童ノ宮奇談



「――じゃあ、ちょっと行って手伝って来ますので。後はよろしく」

事務所で昼休み中の店員たちに声をかけ、俺は職場であるスーパーつかもりを後にしていた。

午後のシフトから自分だけ、それも雇われとは言え店長の俺が丸々抜けてしまうことになるのが申し訳なかったが、背に腹は代えられない事情だった。

本当のことを言えばもっと早く抜け出したかったぐらいだが――、関係者たちから必要な人数は足りているんだから筋を通せと忠告を受けた。もっともなので従ったが、あまり納得はできていなかった。

途中のコンビニで飲み物、肉まんやらフランクフルト、チキンナゲットなど屋外でも軽く食べられるものを数人分買う。……もっと、ちゃんとした物を用意してやりたいが相手は食べ盛りの十代の子供たち。こんなもののほうがかえって喜ばれる気がした。

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コンビニで買い物を済ませ、今度は駅に向かう。

ここ、童ノ宮市では唯一の鉄道駅舎で住民たちにとっては貴重な交通網だ。そのせいか駅が近づくにつれ、まばらだった通行人の数が次第に増えて行った。

やがて視界が開け――、俺の向かう先に童ノ宮駅が見えてきた。

先日改修工事が終わったばかりの駅舎は小作りながらも瀟洒で美しく、周囲の歩道は赤茶色のレンガ風の素材で舗装されていた。

そこに子供が五、六人立っているのが見えた。男のと女の子が半々……。
全員、制服姿。童ノ宮第二中学校の生徒たちだ。

彼らは皆、チラシを手に駅を出入りする人々に声をかけていた。
しかし、通行人たちは大半がスルーし子供達の前を通り過ぎるだけで、ごくまれに彼らと目も合わさず無言でひったくるようにしてチラシを受け取っていくだけ。

まったく、最近の若いやつらは……。
思わず俺は苦い顔になる。

皆、それぞれの仕事や生活で忙しいのはわかる。だけど、まだ年端もいかない子供たちが往来に立ちっぱなしであんたらに助けを求めているんだ。
ちょっと立ち止まって話を聞いてやるぐらいのことをしたってバチは当たらないんじゃないのか……。

何とも言葉にしがたい嫌な感情が喉元まで込み上げ、俺は息を吐いていた。
それからパンパンに膨れ上がったコンビニ袋の取っ手が手のひらに食い込むのを感じながら、

「――やあ、君達。毎日、ご苦労さん。……俺、応援に来たんだけど」

俺は中学生達に話しかけた。
できるだけぶっきらぼうにならないよう、柔らか目の声で。

通行人への呼びかけが止まり、彼らの目が俺に集中。
俺の職場がスーパーということもあって、一度は見かけたことのある顔ばかりだった。
田舎の中学生という意識が俺にあるせいか、どの子も純朴そうに見える。

おずおずと進み出てきたのは、青白い顔つきの男の子だった。
見たことがあるとは言え、状況的にはほぼ初対面。なのに生真面目で賢そうに見えるのは黒縁の眼鏡のせいかもしれない。

「……あの、スーパーつかもりの店員さん、ですよね? お手伝いをしてくれる、っていうことでいいですか?」

「うん。まあ、そんなところだね」

ちょっと肩を竦めて俺は眼鏡の子にコンビニの買い物袋を手渡す。

「はい、これ差し入れ。休憩する時にでも、みんなで分けて食べてくれ」

それを受け取り眼鏡君はありがとうございます、と恐縮してみせる。
それからチラリと眼鏡越しに俺を見上げ、

「あの、今の状況なんですけど……」

「うん」

「僕らは四班ぐらいに分かれてて――、今日の午前中はお隣の夢ノ宮市の駅前と地元の小学校と中学校にもチラシの配布のお願いをしてるところです」

「そうか。いろいろと大変だったね。……君達以外の人は?」

「大人は――彼女にご家族も含めて、消防や警察と協力して山を捜索しているみたいですね。だから僕らは街中を……」

眼鏡君の年相応に幼い表情には疲労が滲んでいた。

「女の子が一人で山に入っていくか、と言われたら疑問ですけど……。あそこには割と広めのキャンプ場があるじゃないですか。今はシーズンオフだけど、ひょっとしたらそこにいるのかもって」

「なるほど……。じゃあ、俺もここから同行させてもらう。何かの役に立てたらいいんだが」

「ありがとうございます。大人が一緒の方が心強いです」

ここでようやく眼鏡君は笑顔を見せてくれる。

「ええっと、店員さんのお名前は?」

「鳥羽リョウ。……まあ鳥羽さんでも店員さんでも、君らの好きなように呼んでくれていいよ」

冗談と受け取ったのか眼鏡君は気まずそうに笑ったが、本当に俺の名前なんかどうでもいい。そんなことよりも、もっと気になることがあった。

「ところで君達と同じ班に神社の――童ノ宮の娘がいるって聞いたんだが。あの子、俺の知り合いなんだ」

「あ、塚森さんですか?」

俺の言葉に眼鏡君の表情が一瞬やわらぎ、すぐにまた曇る。

「彼女、ずっと頑張ってたせいか具合が悪くって。みんなも今日は休んだ方がいいって言ったんですけど……」

困り切った表情で眼鏡君が後ろをふり返った。
釣られて俺もそちらに目を向ける。

キミカがいた。
コンビニの前に設置されたベンチに腰かけている。

キミカは、俺が長年、世話になっている塚森家が六年前、養女として迎えた娘だ。
今年で十三歳になる。つまり、ここにいる子供達と同じ年頃だが、彼らと比べるとかなり華奢で小柄だから小学生に見えないこともない。

ベンチに座ったままのキミカは眼鏡君の言う通り、明らかに辛そうな様子だった。
そのまま前に転倒してしまうのではないかと心配になるくらい頭を深くうつむかせ、膝の上に固くにぎりしめた拳を乗せた姿勢のまま、微動だにしない。

また何かにちょっかいをかけられたのか、それとも……。

取り敢えず俺はキミカに向かって手を振り、呼びかけようとして――思わず、ギョッとなる。

キミカは泣いていた。
かぼそい肩を細かく震わせ続けながら。

ポロポロ、ポロポロと。

かすかに栗色がかかった瞳から涙が次から次へと溢れ出し、丸みを帯びた頬を濡らしていた。

そのあまりにも痛々しい姿に俺は胸が詰まる――、どころか一瞬、呼吸ができなくなる。
動悸が激しくなり、背中に冷や汗がドッと溢れるのを感じる。

……全く、勘弁してくれ。

あの子のあんな姿を見せつけられるぐらいなら、怪異に頭を食いちぎられる方がまだマシだ。

俺は眼鏡君に目配せをして礼を伝え、キミカへと向かって歩いて行った。

そして、動揺を隠して

「――よお」

出来るだけ明るく優しく声をかける。

ビクッと身体を震わせ、怯え切った表情で見上げてくるキミカ。
まだ泣き止んではいなかったが――、その瞳に微かな安堵が生じる。

「あ、ああ、リョウ……う、うちな……」

「隣、座るからな」

返事を待たず、俺はベンチに腰を降ろす。
そして、まだほんのりと温かみの残っているお汁粉ジュースを手渡してやる。

昔からキミカは、このお汁粉ジュースが好きだ。
甘い物が苦手な俺にはちょっと理解しがたい世界観の商品だが。

ゴクゴク、と音を立ててキミカはお汁粉ジュースを飲み干す。
表情はまだ優れなかったが――、とりあえずそれで身体の震えは収まったようだ。

「……あんな、うち自分が情けないねん」

すん、と鼻をすすり、消え入りそうな声でキミカが言った。

「同級生の子らも、崇敬会の人らも、学校の先生たちも――みんな、うちの呼びかけに必死になって応えてくれてんのに言い出しっぺのうちが真っ先に動けなくなって……」

「それはしょうがないだろ。お前はただでさえ他人より体力の消費が激しいんだから」

聞くに堪えなくて俺は思わず声を高くしてしまう。

「ひょっとして――、そのことを誰かに責められでもしたのか?」

「ううん、そんなことない。みんな、優しいから」

せやけど、とキミカは言葉を付け加える。
また新しく涙があふれ出てくる。

「うち、あの子の――ユカリの親友やって思ってたのに。こんな時ぐらい、何で踏ん張られへんのやろ思ったら涙が止まらんようになってもて」

長谷川ユカリ。キミカの友達だ。
キミカが小学生の頃から仲の良い女の子。

彼女の名前は、俺と塚森家の連中の間でもよく出てくる。
実際、生活で辛いことの多いキミカにとっては支えになってくれる友達で俺達にもありがたい存在だからだ。

俺自身とユカリが直接的な繋がりはないに等しいが、あの内気なキミカが親友と呼んで憚らないことを考えれば相当いい子なのだろうと思う。

そんな彼女が姿を消したのは数日前のこと。
そう、文字通り消えた。

失踪したのだ。

数人の友人と隣町の夢ノ宮で映画を見た後、家族に頼まれた買い物があるからと一人、商店街に向かい――、そのままいなくなり当然のように上へ下への大騒ぎとなった。それは現在進行中だ。

ユカリは家庭でも学校でも特に問題がない、どころか優秀な部類の生徒だった。
学力に関して言えば中の中といったところだが、生活態度はまじめで明るく穏やかな性格。下に多くの兄弟がいるせいか面倒見も良く、結果友達も多い。というのが周囲の総評だったようだ。

だからこそ、警察は家出などではなく何らかの事件に巻き込まれた可能性を想定して捜査を進めているようだ。

まずいことには――、ユカリとともに遊んでいた友人の中にキミカも含まれていた。
そして、更にまずいことに最後に商店街に入ってゆく彼女の背中を見送ったのもキミカなのだそうだ。

これでキミカに罪悪感を持つな、というほうが無理な話だろう。

実際、その日以来、キミカの生活はガタガタだと聞く。

昼は放課後、ユカリの家族や協力者たちと合流して駅前や繁華街、人通りの多いところに赴き、親友の顔写真のついたチラシを配っては情報提供の呼びかけ。
それを夕方ヘトヘトになる頃まで続けた後で帰宅。そして、そのまま食事もろくに取れず一睡もしないまま朝まで過ごし……の繰り返しだ。

このままじゃユカリちゃんが発見される前にキミカが倒れてしまう。
あるいは心が弱り切った時、怪異に遭遇すればそこにつけこまれ――、本当に殺されてしまうかもしれない。
リョウ君から何とかあの子を諫めてもらえないかな……。

泣き出しそうな声で俺に電話をかけて来たのはキミカの父、塚森レイジだった。

何も知らない人間が聞けば、何とも情けない親父だと思うかもしれない。

しかし、俺はレイジが赤ん坊の頃から知っているが、あいつは誰が相手であっても厳しく何かをいえないタチだった。だからこそ、キミカは現在、曲がりなりにも幸せな普通の生活ってやつを手にしているのだ。

そして、俺はこの街の最古老として、レイジの頼みに応える義務がある。
最も俺には語彙が少なくて、何と言えば子供に話が伝わるか、なかなか思いつけないでいた。

と、その時だった。

「あっ――!」

いきなりキミカが大きな声を張り上げ、その場で立ち上がった。
そして、そのまま石と化したかのように全身を硬直させる。

その声に驚いた眼鏡君をはじめ、中学生達がこっちを見ている。

とてつもなく嫌な予感がした。

「……キミカ? どうした?」

「な、なぁ、リョウ。今、気がついてんけど――」

キミカの顔色が真っ青なのを通り越して土色に近くなっている。
元々大きな瞳がさらに大見開かれ、小さな唇を震わせている。

「もしかして、ユカリがいなくなった理由って、家出とか事件誘拐とかやないとしたら――」

ゾクリと背中に冷たいものが走った。
昼時の気だるげな駅前は、明らかに先程とは雰囲気が変わっていた。

それはダメだ、キミカ。
今すぐ考えることをやめろ。

こんな人の多い場所で――、呼び寄せるな。

反射的に手を伸ばし、俺はキミカの口を塞ごうとする。

ユカリが失踪した原因が怪異であれ、そうであれ、今、この状態でキミカに言葉を、想いを言霊に昇華させてはいけない。

神孕みの外法――。

六年前、もともと塚森家とは外縁だったキミカが現・塚森家当主であるレイジの立会いのもと、神域に鎮座する童ノ宮の神――稚児天狗とか、カガヒコノミコトとか呼ばれている存在――に儀式を経て正式に受け入れられ、与えられた異能の力。

それはキミカの血肉とひきかえに一時的にこの世に神を具現化、つまり肉体を持たせると言う力だ。

そして、その血が力をもたらすのは童ノ宮の神だけじゃない。
モウジャや化け物、魑魅魍魎、狐狸妖怪、鬼に蛇神――つまり、俗にいう怪異と呼ばれる連中も同じだ。

だから、キミカの周りには力の強い弱いを問わず、有象無象の怪異が浮き出てくる。
そう、怪異とはこの世ならざる存在であり、地獄から浮き出てたものなのだ。

そしてキミカが恐怖心に囚われ極限まで追い詰められれば、その負の想いは呼び水となり、本当ならばそこに存在しなかったはずの怪異までもがこの世に浮き上がることさえある。

塚森家では敢えてこの事実を伏せている。まだ十三歳の女の子には到底受け入れられる現実ではない、と言うレイジの判断だ。俺も同感だ。

だけど、親心がどうであれキミカが己の血の業から逃れられるわけでもない。

こんなはずじゃなかったんだ、とある日の酒の席でレイジは胸の内を吐露したが、それは塚森の神となったあいつも同じだろう。

後悔の念は、いつも手遅れになってから湧いて出る。

「怪異のしわざやないやろか……?」

間に合わなかった。

そして、呆然と呟いたキミカの頭上で何もない空間で――
刃物で人間の皮膚を斬りつけた時のような、赤黒く滲んだものが発生する。

それはこの世の景色じゃない。
俺や塚森家のような呪われた星の元に生まれた人間にしか見えない「裂け目」。

俺はギリギリと歯軋りしていた。

クソッ。また間に合わなかった。

幸いにも、たった今生じた「裂け目」はごく小規模なものだ。
怪異の強さは異界の、地獄道から流れ込む穢れとこの世にこびりつく怨念の質量によって大きく変わってくる。

この程度なら大きく見積もっても小型犬サイズ。
それでも十分に危険だが、素早く対処すれば俺一人でも何とかなるだろう。

何とかキミカが気がつく前に叩き潰したい。

俺は拳を握りしめ、「裂け目」を睨み上げ続ける。
何かが出現した瞬間、それが何であれ俺は襲いかかるつもりだった。

と、その時――シュルッと空を裂くような、鋭く甲高い音が聞こえた。
同時に後方から何かが飛来する気配。

それは明らかに質量を持っていたが、俺に黙視することはできない。
怪異の、人魚の肉を取り込み不死となったとは言え、元はただの人間である俺には。
そう、点として撃ち出された高速の外法など見極めることなど不可能だ。

何かが「裂け目」を一閃し、次の瞬間それは空間に滲み出た穢れごと消滅していた。

「あ、あれっ? 今、うち何か言うてた……?」

キミカの顔色に血の気が戻り、ボンヤリとした目つきを俺に向ける。
いつものことだが、たった今の出来事を本人は気がついていなかった。それは恐らく周りの連中も同じだ。

「いや、何でもない……」

全身に襲いかかる途方もない脱力感を抱えながら、何とか笑顔で俺がそう言った時、エンジンの排気音が近づいて来るのが聞こえた。

「おいおい、こんな往来のど真ん中で……。お前ら、何やってんの?」

呆れたような男の声がした。

その声に弾かれるようにして俺は振り返った。

「もう少し周りを気にしなきゃ。みんながみんな、あんたらの関係を知ってるわけじゃないんだからさ。万が一、不審者と勘違いされて通報されたら洒落にならないよ?」

そんな減らず口を叩きながら、よっこいしょとスクーターから降り立ったのは若い男だった。

ああ、そうか。今の外法はこいつが撃ったのか。
いや、撃ったってほどでもない。ちょっと弾いただけだろう。
今のこいつなら。

その小生意気な若造は、日本ののどかな田舎町にはまるで似つかわしくない出で立ちをしていた。

上着はフェイクのレザージャケット。前を開いたままにして着込んでいる。
ジャケットの襟首と連結したフードを頭にすっぽりとかぶっている。ヴァインテージと思しきデニムのダメージジーンズを穿いた足は嫌味なぐらい長く、腰に巻いたベルトには数えきれないほど鋲が打たれていた。

ストリートファッション、とでも言うのだろうか?
それともパンク?

どっちにせよ、俺の知り合いでこんな頭のネジが緩んでいそうな恰好をしているのは一人しかいない。

「……お前か。いつ童ノ宮に来た?」

自分でも驚くほど不機嫌な声になった。

「先に礼ぐらいいいなよ。今の結構、焦ってたでしょ?」

「……いつ戻った、と聞いているんだが?」

「今朝だよ」

繰り返して問う俺に若造は肩を竦める。おまけにため息までつきやがった。

若造がフードを後ろに払いのけるとサラリと前髪が揺れ――、意外なほど整った顔立ちがあらわになる。中性的と言うよりは、いっそ女性的と言った方が正確なのかもしれない。身内の贔屓目を抜きにしても男は美形だった。

ただし、それよりも異様に鋭い目つきと左目の上から頬にかけて縦に走る古い傷のほうが遥かに人目を引くだろうが。

「だってしょうがないじゃないか。レイジおじさんがキミカの友達が行方不明になったから手を貸してくれって。あの人、電話で泣くんだよ。あり得ないでしょ」

「ちょっと待て。……レイジのやつ、お前にも助けを依頼したのか?」

「だからそうだって言ってるだろ。年を食いすぎて会話が成り立たなくなった?」

こいつは塚森コウと言う。
苗字から分かる通り、塚森家の血縁だ。レイジにとっては死んだ妹の息子で甥、キミカにとっては従兄弟に当たる。

確か今年で十八だか十九だかになるはずだ。
親が遺したアパートの収入があるため普段は東京で好き勝手に一人暮らし。時々思い出したようにふらりと童ノ宮に現れたりする。

要は与太者だ。

「お前が無償で子供探しの善行? 珍しいこともあるんだな」

そこまで言って――、俺は猛烈な自己嫌悪に捕らわれる。

たかだか二十歳かそこらの小僧っ子に何をムキになっているんだ……。

と言うかこいつも昔――と言ってもほんの数年前だ――は、かわいかった。
今のキミカと同じ年頃ぐらいまでは「リョウちゃん、リョウちゃん」と俺に仔犬のようにまとわりついていたのに。それが今では「あんた」呼ばわりだ。

「は? 別に無償じゃないし。……その、ユカリちゃんって娘だっけ? 僕が一番にその子を探し出したらレイジ叔父さん、賞金として十万くれるって言ってくれたからね」

そこまで言ってコウはへヘッと下卑た笑いを浮かべて見せる。

「お陰で今月もまたキャバクラ通いが続けられそうだよ。いやー、美味いんだよねぇ。ブスの顔を見ながら飲む酒ってさ」

子供の時と人格が変わり過ぎだろう、と俺は思った。
文字通り死ぬより辛い思いをしたとは言え。

「え? もう賞金ゲット確定?」

キミカの声がまた震えた。
だけど、さっきまでとはそこに宿る感情が違う。

「じゃあ、コウちゃん……。あんたひょっとしてユカリを見つけてくれたってこと?」

「ていうか、キミカ。お前電話に出ろよな?」

チッとコウが小さく舌打ちをする

「僕はお前専属のバイク便じゃないぞ? なんでお前を友達に会わせるために僕があちこち走り回らなきゃ」

行けないんだ? とコウが最後までぼやくよりも早く、泣き顔のキミカがあいつに飛びつき、泣き声をあげていた。

その背中を見つめながら、俺はため息をついて天を仰ぐ。
経緯はともかく、行方不明になったキミカの友達は見つかった。

とりあえず一安心と言っていいだろう。
だけど、この後数時間後、いや、数分後にその安心は崩れ落ちることだってありうる。

秋に差し掛かった空はどこまでも高く、青々と輝いて見えた。
だけど、この世は地獄と直通で――、ただの一人も逃げ場などないことも俺は知っていた。