真夜中。
誰かが部屋のドアを叩いている。
頭から布団をかぶったまま、母親は考える。
……いや、外にいるのが誰かなんて
本当はちゃんとわかっている。
あいつだ。
あの化け物。
冷たい川の中で私を捕まえた怪物。
浮足坊。
知らないフリをするのは死にたくないからだ。
まだ生きていたいからだ。
でも、どうして?
マキオは、息子はあの日、いなくなってしまったのに。
マキオは、遺体さえ見つけることができなかった。
全部私のせいなんだ。
私みたいな未熟で不注意な、子供を持つ資格なんて欠片もない女のもとに
運悪く生まれてしまったせいであの子は水に飲み込まれた。
だったらあのドアを開いて、裁きを死を受け入れたらいい。
あの化け物に連れられて地獄にでもどこにでも堕ちればいい。
嫌だ、と母親は奥歯を噛みしめる。
まだ死にたくない。
自分が朽ち果てるのは別に構わない。
だけど、あの子が万が一、魂だけになって帰ってきた時、
私がいないこの部屋で誰があの子を出迎えてくれるの?
お帰りなさい、でもいい。
ごめんね、でもいい。
地獄に落ちる前、あの子に一言ことばをかけてあげたい。
と、音が止み
ドアがゆっくり、軋んだ音を立てて開いてゆく。
息を飲んだ母親の前に現れたのは――
にやけた造形の能面を被った化け物ではなかった。
現れたのはマキオだった。
いつもと変わらない笑顔。いくら探しても見つからなかったあの子。
そんなはずはない。
あの子は川の底に沈んだんだ。
マキオのはずがない。
だけど、子供はニッコリとして言った。
「お母さん、ただいま」
「遅くなってごめんね。帰り道で迷っちゃって……」
「お腹ペコペコ。……戸棚のスナックの残り食べて言い? 」
母親にはもう何も考えることはできなかった。
マキオそっくりな子供の姿をした何かを抱きしめると確かに暖かだった。
そのぬくもりが嬉しくて、悲しくて。
そして恐ろしくて。
母親はいつまでも泣きじゃくり続けた。

誰かが部屋のドアを叩いている。
頭から布団をかぶったまま、母親は考える。
……いや、外にいるのが誰かなんて
本当はちゃんとわかっている。
あいつだ。
あの化け物。
冷たい川の中で私を捕まえた怪物。
浮足坊。
知らないフリをするのは死にたくないからだ。
まだ生きていたいからだ。
でも、どうして?
マキオは、息子はあの日、いなくなってしまったのに。
マキオは、遺体さえ見つけることができなかった。
全部私のせいなんだ。
私みたいな未熟で不注意な、子供を持つ資格なんて欠片もない女のもとに
運悪く生まれてしまったせいであの子は水に飲み込まれた。
だったらあのドアを開いて、裁きを死を受け入れたらいい。
あの化け物に連れられて地獄にでもどこにでも堕ちればいい。
嫌だ、と母親は奥歯を噛みしめる。
まだ死にたくない。
自分が朽ち果てるのは別に構わない。
だけど、あの子が万が一、魂だけになって帰ってきた時、
私がいないこの部屋で誰があの子を出迎えてくれるの?
お帰りなさい、でもいい。
ごめんね、でもいい。
地獄に落ちる前、あの子に一言ことばをかけてあげたい。
と、音が止み
ドアがゆっくり、軋んだ音を立てて開いてゆく。
息を飲んだ母親の前に現れたのは――
にやけた造形の能面を被った化け物ではなかった。
現れたのはマキオだった。
いつもと変わらない笑顔。いくら探しても見つからなかったあの子。
そんなはずはない。
あの子は川の底に沈んだんだ。
マキオのはずがない。
だけど、子供はニッコリとして言った。
「お母さん、ただいま」
「遅くなってごめんね。帰り道で迷っちゃって……」
「お腹ペコペコ。……戸棚のスナックの残り食べて言い? 」
母親にはもう何も考えることはできなかった。
マキオそっくりな子供の姿をした何かを抱きしめると確かに暖かだった。
そのぬくもりが嬉しくて、悲しくて。
そして恐ろしくて。
母親はいつまでも泣きじゃくり続けた。



