お見舞い
※2025年■月■日15:40分ごろ。
※場所は■県原ノ宮市所在の市民病院三階、その休憩ルーム
※塚森キミカ(13歳)が同病院に入院中の友人、浜田ジュンイチの見舞いに行った際、朱雀機関捜査員・塚森レイジも同行し聞き取りを行った。以下はその録音記録。
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(録音開始)

(ドアの開く音)

塚森キミカ(以下、キミカ):
あっ、おった……! お父さん、あの子がそうやねん……。
お~い、ハマジュン~。うち、来たで~。

浜田ジュンイチ(以下、ハマジュン):
キミカちゃん……?
本当に来てくれたんだ……。

キミカ:
うん。約束した時間どおりやろ?
……体調、今どんな感じなん?

ハマジュン:
あ、ああ……。
しばらくは大変だったけど、点滴を打ってもらったらかなり落ち着いたよ。
まだ少し熱っぽいけど……。

(数秒間沈黙)

えっと、それで……。
その人がキミカちゃんの……。

キミカ:
あ、うん。
うちのお父さん。

塚森レイジ(以下、レイジ):
どうも、キミカの父の塚森レイジです。
初めまして……じゃないんだっけ?

ハセジュン:
はい…。
あの、僕らが小五の時、童ノ宮さんの夏祭りで一度……。

キミカ:
そうそう。
あの時は確か、シロウとタカもいっしょやったんよね。

(激しくせき込む声)

キミカ:
……ハ、ハセジュン?
……どないしたん、大丈夫?

レイジ:
キミカ、何か飲み物を買ってきてあげなさい。
彼はお父さんが見ているから。

キミカ:
う、うん……。
わかった……!

(小走りに走り去る足音)

ハセジュン:
ご、ごめんなさい……。
僕……。

レイジ:
大丈夫。身体から力を抜いて……。
そう、気持ちを楽に……。

(数秒間沈黙)

ハマジュン:
すみません……。
ちょ、ちょっと落ち着きました。

レイジ:
……君の事情はだいたい、キミカから聞いているよ。
だけど、できれば当事者である君から直接聞かせて欲しいんだ。

ハマジュン:
…………。

レイジ:
心配ない。
君が体験した現象――怪異について、私は他の大人よりも理解しているつもりだ。
だから、キミカは君のことを私に相談したんだと思う。

ハマジュン:
キミカちゃんが……。

レイジ:
上手く説明しようとしなくていい。
ただ君の前で起きた出来事を、ただありのままに君が感じたままに話てごらん?

(ハマジュンが嗚咽する声)

ハマジュン:
あの日は日曜日で――。
小学校の頃から友達だったシロウとタカと一緒に夢ノ宮で映画を見てました。

それで映画を観終わって、お腹空いたなーマクドでも行こうぜってなって……。

三人で駅前をトボトボ歩いていたんですけど、なぜか道を間違えちゃって。
どこだかよくわからない住宅街みたいな場所に出ちゃったんですよね。で、こんな所じゃマクドもファミレスもなさそうだし、一度、駅前に戻ろうってなったんです。

そしたら……近くに公園があるのを見かけて。
そのなかにキッチンカーが停車していたんです。

レイジ:
……キッチンカー?

ハマジュン:
はい。……多分、昭和の歌謡曲だと思うけど、ちょっと古い感じの音楽をBGMにしてガンガン大音量で流していました。それでちょうどいいから、自然とここで昼ご飯をすませて行こうってことになりました。

だけど……。

誰もいなかったんです。
さっき言ったみたいにBGMは流しっぱなし、エンジンはかけっぱなしなのに。
ひょっとしたら店員さんはトイレにでも行っているのかな。それにしても不用心だよね、って話をしながら僕らは近くのベンチに戻って誰かが戻って来るのを待ちました。

だけど、五分経ち、十分経っても誰も姿を見せないんです。
それで、僕、何となくそのキッチンカーを観察してたんですけど――、何だか様子がおかしいって気がつきました。

その車、やたら古いんですよ。
よく見たらあっちこっち赤錆が浮き出ているし、フロントガラスなんて運転席が見えないくらい曇ってたし……。

ほら、よく田舎の空き地に車が乗り捨てられてるじゃないですか。
不法投棄の。そんな雰囲気でした。

もちろん、BGMが鳴ってるんだから違うんだろうけど。

でも、車の周りにはメニューが書かれた立て看板とかもなかったし、商品を受け取る台なんか埃まみれで……。

それで僕、なんだか気味が悪くなって……。
シロウとタカにもういいよ、他の場所に行こうってしたんですけど――。

(数秒沈黙)

レイジ:
……それで、どうしたのかな?

ハマジュン:
ほんの一瞬――、本当に二秒か三秒ぐらい、キッチンカーから目を離しただけだったのに。
商品受け渡しの台の上にあれが現れたんです。まるで、最初からそこにあったみたいに。

それはカレーライス、でした。僕の大好物の。
まるでたった今、調理されたばかりみたいにほかほか湯気が立っていました。

あれを見た途端、なんて言うか変な気分になっちゃって。
自分でも信じられないんだけど、僕はそのカレーライスに飛びついてガツガツむさぼり食っていました。

シロウとタカが、お前何してるんだよとか、そんな得体の知れないもの食べるなってとか、耳元で大声で叫んでいたのは覚えています。二人とも、僕を止めようとしてくれていました。

だけど、やめられなくて……。

そして、気がついたら僕は病院に入院していました。
あの、キミカちゃんには知られたくないんですけど、僕、その時、すごい下痢をしていたみたいで……。

レイジ:
もちろん、言わないよ。でも、そんなこと気にするようなことじゃない。
聞いた話だと、体調は回復しているんだよね? まずはそれを喜んだ方がいいと思うよ?

ハマジュン:
で、でも、僕は……。

(椅子が激しく床に倒れる物音)

レイジ:
……ハマジュン君?

ハマジュン:
い、今、聞こえましたよね?
キミカちゃんのお父さんも聞こえましたよね!?
お、女の人の声でうふふふって!

レイジ:
ハマジュン君、落ち着きなさい。
何も……。

ハマジュン:
最初は男の声が聞こえてたんです! お前もそのうち俺達の仲間だザマァ見ろって!
それから……! それから、小さい子どもとか、お年寄りとか、それに犬とか猫とかも!
あいつらの声がだんだん、だんだん増えてきて!頭が割れそうになって!

レイジ:
ハマジュン君。ちょっとごめんね。

(かしわ手を打つ音、2回)

オン アロマヤ テング スマンキ ソワカ。
オン ヒラヒラ ケン ヒラケンノウ ソワカ。

(数回にわたって繰り返される真言)

ハマジュン:
……えっ? 
あ、あの、キミカちゃんのお父さん?
……僕は今、何を?

(ドアの開く音)

キミカ:
お父さん、ハマジュンも。ジュース、買ってきたで~。
……あれっ? なんか、あった?

レイジ:
キミカ、帰るよ。ハマジュン君も一緒にね。
このままじゃ確実に時間切れになってしまう。
……悪いけど、彼のご両親にも童ノ宮に来てもらおう。

(録音終了)