7:ザ・キャットテイル メンバーインタビュー 202■年■月■日敢行 九條ジュン(Ba)

(中略)一昨年ジル猫実が社長となり設立された個人事務所・偏光レコードのオフィスの会議室で顔を合わせた彼は、ステージの上やSNSでの印象そのままの好青年だった。モノトーンのサテンシャツをワイドデニムにタックインして大きなバックルのベルトで押さえたファッションは、長身と相まって一見アイドルのようにすら見える。男性ファンにも認められる美貌を誇るジル猫実にすら「ヴィジュアル担当」と茶化し半分に評される爽やかな彼は、普段よりもずっとラフな、セットしていない艶やかな黒髪を時折くしゃくしゃにしながら、ゆっくりと言葉を選別し、宝箱を開くように話す。

「……(中略)だからね、俺、もう田舎に帰ろうと思ってたんですよ。あ、実家、長崎です。そう、佐世保バーガーで有名な。うち、基地の近くで結構老舗のダイナーみたいなのやってて。お家継ぐしかないかなあって。俺、ひとりっ子なんです。だから、最終的にはそれも悪くないかなって思ってたんですけど。でも、当時よく利用してた下北沢の、お金ないバンドマンにも優しいレコスタの受付の掲示板に、ザ・キャットテイルの追加メンバーのオーディションやってるって貼り紙がしてあったんですね。もうそんなの、嘘だと思うじゃないですか(笑)だって、ザ・キャットテイルっていえば当時もう既にインディー界隈じゃ大スターでしたから!例外なく俺も大好きで。当時ジルさんがブログで、『そろそろピンボーカルの曲も増やしたい』みたいなことは書いてたのは読んではいたんですけど、『これ、ドッキリですよね?』と思って、思わず店長に聞いちゃったんです(笑)そしたら、『いや?』って。『本当に猫実くんが来て貼って行ったよ。近くに事務所もあるからね』みたいなこと言われて!これは……バンド人生、諦めるのまだ早いぞ、って」



(中略)諦めかけた夢を再起させるきっかけを、大ファンだったバンドから得ることができたと語る九條。ドラマティックなシンデレラストーリーだが、しかし尊敬していたベースボーカルが、ベースを弾くことをやめてしまうことに関して、ベーシストとして寂しさや不満はなかったのだろうか?

ジルから薦められたものだというローズヒップティーをタンブラーから少しだけ口に含んでから、彼は眉間に皺を寄せて再び言葉を選び始めた。

「うーん、でも実際、寂しかったですよ。俺はベースボーカルのジル猫実さんが大好きだったので。そのとき聞かれたんですよ。めちゃくちゃお酒飲ませてきながら、ご自身は梅酒ロック1杯きりで。『俺がベース弾くのやめるって知った時、どう思った?』って。もう俺、舞い上がっちゃってるし、酒も入っちゃってるし、こんな機会二度とないだろうし、と思って。すっごい管巻いちゃったんですよね……。未だにいじられます(笑)恥です。一生涯の恥。俺が好きだったジル様が消えちゃう!!!どうして!!!って思いました!!!みたいな(笑)」

冗談めかして話す彼だが、そのとき既に、後にザ・キャットテイルのベーシストとしてメンバーのみならず、多くのリスナーに認められうるプレイヤーとしての人格の片鱗を覗かせていたようだ。

「でも俺、別のベーシストが代わりに弾くとなったら、きっとすごく悔しいと思います、って言ったんです。ジルさんに。『俺以上にザ・キャットテイルを理解して弾けるベーシストは他にいないので』って(笑)そしたら、『じゃあ一旦サポートで入って』って言われて。気がついたら……あれよあれよと、今に至ります」



(中略)これまでジル猫実が手がけてきた楽曲は、自ずとベーシストならではの視点から制作されているものが多くなっていた。九條の加入後、その作風の幅は目に見えて広がったように思えるが、九條にとっては依然としてプレッシャーを感じる機会も少なくはなかった。

「今でもどうしても困った時はジルさんに相談しながらベースは作ってます。一旦歌ってみるんですよ。歌いながらでも弾けるようなベースじゃあ意味ないので。でも、元々ジルさんのベースがやっぱり強靭な土台としてあるから、『ここは壊さずにいきたいけど、ここはもっと自分出した方がいいよね』みたいなラインを常に探しています。俺がいなかった頃の曲をライブでやるにしても、新しい曲作りにしても」



(中略)今の自分から、バンドに加入したばかりの15年前の自分に言葉をかけられるなら何と言うか?、と質問をすると、九條ははにかみながら「あの時実家に帰ってなくて良かったな、って言ってやりたいですね」と答えた。

「憧れのミュージシャンが、頼れるお兄ちゃんになったよーって。勝手に親のレコードとか引っ張り出してきてひとり寂しく聴いてるタイプの子供だったので。ずーっと欲しかったんですよね、お兄ちゃんが」