童ノ宮奇談

南無 大天狗小天狗十二天狗有摩那。
南無 秋葉大権現。南無 三尺坊大権現。南無 火之加具土神。

童ノ宮の由縁を申し上げる。
その昔、湯山の里に天の遣わした御子あり。
燃え盛る御姿でご慈愛を与え給う。
ふるふると震ふ亡者。荒ぶる神。隔てるたゆたう水面。
くるくると独楽のごとくに回りしは人の心と世のことわりの物語。
諸々の禍事・罪・穢・物の怪有らむをば焼き祓い給え。
燃やし清め給えとかしこみかしこみ申す。

オン アロマヤ テング スマンキ ソワカ。
オン ヒラヒラ ケン ヒラケンノウ ソワカ。

「……あ? ……おい、チンチクリンのブス。……何だよ、それ?」

訝しげな声でアキミチ君が唸った。

だけど、無視してうちは詞を紡いでゆく。
お父さんに教えてもらった通り、唱え間違えないように。
それ以上に一字一句、心がこもるように。

「……それ、天狗経ってやつか? ……いや、違うな。やたら簡略化されてるし、そんな祝詞、聞いたこともない。お前の家って本当に神社なのか?」

アキミチ君の声色が警戒の色を帯びている。

彼に教えるつもりは毛頭ないけれど――この唱え事は童ノ宮心経という。

古くから童ノ宮に伝わるもので、学術的にはいわゆる神仏習合の影響を受けていると聞く。
童ノ宮の縁起について奏上する内容となっているが、要は神様にSOSを訴えているんだとお父さんは言っていた。

ただし、本当に生死にかかわる時以外絶対に唱えちゃいけないよ、とも。
そして、正に今がその時だった。

オン アロマヤ テング スマンキ ソワカ。
オン ヒラヒラ ケン ヒラケンノウ ソワカ。

「だから、それ止めろって。耳障りだ。……今さら、何をしたって無駄なんだよ」

大股でアキミチ君が歩み寄って来る。
その血の気の失せた顔と声には深い憎しみと殺意がみなぎっていて、うちの頭を踏みつけ、グチャグチャにするつもりなのは明らかだった。

だけど、もう遅い。

「……は?」

片足をあげかけたまま、アキミチ君が間の抜けた声を出している。
白く濁った目を丸くして口をポカンと開いている。呆気に取られているのだ。

そりゃそうやろな、とうちは思った。
たとえ息の根を止めようとした相手だとしても、手を下す前にスプラッター映画の惨殺死体みたく派手に血飛沫をあげたら普通は驚く。

人間であろうと、モウジャであろうと。

ボタボタと音を立てて、自分の血や肉、砕けた骨の欠片が散らばるのをうちは見ていた。

右肩から左脇にかけて、うちの上半身は切り裂かれていた。
いわゆる袈裟斬り状態だけど、刃物で斬りつけられたわけじゃない。

凄まじい力によってうちの身体は内側から引き裂かれたのだ。

まだ脈打つ内臓を搔き分けるような、吐き気を催すような感触がして――うちの中から腕が一本、伸び出てくる。

それは袖が大きく膨らんだ、神職の人が着るような白衣に包まれた腕。
何かを掴もうとするかのように宙を掻く手は小さくて、どう見てもまだ幼い子どものものだった。

神様の手だ。

童ノ宮の御祭神、カガヒコノミコト。
またの名を稚児天狗。

「ビックリしたやろ?」

まだ呆然としているアキミチ君にうちはそう呼びかける。
口からあふれ出る赤く熱い血に喉を塞がれ、窒息しそうになりながら。

うちの血と肉。代償は捧げられた。
そして今、異界と呼ぶしかない別の世界から人間が言うところの神と言う存在が現れ出でようとしていた。

神孕みの外法。
童ノ宮に伝わる秘術の一つで、唯一、うちが扱える術。

完全に神様が出てくる前に――どうしても、うちはアキミチ君に言ってやりたいことがあった。

「それで? 誰がチンチクリンのブスやねん?」