4-3 未来への想い

 時が過ぎ、季節は移り、街はイルミネーションで彩られ、冬休み間近となった
 一年で最もロマンチックな雰囲気を持つクリスマスの時期がやってきた
 ある日の放課後、快斗の家に送っていく途中、葵がふと快斗の手を握りながら切り出した
「ねぇ、快斗」
「なんだ、葵」
「クリスマスイブとクリスマス当日、予定空いてる?」
 快斗は驚き、足を止めた
「ああ、俺の家は母子家庭で、クリスマスシーズンは母さんは出張でイブも当日も、帰ってこない。竜胆は家族と過ごすし予定はない」
 快斗がそう説明すると、葵は目を輝かせた
「え!じゃあ、イブから泊まりにいってもいい?」
「はぁ?泊まりは無理だろ。お前だって、妹や弟がいるだろう。そいつらがクリスマスを兄貴と過ごせないのは可哀想だ」
 快斗は、葵の小さな弟や妹のことを案じた。桜良家は家族仲もいいから、クリスマスはてっしり家族と過ごすとばかり思っていた
 しかし、葵は自信満々に笑った
「大丈夫、そこはもうクリア済み!実は、この前母さんに……」
 葵は、家に帰ってから母に快斗のことを話したわけではないが、最近の葵の様子、特に一学期の終わりごろから母は何かを察していた
 ある日、葵がリビングでそわそわしながらクリスマスシーズンの予定を話していると、葵の母が葵の顔を見てニヤリと笑った
『あんた、クリスマスはどこかに行くんでしょ?』 『え、いや、まだ決まってないけど…』
『嘘おっしゃい。顔に書いてあるわよ。あんたがこんなに浮かれてるのは、やっと彼女ができたからでしょう』
本当に母の勘は侮れない
『沙月と樹のことは心配しなくていいわ。ばあばが来てくれるから。あんたは、自分の大切な人と、二人きりで過ごしてきなさい。それが一番よ』
「ってことで、俺の母さんが二人で過ごしてきなさいって、直々に後押ししてくれたんだ!」
 葵は快斗の手を強く握り、熱い視線を送る。
「……お前の母さん、俺のことは知らないんだろ。それなのに、よく許可したな」
「俺が、大切な人と過ごしたいって言ったら、快斗を信じてくれたんだ!だから、ね、快斗。二人で、イブの夜から当日の二日間、ずっと一緒に過ごそう?」
 快斗は、葵の積極性と、母親の温かい理解に打たれた。自分の家には誰もいない。そして、自分のことを大切に思ってくれる人が、そばにいてくれる
 快斗は、少し顔を赤くしながら、小さく頷いた
「……わかった。イブの夜から、泊まりに来いよ」
「やった!最高のクリスマスにしようね、快斗!」
 葵は快斗を抱きしめたい衝動を抑え、喜びを爆発させた
 こうして、二人はイブから当日の二日間、二人きりで快斗の家で過ごすという、特別なクリスマスを迎えることになった


 ピンポーン
 玄関のチャイムが鳴り、快斗がドアを開けると、葵が満面の笑顔で立っていた。大きなリュックサックを背負い、右手には紙袋を持っている
「快斗!来たよ!」
「ああ、寒いだろ、早く入れ」
 快斗は、つい口元を緩ませそうになりながらも、葵を家へ招き入れた
「お邪魔しまーす!わー、快斗の家だ!」
 葵は子供のように目を輝かせ、キョロキョロと快斗の部屋を見回す
 二人きりの空間。その事実だけで、快斗の胸は落ち着かない
「リビング使っていいぞ。俺、飲み物持ってくる」
 快斗がキッチンに向かうと、葵はすかさずついてきた
「俺も手伝う!ねぇ、快斗、今日のご飯は?」
「シチューと、ローストビーフだ。母親が仕込みをしていった」
「え!最高!じゃあ俺、野菜切るの手伝う!」
 そんな葵の無邪気な笑顔を見ていると、快斗の心に張り付いていた緊張も、少しずつ溶けていった
 夕食後、温かいココアを飲みながら、二人はリビングのソファで並んで座った
「快斗、まだクリスマスのメインイベントが残ってるよ」
 葵はそう言って、リュックからラッピングされた小さな箱を取り出した
「プレゼント、か」
 快斗は、自分も準備していた紙袋をソファの脇から取り出した
 葵は子供のように目を輝かせて、快斗に箱を差し出した
 快斗はそれを受け取り紙袋の中から箱を葵に手渡し、二人は同時に包みを開けた
 葵が包みを開けると、中から出てきたのは、落ち着いたネイビーのシンプルなマフラーだった。手触りの良さそうなカシミア素材で、快斗が選んだだけあって、葵の可愛らしい雰囲気に合うように上品なものだ
「わあ!すごい!ありがとう快斗!これ、めっちゃ暖かい!早速つける!」
 葵はすぐにそれを首に巻きご機嫌な様子だった
 一方、快斗が葵からのプレゼントを開けると、中には小ぶりでデザイン性の高いキーケースが入っていた。革製で、使い込むほどに味が出そうなものだ
「これ……」
 快斗は、驚きと感心で言葉を失った
「俺ね、快斗がいつもポケットに鍵をそのまま入れてるの見てたから、失くしちゃわないか心配で。これなら、失くさないでしょ?」
 葵は得意げに笑う
「……葵」
 快斗は、キーケースをそっと握りしめた。自分の小さな癖や行動まで見ていてくれた、葵の愛情が伝わってくる
「ありがとう。大切にする」
 快斗が素直に礼を言うと、葵は満面の笑顔になった
「じゃあ、お礼に」
 葵は立ち上がり、快斗の隣に座り直すと、快斗の首に腕を回した
「え、おい、葵……」
 次の瞬間、葵は顔を近づけ、快斗の頬に温かいキスを落とした
 快斗は、突然のキスと、葵の熱のこもった視線に心臓が激しく脈打つのを感じた
「……バカ」
 快斗は、そう言いながらも、葵の腕を拒絶することはせず、その場から動けなかった。リビングのクリスマスツリーの光が、二人の初めてのクリスマスイブを静かに照らしていた


 入浴も済ませた後、二人は快斗の部屋へ移動した
 二人きりの空間。密室
 快斗の心臓は、ドクドクと不規則なリズムを刻み始めた。視線が、部屋の隅にあるベッドに吸い寄せられる
(このまま、夜になったら、どうなる……)
 快斗の脳裏に、莇生に裏切られた過去が、影を落とす。最も親密な関係を築いた後で、簡単に裏切られ、捨てられた痛み
 親密さ、愛情、そしてこういった行為は、快斗にとってトラウマの引き金でもあった
 快斗の表情が、一瞬、硬く強張ったのを、葵は見逃さなかった
 夜が深まり、部屋の電気を消して、クリスマスツリーの小さな灯りだけが部屋を照らしていた
「快斗…」
 ベッドの横に立っていた葵が快斗の名を呼んだ。声は、少し熱を帯びている
「なんだ、葵」
「…緊張、してるんですか?」
 葵は、快斗の頬にそっと触れた。快斗の心臓が、ドクドクと不規則に脈打っている
「……お前こそ」
 快斗は、葵の熱い視線に耐えきれず、目を逸らそうとした
 しかし、葵は逃がさない。葵は優しく快斗の顔を両手で包み、自分の方へ向かせた
「快斗の全部、好きだよ。トラウマも、意地っ張りなところも、俺にだけ見せてくれる弱いところも、全部」
 葵の言葉は、快斗の心を深く癒やした
 快斗は、もう拒絶しなかった。あの時のトラウマも、莇生の言葉も、この瞬間、葵の愛情によって塗り替えられていた
「葵……」
 快斗は、そっと葵にキスをした
 それが合図のように葵は優しく快斗を押し倒し、深く口付けを交わした
 その夜、二人は互いの温もりの中で、一つになった


 翌朝。クリスマスの朝の光が、快斗の部屋に差し込む
「おはよう、快斗」
「……おはよう、葵」
 二人は肌を寄せ合い、同じベッドの中で目覚めた。隣には、愛する人がいる
 その温かさと安心感は、快斗にとって、これから先ずっと忘れられないものになった
(俺は、もう一人じゃない)
 快斗は、葵の頭を優しく撫でた
「……快斗、メリークリスマス」
「ああ、メリークリスマス、葵。愛してる」
 快斗は、もう照れ隠しをする必要も、意地を張る必要もなかった
 快斗は、葵の頭を優しく撫で、そのまま唇を重ねた


~完~