1-1 知らない後輩
「椿先輩!俺と付き合ってください!」
「誰だお前」
一体なんなんだこの状況は。なんで俺、椿快人は見知らぬちっこい後輩に壁ドンされ告白を受けているのだろうか
「先輩、俺のこと覚えてないんすか?」
覚えてないどころか、名前すら知らない。高校に入学してたった一ヶ月のこの後輩がどうして俺を知っているのだろうか
「まず名前すら知らないんだが?」
そう答えると目の前の後輩は目に見えてショックを受ける。感情の起伏が激しくてうるさいな、こいつ。
「桜良!桜良葵です!」
桜良。びっくりするほど聞き覚えがない。誰なんだ本当に……
「悪いが、俺はお前を知らない。好意は受け取るが諦めてくれ」
誰かと付き合うなんて……。どうせろくでもない結末を迎えるに決まっている。適当にあしらっておけば好意を持つやつなんて諦めていく
「___俺、諦め悪いっすよ。先輩!」
「なあ、椿〜!」
謎の告白を受けた次の日。二年、文系クラス。女子生徒が7割のこのクラスで俺に話しかけてくるような男子は……
「なんだ、竜胆」
竜胆奏汰、簡単に言えば陽キャ、クソが付くほどうるせぇ陽キャだ。なんだかんだ小学校から唯一高校まで同じ腐れ縁。声が大きすぎるからそろそろ黙ることも覚えて欲しいものだが。
「後輩が椿をお呼びだぞ」
後輩……。いやな予感がする。
「追い返……」
「椿先輩〜!」
追い返せと言おうとしたその声をかき消した声に大きなため息をついた。
「何の用だ。桜良」
教室の扉からぴょこっと現れたのは俺の真っ黒な髪と正反対な、色素の薄めな茶髪を持つ昨日のちっこい後輩
「昼休みです!」
「だからなんだ」
「弁当一緒に食いましょう!」
「一人で食え」
なんなんだこいつは。全くもって理解不能である
「なんでっすか!一緒に食べた方が楽しいですよ?」
「一人にさせろよ」
こんなうるさいやつ、竜胆以外にいるなら絶対覚えている。俺は絶対この桜良とかいう後輩は知らない。
「じゃあここで勝手に食べます。ここの席の先輩!椅子借りていいですか?」
「いいよ〜」
前の席の女子生徒が二つ返事で了承したせいで俺の有無を聞かずに桜良は弁当を広げる。これ以上反対しても無駄だと思い諦めて俺も弁当を広げる
「先輩の弁当美味しそうっすね!」
「勝手に見るな」
「だって、見ちゃいますよ!俺、先輩のこと全部知りたいんだから!」
「気持ち悪いぞ」
ストレートに罵倒しても、桜良は気にも留めていないようにけろっとしている。鬱陶しいにも程がある
「先輩が俺のこと知らないなら知ってもらえばチャンスはあるってことですもんね!」
「ポジティブがすぎるんじゃないか」
なんなんだ、この後輩
「可愛い後輩じゃんか椿」
竜胆がニヤニヤしながら俺の肩を叩く
「どこがだ。鬱陶しいだけだ」
「そんなこと言わずにさ。高校入ってからお前、誰とも深く関わってねぇだろ?可愛がってやりなよ」
竜胆の言葉に心がざわつく。誰とも深く関わらない。それは俺が望んだことだ。もう二度と……あんな経験はしたくない
「うるさい。俺は誰とも関わる気はない」
「はいはい」
竜胆は困ったように笑って、すぐに女子生徒たちとの会話に戻った
「先輩!俺の卵焼きあげるんで先輩の卵焼きください!」
「却下」
「なんでっすか!」
逆にどうして交換しなければいけないのか教えて欲しいくらいだ。
「俺の手作りの卵焼き、先輩に食べて欲しいのに」
「……は?お前料理出来るのか?」
「え、はい!両親が共働きで、保育園に通う双子の弟と妹の弁当も時々作ってます!」
意外だった。第一印象があの告白故になんとなくちゃらんぽらんな印象を持っていたため、真面目というか、ちゃんとしているところもあることに内心驚いていた
「もしかして、これがギャップ萌えってやつですか!先輩、俺のこと好きになりました?」
「なってない。黙って食べろ」
つれないところも好きっす!なんて周りの目も気にせず笑って言う桜良を適当にあしらい目の前の弁当に手をつけた
「竜胆」
「どうした?」
陸上部に所属している竜胆は着替えながら、声をかけた俺の方を見る。こいつを信用していないわけではないが、釘をさしておいて損はない
「あいつに余計なこと話すんじゃないぞ」
「あいつ?昼に来た桜良って後輩のこと?」
「そうだ」
抜けてるところがある竜胆だから口を滑らせかねない
「心配しなくてもお前の知られたくないようなことは言わねえって」
「ならいいが……」
昔からの俺を知っているのはこいつだけ。面倒なことをこれ以上別の人間に知られたくない。
「それだけだ。部活頑張れよ、じゃあな」
「サンキュー、じゃあな!」
靴を履き替え学校の正門を出て、イヤホンで周りの喧騒をシャットアウトしようとしたとき、目の前にちっこいのが立ちはだかった
「なんだちっこいの……」
「一緒に帰りましょう!って、誰かちっこいですか!先輩がでかいんです!俺だって平均身長ギリいくか、いかないかくらいはあるんですから!」
「帰らない。一人で帰ればいい」
「ちぇ〜っ。俺も弟妹の迎えあるっすから今日は諦めますけど、絶対一緒に帰ります!」
本当にしつこいやつだ。最初から迎えがあるなら誘うな。フラれた身であんなに根性あるやつ初めてでこちらとしても関わり方が難しい
『快斗__』
「っ……!」
思い出したくもない。大切な存在なんて作りたくない。一人で生きていけるのなら……一人が楽なことくらいわかってるから。惨めな思いをしたくないから
「先輩?」
「……ほら、弟妹が待ってるんだろ。俺は帰る」
「あ、はーい、また明日!椿先輩!」
また明日……か。明日も来るつもりなのか、あいつは

