*地域資料を元に作成したお話です。


 むかしむかし、信濃の国に、ある貧しい百姓家の一家が住んでおりました。
 日照りがつづき、田んぼには稲が実らず、年貢を納めることができませんでした。

 庄屋を通じて代官に訴えても聞き入れられず、ある日、年貢の代わりに「娘を差し出せ」と役人が家にやってきました。
 娘はまだ十一になるかならぬかの年頃。村の衆はたいそう憤り、こぞって娘を助けようとしました。

 けれども役人の手は強く、父母の腕を振り払って娘を無理やり連れていこうとしました。
 その夜のこと、娘は村人に囲まれた中で、かすかに笑みを浮かべると、油をかぶり、自ら火を放ってしまったのです。

 娘は声を上げることなく、炎に包まれて命を落としました。
 その焼け跡には、黒い影のような形が地面に残ったといいます。

 やがて、この出来事を伝える瓦版が城下の町で売られるようになりました。
 表には「娘の焼身」として絵入りの記事があり、裏はなぜか一面、真っ赤に塗られ、中心にはぎょろりとした“目”の絵が描かれていました。

 人々はその瓦版を面白半分に買い求めましたが、不思議なことに、瓦版が広まるほど、町のあちこちに「娘の黒い影」が現れるようになりました。
 影は夜道に立ち、井戸の水面に浮かび、時には子どもの声で「焼いてしまったから代わりに欲しい」と囁いたといいます。

 やがて、娘を連れ去ろうとした役人は、ある日ふいに姿を消しました。
 駕籠も、供の者も残したまま、役人だけが影も形もなくなったのです。

 それ以来、村人たちは赤い瓦版を見ると震え上がり、決して持ち帰ることはしなくなったといいます。
 そして今も、古い蔵や納屋の奥に、赤く塗られた瓦版が隠されているのだとか。