童ノ宮奇談

あのね、あの日、キミちゃん達と別れた後、私が向かったのは本屋さんなの……。

私の一番下の弟のこと、覚えてる?
そう、タッくん。タクヤって言うんだけどね。

あの子、来月、五歳になるんだけど――お父さんもお母さんも仕事が忙しくて、去年みたいな盛大なお誕生日会は無理だって言ってたの。

だけど、それじゃ可哀そうだと思って。

せめて私が誕生日プレゼントぐらい用意してあげようと思ったんだ。

……キミちゃんはさ、電動のこぎりまんって知ってる?
私もよく知らなかったんだけど、最近小さい子たちの間では人気のキャラクターらしいよ?

その、電動のこぎりまんって言うのは林業従事者のおじさんなの。
頭と両手両足に電動のこぎりを取り付けた正義の味方で森に棲む悪いお化けたちをバッタバッタと切り伏せるの。

……うん。ヒーローにもいろいろあるよね。

それでね。
私、タッくんに電動のこぎりまんの絵本を買ってあげようと思って天狐堂に行ったの。

……そうなんだ。天狐堂、キミちゃんも良くいくんだね。
じゃあ、今度一緒に行こうか? って、私、今入院中だからちょっと先になっちゃうの?

けひゃ!

……ん? 
そんなビックリした顔してどうしたの?

え? ……私?
私、何か変なこと言った?

……ま、いいや。話を続けるね。

とにかく、私は一人で天狐堂に向かったの。

うん。祝日だったからね。
すごい人出だったよ。普段、これだけの人数がどこに収まってるんだろって思うぐらい。

それで私、絵本コーナーに行ったのね。
そしたら、そこだけどう言うわけかやたらスペースが開いてたの。

ううん。人自体は本屋さんに入りきらないぐらい大勢いた。

でも、何て言うのかな?
そこだけ、目には見えないバリアーが張り巡らされてるみたいに誰も寄り付かないって言うか、留まろうとしないって言うか……。

あ、でも、私ってほら、人混みが苦手でしょ?
だから、ゆっくりプレゼントの絵本が選べてラッキー、ぐらいにしか思ってなかったのね。

それでね、お目当ての絵本を見つけて。
あーこれだーって手に取ったんだけど、その時……。

けひゃ、けひゃって。

私、本当にびっくりしちゃって、慌てて振り返ったんだよね。

そしたら――、そこに女の人が立ってたんだ。
私に背中を向けて。

ああ言うのを目が覚めるような、っていうのかな?
その人はローズレッドのワンピースを着てたの。

一応、本棚に顔を向けてはいたけど……立ち読みをしたり、本を探している感じじゃなかったかなぁ。

その人、頭と上半身を震わせながら「けひゃ、けひゃ」って変な声を立ててた。

笑い声?

……うーん、どうかなぁ。
よく分からないけれど、あまり楽しそうな感じじゃなかったような……?

それでね、私わかっちゃった。

ここだけ人が少ない理由。

こんな言い方、本当は良くないけれど――女の人が、変な人がいるからだって。
もし、何か変なことされたりしたりしたら嫌だもんね。怖いし。

私もそう思って。
そーっとそこを離れようとしたの。

でもね……。
チラッと振り返って、女の人のことをもう一度見たら私動けなくなっちゃって……。

何て言うか、気の毒って言うか……。

この人、ずっとこういう感じで誰にも声をかけてもらえてないのかなって思ったら、何だか胸が苦しくなっちゃって……。

だから、私、声をかけちゃった。

「あのぅ、大丈夫ですか? 何かお困りですか?」って。

そしたら、女の人がふり返って。
女の人は笑顔だった。でも、あんな怖い笑顔、私、生まれて初めて見た。

お父さんが時々、酒瓶を振り回して私やお母さん、妹や弟を追いかけ回すけど。
その時よりも、ずっとずっと怖い笑顔だった。

神楽笑いって言うのかな。
両目を大きく見開いて、左右の口角を思いっきり吊り上げるの。

――ほら、こんな感じ。

……それで私ビックリしちゃって。
その場に尻もちをついちゃった。

そしたら、女の人が私の顔をジーッと覗き込んで来て。
こう言ったの。   

「あなたにも分けてあげるね」

うん。訳が分からないよね。

訳がわからなくて私は怖くって。
そのまま身動きが取れなくなって、呼吸が出来なくなって。

そしたら、急にフッと女の人の周りが暗くなったの。

ううん。
気のせいとか、私の目の異常とかじゃなかった。

女の人の頭の上に――、大きな石の塊が浮いてた。
うん、岩だね。多分、女の人の背丈と同じぐらいあったんじゃないかな。

それでね……。

「けひゃ、けひゃ」って笑っていた女の人の顔が、急に普通の人の顔に戻って。
私に向かって「助けて……」って。

だから私、手を伸ばそうとしたんだけど。
その女の人、頭の上から堕ちて来た岩におしつぶされて――

死んじゃった。