットに薄い本を1冊入れていて、ジャケットのかくしにも1冊入れていた。
これだけ書けばその男がどれだけ読書家だろうかと言う話になるのだが。
たわんだ弓のような目の男はこう言って微笑んだ。
- 護身用だよ。
変なやつだと思った。
男の左胸には、いつも薄く古い本が一冊入っていて、
それは漱石の『草枕』だったり、太宰の『走れメロス』だったり、時には三島の『青の時代』だったりした。
要するに薄い本であれば何でも良かったのだ。
僕はその少し妙でとても美しい男がポケットから取り出す本をいつの間にかキャンパスの芝生で寄り添って読むようになり。
その頃は桜も見頃を終え、僕達の頭の上には、
東京の窮屈な青空と、そして、白木蓮。



