1-2 真面目な後輩
「椿先輩!今日は一緒に帰れますか!」
「帰れ。俺はお前と帰る必要がない」
「えー!俺は先輩と帰りたいです!」
「俺はそんなことない」
「椿先輩〜!今日こそ卵焼きもらいますよ!」
「今日は購買のパンだ」
「じゃあそれ一口ください!」
「意味がわからない」
「先輩先輩!俺バスケの大会のメンバー入り出来たんです!」
「小さくてもバスケは上手いんだな」
「バカにしました?とりあえず来週末!試合見に来てください!」
「来週末は予定がある」
桜良が俺のいるクラスに来るようになって一ヶ月半が過ぎた。桜良は、俺がどれだけ拒絶する言葉をかけても、冷たい態度であしらっても、誘いを断ってもめげることがなかった。まるで懐いた犬かのように俺のあとをついてきたり、犬が戯れてくるかのようにくっつこうとしてくる
うるさくて、面倒なはずなのに、いつの間にか俺はあいつを突き放せなくなっていた
「椿先輩、ここ、どういう意味ですか?」
期末試験が近づく頃、桜良は放課後、俺のクラスに来ては質問攻めをするようになった。学年が違うため俺のテスト範囲と大きく異なるが、勉強くらいは面倒見てやってもいいだろうと思った。それだけだ
「ここは基礎中の基礎だぞ」
「わかんないです!俺、先輩と違って頭良くないんです!」
「うるさい。少しは自分で考えろ」
そう言いながらも、椿は桜良のノートにペンを走らせる。桜良のまっすぐな瞳に見つめられると、どうも強く拒絶できない自分がいた。
「これは活用形の話になるが、接続の助動詞は__」
「なるほど……」
ひとつひとつの説明をメモに取る姿は真面目で、理解も速いため教えがいもある
「理解できたか」
「はい!」
「じゃあこれは何形の動詞だ」
「連用形です!」
「そういうことだ」
古典はなんとかいけるだろう。一年生の古典はまだ単純だが一年生で学ぶ基礎が出来なければ二年生で必ず躓く。現にこの前の中間テストで、竜胆が嘆いていた。
「あとは大丈夫か」
「あとコミュ英が……」
「次部活ない日はいつだ」
ここまで頑張るつもりなら見捨てるのも悪い。本人がやる気なのであれば手助けくらいはしてやりたい
「明後日です!」
「明後日の放課後またここへ来い。付き合ってやる」
「付き合って……はっ!ついに俺と!」
「前言撤回するぞ」
「ごめんなさい!」
しょうもないことばかり言う桜良にため息をついて勉強道具をしまう。
「先輩!」
「なんだ」
「もし俺が順位一桁台に入れたら、何してくれますか?」
「逆に、教える俺への見返りはどうした」
「それはもちろんですよ!でも、もし俺が一桁になったら……夏休みデートしてください!」
夏休み、デート……。本当にこいつはこいつらしいというか
「ふっ、一桁台、そして何かで百点を取れたらな」
お前の本気を見せてみろ。桜良
「ただいま」
家へ帰ると、安心感の強い匂いで満たされる。靴を脱ぐとリビングから小さな影が二つ飛び出してくっついてきた
「おかえり!あおにい!」
「あおにい!あそぼ!」
妹の沙月、弟の樹。今日は母親が非番で家にいるため、遠くから
「おかえり!葵!」
と、はつらつな声も聞こえてくる。俺は二人の頭を撫でながら
「ごめんな、兄ちゃん忙しいんだ。二人で仲良く遊べるか?」
と、断りを入れると二人は元気に頷いた
「いつきとあそべる!」
「さつきとなかよくできる!」
「お!流石沙月と樹だ!えらいぞ!」
二人をさっと撫で部屋へ向かった。整頓された部屋に鞄を置き部屋着に着替えて机に向かう
椿先輩とデート、頑張ればデートが出来る!仲良くなれるチャンスだし、椿先輩が俺を好きになってくれたら……先輩は俺の彼女になってくれる
ずっと好きだった先輩を、誰にも渡したくない
重いけれど重すぎないその愛情が、ずっと苦手だった勉強を意欲的にさせた。前回のテストが三百人中四十八位。一桁に上がることはだいぶ難しいが、まだ2週間前だから取り返せる。幸い俺は副教科は得意だ。主要教科さえどうにかなれば道はある。
頑張るんだ葵!先輩とのデートのために!と自分を鼓舞し、ひたすら問題集とノートと睨めっこを続けた
「勉強頑張ってんな桜良」
「え?」
部活終わり、声をかけてきたのは同じ一年の部員で、そこそこ関わりは多い紫苑輝
「桜良っていつも部活終わっても自主練してんのに、最近は教材が友達みたいになってるし」
「まぁ、デートがかかってるからな」
そう言うと紫苑は目を丸くした
「お前彼女いたん?」
「違う、惚れてもらってる途中」
「青春してんな」
「すっごい可愛いんだよね。ツンツンしてるけど、優しさが見え隠れしてるし、なんだかんだいつもお昼一緒に食べてくれるし」
猫のように警戒心は強くて気まぐれな先輩のことを思い出して自然と笑みが浮かぶ。そんな俺に紫苑は笑いながら
「その人のこと大好きじゃん、桜良」
と言った。そう、俺は先輩のことが大好きなんだ。だからこのテストは絶対良い結果を出さなければいけない
「負けられない戦いがここにある!」
「やかましいな」
なんだかんだ紫苑って俺の話にいつも付き合ってくれるいいやつだ

