13 帰依

「やれやれ。何とか今回もひと段落ってとこだな」

「……リョウ、何かごめんな。うち、てんぱってしもうてあんたを置いて逃げてもた」

「俺がそう指示したんだ。それでいい。……いや、結局、追いつくのが遅れたもんな。酷い目に遭わせて俺の方こそ、悪かった」

「い、いや、うちのほうはいつも通り、神様が全部もとに戻してくれたし……。リョウの首は?」

「ああ。何とか薄皮一枚繋ぎなおせたって感じだな」

廃屋となったコンビニを後にして数十分後。
私は夜道を走る商用車の後部座席に座り、運転席と助手席――、リョウさんとキミカちゃんの間で交わされるやり取りをぼんやりと聞いていた。

今日、私が見たもの……。
何もかもが悪夢じみていて到底現実とは思えなかった。

あの化け物、ライセサマの中から出てきた稚児姿の男の子が火を放ち、ライセサマを焼き尽くしたところまではよく覚えている。

その後、あの大きな男の人リョウが、いや、リョウさんが仕事で使う車で迎えに来てくれて――。

いや、ちょっと待って。
リョウさんなら少し前から私達と廃コンビニにいただけじゃない。
首だけの姿になって。
……首だけ?

ヨタヨタと足を絡めさせ、店の中にやって来たもう一方のリョウさんには首がなかったはず。
そして、首だけになったリョウさんを拾い上げ、無理矢理傷口にねじ込んで……。

キミカちゃんはキミカちゃんで今はすっかり元気な様子でリョウさんと話をしている。
あんなひどいことになっていた顔も傷一つなく、すっかり元に戻っている。

それにあの男の子はどこに消えたのだろう?
突如、ライセサマの中から現れて火を放った、稚児装束に身を包んだ小さな子供……。
あの子もキミカちゃんやリョウさん、そしてライセサマと同じで――どう考えても普通じゃない。

きっと私は頭がおかしくなったんだ。
今はそうでなくとも、いつかはきっと狂う。

「――アキ子ちゃん? どないしたん?」

キミカちゃんの声にハッとして私は顔をあげた。

気がつけば車は見覚えのある、住宅街の入り口で停車していた。
ここから数分ほど歩いた先に私の家がある。今頃、家族は私がどこにもいない事に気がつき、大騒ぎしている頃だろう。

「……降りないのか?」

キミカちゃんと話していた時とは打って変わって冷ややかな声でリョウさん。

「悪いけれど、これ以上は面倒見切れないぞ。どうしても嫌だって言うなら、このまま警察にでも連れて行くが?」

「リョウ。そーゆーこと言うんやめ」

キミカちゃんの叱責に肩をすくめ、口を閉ざすリョウさん。
それからしばらくの間、気まずい沈黙が車内を支配していたが、

「……私、これからどうすればいいんでしょうか?」

ポツリと私は呟いていた。

「今日はキミカちゃんやリョウさんに迷惑をかけてしまったことも、あの化け物に騙されていたことも理解しました。それに死ぬことがあんなに怖いことだって言うのも」

次から次へと情けない言葉が口をついて出る。

「だけど、生きることもそれと同じぐらい怖いんです。怖かったんです。……それが、あんな化け物までこの世の中にはいて、私みたいに血迷った人間を喰らうなんて。私、本当に受け止めきれなくて、どうすればいいのか分からなくて……」

自分でも何を言ってるのかよくわからないことを言い訳しながら、メソメソと私は泣いた。泣きたくはなかったが、涙は次から次へと溢れて止まらなかった。

自分が哀れで惨めで、見苦しいのを通り越して滑稽だと思った。
いっそ、首根っこを引っつかまれ車から引きずり出されたほうがマシかもしれない。

だけど――。

「……アキ子ちゃんの言うこと、うち、わからんでもないわ」

小さい声で、そう呟くように言ったのはキミカだった。

「怪異やモウジャが出なくても世の中、酷いことばっかりやし。まともな神経しとったら、たまに何もかも投げ出したくなるんは人情や思う。……リョウもそうやろ?」

返事はなかったが、構わずキミカちゃんは続ける。

「でも、そこまで悲観することもないで? 世の中は嫌なことや怖い事だらけやけど、うちらを守ってくれるもんはおるんよ。……アキ子ちゃんも今日、見たやろ?」

「…………」

何と答えたらいいか分からず、私は沈黙する。

「あの子やねん。ほんまの名前はカガヒコいうて、童ノ宮でお祀りされてる神様。……元々は荒ぶる神で人も大勢祟り殺したりしとってんて」

……荒ぶる神? ……人を大勢、祟り殺す?

思わず私はキミカちゃんの言葉を頭の中で繰り返していた。
それはとても不穏な響きで――、すぐには飲み込めなかった。

「でも――、神も仏もない世の中であればこそ、我、外法の神となりてこの世に果報もたらさん。……そう言ってって改心してそれ以来、うちら氏子を守ってくれてんねん」

「そう、なんだ。でも、私は――」

キミカちゃん達とは違うし、と言いかけた時だった。

助手席から身を乗り出したキミカちゃんがしっかりと私の手をにぎりしめてくる。
ハッとして思わず顔をあげるとキミカちゃんは、中学生の女の子としてはちょっと無邪気すぎるくらい屈託のない笑顔をしていた。

「大丈夫! アキ子ちゃんの唱え事に童ノ宮の神様が答えてくれた時点でアキ子ちゃんともご縁ができたから! たとえアキ子ちゃんが嫌だと言ったとしても、童ノ宮の神様は生涯、アキ子ちゃんから離れへんから!」

……え?
……生涯……何?

「ね、ねぇキミカちゃんそれってどういう――」

困惑し、私が訊ねようとした時だった。
横顔に降り注がれる視線を感じた。氷のように冷たい吐息も。

思わず小さく悲鳴をあげ、私は隣のシートを仰ぎ見る。

いた。
稚児姿の男の子が。

男の子は両足をシートの端からぶらぶらさせながら、ジッと私の顔を見つめていた。
まるで爬虫類みたいに感情の読み取れない、光一つない黒々とした瞳で。

その瞳の中で私の顔が酷く強張っているのが映っていた。

私の手をにぎりしめたまま、キミカの瞳は糸のように細くなり、その口元は三日月のような形に歪んでいた。

(了)